(八)洛中
(八)洛中
忍びが暗躍している。その多くが大石の配下だ。昼は行商人や旅芸人や日雇いの荷駄運びの人足となり、夜は黒装束に覆面で夜陰に紛れて忍び入った。
吉良邸の間取りを調べ、警護の様子を調べ、上野介その人の日常を調べた。荷物の搬入があれば人足として邸内に入り込み、隙を見ては記録をとった。彼らの命懸けの働きで得られた詳細な情報に丹念に目を通して、大石は作戦を練り上げていく。
大石の頭を悩ませている懸案がある。それは人数である。吉良邸には常に百人を超える武者がいる。一方、浅野旧臣でいまだ脱落していないのは、わずか四十七人になっていた。多くの者はすでに他家へ仕官したり、武士を辞めて商売を始めたり、あるいは盗賊になった者さえいた。
そんな中で残された四十七士は、亡主への強い恋慕と、故郷赤穂への強い愛着と、室町幕府や吉良への強い怒りを宿してた。怨念ともいえる怒りだった。
大石は図面を食い入るように何度も見て作戦を練り上げていく。いかに少数の味方で多数の敵を破るか、昼も夜も考え続けた。
古来より「人事を尽くして天命を待つ」という言葉があるが、この時の大石が、まさにそうだった。やるべきことは全力を尽くして全てやり尽くし、たとえ事ならずとも後悔せず、との心境だった。焦ることなく諦観し、一見飄々と日を過ごす。今の彼にはそれしかなかった。
とはいえ、機が熟するのを待っているのは辛い。襲い来る激しい苦痛はなくとも、じりじりと足元を炙られるような不安と、じわじわと襲ってくる焦燥感に耐えられなくなって暴発してしまう者は多い。
そんな苦しみを紛らわせるためか、大石は山科の悪所へ夜遊びに行き、浴びるように酒を呑み、激しく遊女を抱いた。
(ご家老は、何をやってるのだ)
と、冷たい目で見る者も少なからずいた。それでも大石は自分を止めることが出来なかった。自分の置かれた立場を、いったい誰が分かってくれるというのだろうか。批判するのはたやすい。だが今の彼の孤独と重圧を、いったい誰が代わって引き受けてくれるというのだろうか。
大石は東山を越えて山科へ出かけては遊んだ。吉良方の目をあざむくためであろうと、息子の主税などは信じていたが、実際は心底辛かったに違いない。
突然の主君の死、お家断絶、城明け渡し、そして逃避行、さらに主君の弟大学の晒首。どこまでも理不尽で、過酷で、不名誉で、それなのに、いったい誰がおとなしく死んでいけるというのだろうか。権力者に言われるがままに、死ねと言われて「はい、そうですか」と腹を切れるものだろうか。城を奪われ、それでも従順になれるものだろうか。もし言われるままに切腹する武者がいたとすれば、そいつは、よっぽどの腑抜けに違いない。
戦って、戦って、戦い抜いて。あがいて、あがいて、喰らいつき。しつこく、しぶとく生への執念を燃やして敵と戦ってこそ、武士というものではないのか。大石内蔵助は、室町という乱世の時代をたくましく生き抜いて来たつわものの一人だ。こんな所で簡単に諦めるわけにはいかない。大人しく捕まって死ぬつもりは毛頭なかった。