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聖女は告白も代行する

作者: ちさめす



「聖女アリアよ、そなたには感謝しておるぞ」

「もったいなきお言葉でございます、王様」


 私はこの国ビビンから北側の僻地にある小さな聖堂を営む聖女。いつもは近くの町々で治癒師として働き生計を立てている。おかげさまで評判も良く半年ほど前からは王城にも足を運んでいる。

 

「そなたもご承知の通り、我が国は隣国の敗戦処理に兵を割いておる。先程のように控えている治癒師で回復できぬとき、またご助力いただきたいと思うておる」

「今後もお役に立てるよう頑張ります」

「さて、聖女アリアにはもう1つ頼みたいことがある」

「なんなりとお申し付けください」

「うむ。実はの、私にはニールスという子がいてな、侍女の話ではどうやら心に病を抱えているそうだ。治癒とはまた違うやもしれぬが、一度ニールスに会いその悩みとやらを晴らして欲しい。今は人手が足りぬゆえ、対処できる者がいなくてな」

「かしこまりました、王様。ニールス様のお悩みは私が解決してみせます」


 それから王様は少し俯く。


 「ニールスは元々内向的な性格でな、リアラルにもあまり出向いてはいない。近頃は特に顕著で、自分の部屋からも出ようとせぬのじゃ。……このままだと継承にも影響しかねないのう」

「王様の心中お察しいたします」


 本来であれば既に王位は子に継承していたそうだ。しかし、数年前に隣国ソーメンが対立国から侵攻を受け戦争が勃発。ビビンの全面的なソーメン支援を機に王位継承は先延ばしされたのだ。

 終戦を迎えた今、ソーメン復興後に王位継承が行われることは既に国内外に公布されている。

 王様には5人の子がいて、それぞれが継承のために尽力することを願ってはいるのだが、ニールス様はその期待に沿えてはいなかった。

 

「では聖女アリアよ、次なる報を期待しておるぞ」


 私は一礼し王室を出た。衛兵に案内されて第4王子にあたるニールス様の部屋に入るや、すぐにアリア様と呼ぶ声が聞こえた。声の主はニールス様の侍女で、隣にいらっしゃるふわふわとした黄色い髪の殿方がニールス様だと紹介を受けた。

 私ははじめましてと挨拶したが、ニールス様は俯いたまま黙っている。


「王様よりニールス様のお悩みを解決するよう仰せつかっております。私でよろしければお話しくださいませ」

「……」

「もしもニールス様のお悩みがお話ししずらい内容なのでしたら、心の整理を待ちますがいかがでしょうか」


 尚もニールス様は顔を伏せたままだ。侍女がニールス様の名を呼ぶとニールス様は顔を上げ侍女と目を見合わせた。そして小さく頷く。それを合図に侍女は立ち上がり奥から1つの封筒を持ってきた。


「ニールス様に代わり私がお答えいたします。この封筒の中にはニールス様がお書きになった手紙が封入されています。アリア様にはこの手紙の内容をリアラル王立学園に通うシータ公爵家のナタリア様にお伝えください」


 私が封筒を受け取ると、侍女は言葉を続ける。


「これは恋文です」


 まともや俯くニールス様の傍で侍女はまっすぐに私を見ている。

 

「ニールス様はナタリア様に恋心を抱いております。どうかアリア様のお力で、ニールス様に代わりナタリア様への愛の告白をなさいませ」


 

 ――――――――


 

 王城からの帰り道、私は封筒の入った鞄を見つめる。王様からニールス様は心の病なのだと聞いたときはもっとこう深刻なものを想像していた。それも部屋に籠るほどのものだ。

 私は心を落ち着かせたり癒したりする魔法は使えても、恋煩いを救う魔法は使えない。


 「そもそもそのような魔法なんてあるのかしら」

 

 ニールス様に代わっての告白、これは一筋縄ではいかないだろう。


「いろいろと準備をしなくては」


 馬車に揺られながら私は頭を巡らせる。


 

 ――――――――――


 

 「もう、なんなのかしら! あのアンジェリカの物言いは。いつにもまして癪に障るわ」

 「アンジェリカのお父上様はソーメンからなんらかの事業権利を得たそうですわ。だとしてもアンジェリカが偉いわけではないのに、どうしてああも強く出られるのかしら」

「そうですわ! きっとアンジェリカはナタリア様のように教養がいき届いていないから、さも自分の手柄のように話すのよ。ほんとうに傲慢ですわ」


 校庭の横に広がっているバラ園の端で、ナタリア様は紅茶を啜りながら取り巻きと話しているご様子。私はゆっくりと近づき挨拶を交わした。


「聖女様が私にどのようなご用なのかしら」

「ナタリア様」


 私は小さく息を吸う。


「私とお付き合いしてみませんか?」


 急な静寂。口に運んだティーカップを持ったままナタリア様は固まっている。

 

「大変不躾なのは承知しております。ですが、どうしてもお伝えしておきたくて。……私と、これからを添い遂げてくださいませんか」

 

 ナタリア様の目が見開かれる。碧い瞳をより際立たせながら取り巻きと顔を見合わせている。


「い、今なんと……?」

「ですから」と、あくまで申し訳なさそうに。

 

「私と婚約していただきたいのです」


 私は頭を下げる。取り巻きはクスクスと笑っていた。


「聖女様は私をからかっていらっしゃいますの?」

 

 私の呆れた物言いにナタリア様の言葉には怒りを感じる。もちろんこれが失礼極まりないことだとは認識している。私はいつも以上に言葉を選び、またより一層頭を低くナタリア様に応える。

 

「滅相もございません、ナタリア様。これが私のお気持ちでございます」

「頭をお上げになってください。……聖女様、私へのお気持ちはわかりました。ですが、やはり私は聖女様のご期待には沿えません」

 

 それもそうでしょう。そもそも私は女性。同性の婚約なんて聞いたことがない。

 私は鞄から1枚の封筒を取り出し封を切った。と、同時に侍女の言葉を思い出す。


『ナタリア様への告白が断られてしまった場合、今後のナタリア様からニールス様への非難を避けるため、告白にあたりニールス様の名の公表はお控えください』

 

 加えて侍女は、『ナタリア様にニールス様の認識はない』という。つまり一方通行の告白。

 

 私はゆっくりと深呼吸する。

 状況を整理すると、私はニールス様より自分に代わって告白するように頼まれた。次に、告白が失敗した際ニールス様の名は伏せるようにとも仰せつかっている。

 そこから浮かぶ当然の疑問。ナタリア様は婚約意思を他人に代弁させるような殿方を選ぶのでしょうか。というよりも選ぶ人はこの世にいらっしゃるのでしょうか。

 

 そう。この告白はうまくいかない。

 

 だけども、そのことを初めからわかっていても、聖女という職業はご依頼人の希望に応えなくてはならない。

 私が信仰する教えでは、ご依頼人の希望に対する義務が厳密に示されている。行動規範や精神の在り方……平たくいえばご依頼人の希望に何をして何を想うか。

 今回のニールス様の件でいえば、告白をすることと告白の行く末を見守ることの2つを成さなければならない。

 

 告白は絶対にしなくてはならない。

 

 では、もし仮にこの告白を誰かからのものだと告げるとどうなるか。おそらくナタリア様は問われるでしょう。どなたからの告白なのかと。その名を明かさなければならなくなる。

 

 となると残された道は1つ。そう、私からの告白。

 そして、その告白が否定されたことで告白をするという行為は完遂された。私の次にするべきことは、この告白の意味合いを私からニールス様に代えることである。

 

 私は手紙を広げ、「言葉足らずで申し訳ございません。実は、私はある殿方よりナタリア様への告白を仰せつかっております。つきましては」と、その後に小さく咳き込み気持ちを込めた。


『貴女の可憐な振る舞いに私の心はときめいた』

「は、はい?」

 

 あっけにとられるナタリア様の横で、取り巻きはクスっと笑う。

 

『貴女のそのつぶらな瞳はこの世における全ての宝石よりも美しい』

「す、少しお待ちください聖女様! こ、この告白は、聖女様ではなく別の方からの告白ということでしょうか」

「さようでございます。では続けます。『貴女の心はこのビビンよりも壮大だ。そこでの永住を私は望む。どうか受け入れてほしい』」

「……」

『昼間の空には太陽が、夜の空には月影が、このリアラルには姫君が、今日も私を狂わせる』

「……」

『これまでに貴女と交わした言葉の数々は今も心で鳴り響いている』


 ナタリア様は口を開け固まる。取り巻きは涙目になりながらも必死に笑いを堪えている。

 

「とのことです。ナタリア様、ご返答はいかがいたしましょうか?」

「ご返答って……。そもそも聖女様、こ、このような惜しげもなく恥ずかしい言葉をつらつらと並べるのはいったいどこの誰ですの!?」


 言葉だけでなくその表情にも熱が入るナタリア様。

 

「申し訳ございませんナタリア様。殿方には名は伏せるようにと仰せつかっております。もちろんこの告白をお受けされるとあらば、名の公表だけではなく顔合わせの席をご用意させていただきます」

「お断りさせてください」


 やはりそうでしょう。私でもどこの誰だかわからない人からこういった告白を受けても、馴れ初め合うということは到底できない。特に告白は自分の気持ちを伝える行為。自分自身ですべきことでしょう。

 

「かしこまりました。ではそのようにお伝えいたします」

「ねえ聖女様。いったいどこの誰が私を小馬鹿にしているのでしょうか」

「それはお答えできません。私には秘匿する義務がございます。ですが、お伝えできる内容はございます」

「何かしら」

 

 私は手紙の入った封筒を鞄にしまう。ナタリア様は平然としたように見えるが、声から察するにご立腹なされている。

 

「ナタリア様と同じ教室に通われている生徒様です。馴れ初め合いとはいかないまでも、会食の約束をいただけるのなら名を明かしてよいと」

「このような愚行に割く時間はございません。いくら聖女様とはいえど名を明かさぬというのなら、このことをお父様に申し上げて問題にいたしますわ!」


 ナタリア様は勢い余ってテーブルを叩くと、置かれたティーカップが音を立てた。


「それは困りましたね……。ではこうしましょうナタリア様。私の一存では名を明かすことはできません。ですので私はご依頼人様にこのことをご報告いたします。少しの間こちらでお待ちいただけますでしょうか」


 ナタリア様が返事をすると私はすぐに席を立った。怒りを隠しきれないナタリア様に取り巻きは優しい言葉をかけていた。

 校舎へと向かう途中、私は2階の窓から覗くご依頼人様には気づかないフリをした。


「アリア様! て、手ごたえはどうであったか?」


 前髪を2つに分けたブロンド髪のフラバス様は落ち着かない様子で駆け寄ってきた。私はうまくいかなかったことと、フラバス様の名を知りたがっている状況を伝える。するとフラバス様は頭をおさえてくううと唸った。

 どうしたらいい? どうしたらいい? と慌てふためくフラバス様。その近くを通り過ぎる生徒たちはみんな彼を見ていた。


「最初にお話しした通り、ナタリア様のご意向に従いましょう。名を明かすことでマイナスな印象をお持ちになるやもしれませんが、今後ナタリア様はよりフラバス様をご認識されるでしょう」

「そういうもんなのかなぁ……」

「しばらくは茨の道かも知れませんが、道が無いよりは良くなったと捉えましょう」


 かなり無理のあるいい方になってしまったがフラバス様はしぶしぶご納得した様子だった。


「フラバス様、このことは私が最後まで責任をもってご対処いたします。自分からのアプローチがないこのやり方をご提案したのは私なのですから」


 私は手紙の入った封筒をフラバス様にお返ししナタリア様のもとへと戻る。そして、落ち着きを取り戻していたナタリア様に告白の主がフラバス様だと明かした。ここでの最大の懸念はフラバス様が非難されることなのだが、名を聞くなりナタリア様は取り巻きともども笑い合っていた。


「ナタリア様を不安にさせたお返しをしなければなりませんわね」

「『貴女の心はビビンよりも壮大だ。そこに住まわせてほしい』だったかしら?」

「あなたは入国拒否ですわ」


 仲睦まじいご様子。もしも普段から仲良くしているフラバス様ではなくニールス様の名を明かしていたのならこうはいかなかったでしょう。ナタリア様にとってはニールス様の面識はないのだから。

 

 さてと、ここからが本番。次はニールス様に代わっての告白を今から……。

 私は小さく深呼吸した。

 

「ナタリア様、実はお伝えしたいことがもう1つございます」

「何かしら」

「第4王子のニールス様より事業提携のご依頼がございます」

「待って。ニールス様とはいったい誰なのかしら」

 

 王位継承のお触書きで名を見たことがありますわ、と取り巻き。


「リベリアにも在籍はされていますが、あまり出席はなされていません」

「そう。それで、お会いしたこともないニールス様がどうして私に事業提携のお誘いをするのかしら?」


「順を追ってご説明いたします」


 私はゆっくりと経緯を話した。

 ソーメンは終戦を迎えてまだ間もない。戦争の惨禍はすさまじく、王政だけでの復興には時間がかかる。そこで王政はインフラを含め、物流その他多くの事業を商人に卸した。その後の専売権を付けて。王様はその競りでいくつかの事業を獲得、王位継承に向けて5人のご子息にその事業を振り分けた。

 

「ニールス様は与えられた事業を遂行するために知識ある者を探されていらっしゃいます」

「それが私?」


 私は頷く。


「ナタリア様、よかったではありませんか。このお話はナタリア様だけではなくシータ公爵家においても利のあることですわ」

 

 取り巻きはナタリア様を説得している。それもそうでしょう、このような素敵なお話が舞い込むなんてそうはありません。実によくできています。

 

 さすが私の作り話。

 

 実際のところ、王様はすでに成人している第1王子と第2王子に復興事業を託しています。このリベリアを卒業できるかも危いニールス様には程遠い話で、王様はニールス様に事業を託してはいない。


 この偽りはさほど問題ではありません。聖女はときに嘘をもつきます。問題となるのはこれで誰かが傷つくこと。もちろんそうはならないように手配は済ませてます。

 

「聖女様」

 

 ナタリア様はゆっくりと口を開く。

 

「お断りさせてください」


 私ははっと息を詰まらせた。だけども態度にはださないよう呼吸を整える。

 

「かしこまりました。差し支えがなければ理由をお聞かせ願いませんか」

「確かに素敵なお話だとは思います。ですが、私はリベリアを卒業するまでにまだ2年ございます。兼業はお父様が許すはずもありません。それから復興事業は国民のために時を争います。リベリアで学ぶ程度の知識でサポートできるとは思えません」

「おっしゃることはわかりました。ナタリア様のご判断は善処いたします」

「ありがとうございます。私もお力になれず申し訳ないですわ」

「いえ、お気になさらないでください。突然に大きな選択を迫っているのは承知しておりますから」


 私はナタリア様たちに一礼し席を立つ。


 これは困ったことになりました。ナタリア様がお話に乗ってくださらないとニールス様からの告白に代えることができません。予定ではここでナタリア様に事業提携を取りつける算段、このままでは失敗してしまいます。


 他に手はないのでしょうか。心を変える魔法? いえ、それは本人の意思とかけ離れることで告白に瑕疵ができてしまいます。


 時間をかけて心に変化を促す魔法? ……それだと時間のかかり具合によってはこの後の展開に支障がでてしまいます。


 魔法は使わない。対話で解決する。

 仕方がありません。別の手をつかいます。


 別れの挨拶を済ませた私はその場を離れる。


 これは何かしら、と取り巻きは地に落ちている紙に気づくと、すぐにナタリア様! と声をかける。


 落とした紙には気づいたようですね。そこにはニールス様が提携候補にと2人の名前が書いてあります。1人はナタリア様、そしてもう1人は……。


「聖女様、お待ちになってください!」


 振り向くとナタリア様がこちらに向かってきている。


「これを落とされましたわ」

「わざわざありがとうございます、ナタリア様」


 紙を受け取り、それではとお辞儀する。


「聖女様は今からどちらに向かわれるのですか?」

「アンジェリカ様にお会いしようと思っております」

「そ、そうですか……」


 ナタリア様は少し顔を強張らせている。それもそうでしょう。調べによるとナタリア様とアンジェリカ様は犬猿の仲、ナタリア様とは違い今年で卒業されるアンジェリカ様がこの話をお聞きすれば2つ返事で承諾されると予想がつきます。


「聖女様、やはりよく考えたのですが先程の話、一度家族でご相談する時間をいただけませんか?」


 私は笑みを浮かべる。


「もちろんです。ナタリア様のご厚意に感謝いたします」



 ――――――


 

 ナタリア様のお父上様の都合も重なり、2日後の昼に再度バラ園で落ち合うことになった。

 当日、私は少し早くバラ園に到着し、席につきナタリア様を待った。


 ナタリア様はお父上様の仕事に関与なされていない。それからニールス様の事業提携のお話は、商人にとっては喉から手が出るほど欲しいということもおわかりではない。そして、ナタリア様のお父上様は商人。お話は無事に通るでしょう。


「お待たせしました、聖女様」

 

 ナタリア様が席に着くや、お父上様がご納得したとの知らせを聞く。また、お父上様はニールス様とお会いしたいとのこと。私はニールス様に伝えることを約束した。


「それでは、ニールス様との会食日が決まれば報告に参ります」


 

 ――――――



「以上がナタリア様との会話でございます」


 侍女への報告中もニールス様は俯いていらっしゃる。


「アリア様はニールス様のご意向を最大限に汲んでくださいました。次はニールス様が応える番です」

「……無理だよ」

「ニールス様、約束が違います。このままだと聖女様にも迷惑がかかりますのよ」

「で、でも……僕はできないよ!」


 ニールス様は部屋を飛び出された。


「申し訳ありませんアリア様」

「大丈夫です。それよりもニールス様のいく当てをご存知でしょうか。私からもう一度お話ししてみます」


 場所を聞いた私は侍女に一礼し部屋を出る。書斎、応接間、庭、東棟の屋根裏と順に巡るも見つけることができなかった。


「困りましたわね。ニールス様はいったいどちらにいらっしゃるのでしょう」


 一度ニールス様の部屋に戻ろうとした矢先、廊下で第3王子のフレア様と遭遇した。


「アリア様ではありませんか。本日も王城にいらしていたのですね」


 紅い髪を揺らしながら丁寧にお辞儀するフレア様に私は頭を下げる。


「フレア様、ご機嫌麗しゅうございます」

「もしかしてニールスのことでお越しくださったのですか?」

「さようでございます。ニールス様のご依頼のことでお話していたのですが、その途中お部屋を飛び出されてしまいまして」

「ニールスは私の部屋にいますよ。匿って欲しいと懇願していたので今は侍女に見てもらっています」

「そうでしたか。ニールス様にお会いしたいのですがよろしいでしょうか」

「構いませんよ。ただ、ニールスが私の部屋に来たときはひどく怯えていました。アリア様、私に何かできることはありませんか」

「フレア様には王様のご一件でお助けいただきました。これ以上はフレア様にはご迷惑かと」

「ニールスのためなら何のことはない」


 フレア様の紅い瞳は私を映している。

 その眼を通し、私は先刻のやり取りを思い出す。



 ――――――



『私から王様に進言してみよう』

『よろしいのですか?』

『もちろんです。ニールスが王位継承に身を乗り出すのは私の望みでもあります。それにニールスが成長する姿も私は見てみたい』

『かしこまりました』

『そうだ、私もアリア様にご依頼したいことがあります』

『はい、何なりとお申し付けください』

『ニールスのためにこれからも尽くしてくれ』

『もちろんでございます。フレア様はニールス様を大事にしていらっしゃるのですね』

『私の弟ですからね。アリア様に後のことを任せたい』

『もちろんでございます。ニールス様はフレア様にとっての大切な弟君ですもの』

『そう改まっていわれると少し……照れる』

 

 

 ――――――


 

 フレア様には王様への進言で借りはございますが、ニールス様の幸せのために今回もお力をお借りさせていただきます。


 私はフレア様に現状を報告した。


「するとナタリア様は事業提携に応じてくれたものの、肝心のニールスが自信を喪失してしまったというわけですね」

「はい……」

「わかりました。私からニールスに話してみよう」

 

 私たちはニールス様がいらっしゃるフレア様の居室に向かった。部屋に入ると隅で縮こまるニールス様が見えた。侍女がいうには何をいっても反応しないとのことだ。


「ニールス、少し話をしないか」

「……」

「私は近々この国を出ようと思う」

「……え? どうして?」

「私にはどうしてもやっておきたいことがあるんだ」

「やりたいこと?」

「ああ。この国に留まっているとそれがかなわないんだ。だから私は行動を起こすことにした」

「……いやだよ。いかないでよ」

 

 フレア様はニールス様に近づきしゃがみ込まれた。

 

「お前にはないのか? 自分のやりたいこと」

「……ないよ」

「そうか」

「ねえ、フレアお兄様……どこにもいかないでよ……お願いだから……」

「なあニールス。ニールスは私に自分のやりたいこと、夢を諦めろというのか?」

「……え?」

 

 フレア様はニールス様の頭に手を置かれる。ニールス様の潤う瞳は揺れている。


「ニールス、あの約束を覚えているか?」

「……うん」

「大きくなったら、一緒に世界を回ろう。でも、今のニールスを見ていると、ずっとおんぶにだっこで世界を回ろうとしているようにみえるぞ」

「……う、うう。で、でもフレアお兄様がいないと、僕……何もできないよ」

「聞いてくれニールス。ニールスが私との夢を叶えるにはニールスの成長が不可欠だ。一度は本気になってみようよ。それに、一生懸命に努力する姿はきっとナタリア様にもよく映る」

「で、でも! 僕どうしたらいいかわかんないよ……!」

「もう、わかっているはずだ」

「……え?」

 

 フレア様は私に視線を移された。それを合図に私は2人に近づく。


「ニールス様、フレア様との夢を叶えるため、これからはフレア様の意志を継ぎ私が御指南いたします。自分のやりたいと思うことを共に成していきましょう」


 私が手を差し伸べると、ニールス様はしばらくその手を見続けた。フレア様が見守るなか、ゆっくりとニールス様はその手をお掴みになった。


「フレアお兄様……ぼ、僕……やるよ……。フレア様と世界を回れるくらい、立派になるよ……。ナタリア様にも振り向いてもらえるように……僕……頑張るよ……」

「ニールスにならできるさ。私の弟だからな」

 

 フレア様は笑みを浮かべ涙を流すニールス様の頭をお撫でになった。

 その場にいる誰もがニールス様を見守っている。この空間が優しさに包まれた気がした。

 

「ニールス様、こちらをお返しいたします」


 私は鞄から未開封の封筒を取り出す。


「ニールス様の次の告白が楽しみでございます」



 ――――――――



「聖女アリアよ、そなたには感謝しておるぞ」

「もったいなきお言葉でございます、王様」

「そなたはニールスの心を治癒しただけではなく、私の内なる望みをも叶えてくれた」


 王様はニールス様にも王位継承に臨まれることを切望なされていた。それがたとえ直接のお願いではなくても、私は自分の信念に則り王様の望みに応えたかった。

 

 救いを求める者に手を差し伸べるだけではなく、自分から他者を救おうとする。

 そのような生き方をした始祖マーテルに私はなりたいから。


「褒美を用意しておる。衛兵より受け取るがよい」

 

 ありがとうございます、と深く頭を下げた。

 

 

 ――――――


 

 王城からの帰り道、私は馬車に揺られながら報酬として受け取った金貨袋に目を向ける。

 

「今回のご依頼は少し大変でしたわ」

 

 私は大きく両手を伸ばす。紆余曲折を経たが、無事にニールス様の告白のご依頼は完了することができました。

 

 もちろんこれからもやるべきことはたくさんあります。ニールス様の御指南、ナタリア様の事業サポート、フレア様との約束、そして王様のご依頼……。


 でも、すべては繋がっている。


 聖女の務めを果たすため、必ずやり遂げてみせます。

 

 




 成さねばならないことは他にもあります。


 馬車はゆっくりと外門を出る。御者にはリベリアに向かうよう告げています。フラバス様とお会いするために。


「次はこの金貨を元手にフラバス様のナタリア様への婚姻のご依頼をどうするかですね。かといってニールス様の気持ちを無碍にすることはできません。……さて、どうしたものでしょう」


 また骨が折れそうです、と私は空を見つめる。


「いろいろと準備をしなくては」



 ――――――



 もし次があるならタイトルは『聖女は婚姻も代行する』になりそうですね。

 最後までお読みいただきありがとうございました。

 

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