第7話 学武院卒業試験Ⅱ
その日はよく晴れた日だった。冒険者ギルドからさほど遠くない郊外の森で学武院の生徒十数名と引率の教官が立っていた。ゼノもギルドからの依頼で試験官として立っていた。
「これより卒業試験を始める!課題は通年通りダンジョン攻略だ!」
教官の一人が大声で叫んだが生徒たちの視線はゼノに注目が集まっていた。
なにせ最高ランクの白金級が試験官としてきているわけで本人はすごく嫌そうな顔をしているが憧れの視線は止められなかった。
「ねえねえニーレ。『渡りのゼノ』さんだよ。ちょっと怖そうだけどかっこいいね。」
「ねえマリ、教官が話しているんだから静かにしなよ。でもわかるかも。」
「私たちあの防具でたくさん訓練したんだもの。もしかしてゼノさんに見てもらえるかも。」
「その気持ちはわかるな。ゼノさん冒険者なのにいろんな国から貴賓扱いされてたりしてるんでしょ。今の私たちが見たらきっとびっくりしちゃうんじゃない?」
サリーはあの日から三人のことが気になっていた。訓練中も何かに憑かれたように的や巻藁を執拗に叩いていたし、戦っている間どこか恍惚な表情をみんな浮かべていたところやどこか気味の悪さを感じていた。試験直前になって正直に言って関係が悪くなるのはしたくないしなにより疎外感を感じてしまっているのだ。
(試験が終わったら、ちゃんと聞こう・・・今は目の前のダンジョンに集中するんだ・・・)
順番が来たのかマリたちは足早にダンジョンの中に入っていった。試験のダンジョンは全五層ありぢゅつげんするモンスターはスライムやゴブリン、オークなどそこまで強いモンスターがいるようなところではない。試験内容は五層最深部まで行って院が用意した書物を取って地上に上がること。
ゼノは学武院の教官に尋ねた。
「教官殿、ここ最近様子がおかしかったり違和感を感じた生徒はおりませんでしたか?」
「そんなうちの生徒に限っていませんよ。誰か気になる生徒でもいましたか?」
「ここ最近やけに調子のよい生徒がいたり、学校が支給していない防具で臨んでいる生徒とかいませんか?」
「それに該当する生徒・・・そういえば最近マリというやつの班がずいぶん訓練に明け暮れていましたね。武装も自分たちで買い揃えてて・・・なかなかよさそうな防具だったんで聞いたんですがはぐらかされてしまいました。店を教えてくれなかったんですよね。ずいぶんけち臭いなとは思いましたけど・・・」
「わかった。俺は生徒の跡についてダンジョンに潜る。教官殿は学術院のこの連絡先に繋いでください。」
ゼノは教官に小さいメモを渡すと駆け足でダンジョンに潜っていった。
第二層襲い掛かるゴブリンをマリは素早い剣術で薙ぎ払いニーレが敵を討取りレミスが後方から弓矢で射っていく。その間サリーは仲間にバフをかけていく。
「ゴブリン嫌だなあ。いくら斬っても斬っても次々と湧き上がるんだから。」
ニーレがゴブリンからナイフを抜く。だがどこか疲れが見え始めている。
「そうだね。矢も有限だし早く行こう。」
サリーは息が上がっているマリに声をかけようとしたがマリは心配してくれた彼女を睨んでしまい先に進んでいった。サリーの疑惑の目はニーレにも向けられつつあった。ニーレの戦法はナイフを使って敵を倒すだけではなくさっきのようにゴブリンの武器を盗んで斬る現地調達をやっていた。しかし今日のニーレはそんなことをせずずっと同じナイフを大切に使っていることだ。ニーレは道具を手入れはするが使うときは良くて大胆、悪くて雑に使う傾向があったのだ。
サリーは必然的にレミスの方にも疑惑の目をひそかに向けていた。
ゼノが二層へ着くころにはマリ達が戦っていたであろう場所へと着いた。ゴブリンの死体があちこちに転がっており、急いで先に進んだ。第三層ではほかの生徒たちが魔獣にてこずっていた。本来ならば冒険者の助け合いの精神として助太刀したいところだがいまは学生たちの試験だ。手出しはしないでくれと教官やギルマスから言われていた。生徒が相手していた魔獣の一匹がゼノの方へ向かってきた。ゼノはこれは正当防衛だと思って魔獣を切り殺した。
生徒たちから関心の声が上がったが魔獣の退治にまた向かわなければならなかった。
魔獣が程よく退治されたころ、休憩している生徒たちにゼノが尋ねた。
「君たち、マリというチームがいるはずなんだが見ていないか?」
「ああ女の子がいっぱいいる班ですよね。彼女たちならもう先に行ってしまいましたよ。」
「そうかわかった。」
「あのーやっぱり変ですよね・・・あの班・・・」
「やっぱり?」
「俺たち、魔獣に出くわす前に彼女らとすれ違ったんですがなんかいつもと雰囲気が変わってるーつーか休憩に誘ってもお構いなしなんですよね。あんな爆走トロッコみたいに突っ切ってみててやばいと思ったんですよ。」
「ありがとう、情報提供感謝する。」
ゼノは次の層へと走っていった。その様子を見た生徒の一人がボソッとつぶやいた。
「最近よー禁止魔法が使われているっていう防具や武器が売られているって話あれもしかしてマリたちのやつやらかしたんじゃね?」
「もしクロだとしても相手は最強の冒険者、終わったな。」
「ぜったいレミスとかいう留年生が関わってんじゃね?」
「はいはい、おしゃべりはここまでにしよう。そろそろお昼だと思うからご飯作ろう。俺たちは見張るから料理番頼むよ。」
和気あいあいとした空気を背中から感じながらゼノは慎重に進んだ。
異変は起こってしまった。第四層中盤に差し掛かった時マリがうめき声をあげながらうずくまってしまった。
「あああああああああ!たり・・・たりない・・・」
「マリどうしたの?どこか具合でも悪いんじゃないの?見せて!」
強引にマリの顔を見てみると顔は見たことのないぐらいやつれてて目の焦点もあっていない。横にさせようとして防具を脱がそうとするとなぜか止められる。せめて奇跡の光で癒そうにしてもなぜか効果が薄い。それでも続けているとニーレがサリーの肩を止めた。
「大丈夫、私たちはやれるからサリーは温存していて。」
生気のない顔でニーレがサリーを止める。レミスはというとダンジョン深く潜りこんでいるのになぜかうわの空で気味の悪い笑みを浮かべて壁に寄り掛かっていた。
あまりにも異様な光景にサリーはどう声をかけていいのかわからなかった。
思い切ってご飯を作ってもマリ達はスプーンを小刻みに震えながらも少しだけ食べていた。いつもならたくさん食べるニーレも食欲がないのか食べる手が止まり気味であった。見張りのレミスはパンを少し食べただけでサリーの作った料理には手を付けなかった。
「もっと極彩色がみたい・・・いくら斬っても斬ってもあの鮮やかさが抜け落ちていくんだ・・・でも斬れば少しはましになる・・・」
「ダンジョンももっと簡単なところじゃなくて『闇の月』や『空の奈落』ぐらいのところがいいよね・・・」
「ならまたあの店でもっといい防具を買わないとね。」
「サリー!何もたもたしているの!さっさと最深部に行くよ!」
今までにない剣幕にサリーは初めて友達に恐怖を覚えた。しかし遠くから足音しかも一人もしかして教官が来てくれたのかと思いサリーはわざと調理器具を落とし少しでも時間を稼いだ。マリはそんな彼女を極彩色を知らないどんくさい女としてサリーの体を蹴った。サリーは腹に鈍い痛みが走る。さっき食べたものが逆流して吐きそうになっていたがそれをこらえてマリ達を見る。マリの表情はもはやどこか常軌を逸しており、それを見ているニーレも無気力な顔をして宙を見ているし、レミスに至っては我関せずという態度で庇いもしない態度にある決心がついた。
(このダンジョンを出たら教官に報告しよう。神殿にも相談して・・・マリ達が変わってしまった原因を突き止めなきゃ!)
サリーはあえてお腹の傷を癒すことはせず、ようやく準備を整えた。
一行はついに第五層へ降り立ち、用意されている書物に手を伸ばした。手にしたマリは残っている書物をすべて床に落とし剣で斬ってしまった。
「何やっているのマリ!」
「うるさい!ついてこれない奴らが悪いんだろ!だいたいサリー!あんたはいいよね!後方で呪文唱えていればいいんだから!あたしたちは極彩色の感覚で無敵なんだ!はやく防具いや剣だけでもいいから欲しいんだ!邪魔するな!」
マリは再びサリーに暴力をふるおうとするがその時最深部の部屋の前に異様な気配が皆感じ取れた。