毎日続けられる理由、それはね。
個人商店主さんが、毎日、同じ仕事を続けられる理由、何だかわかります?
まあ、すべての人がそうとは言いませんがね。
そんな難しい理由じゃないんですよ。
簡単です。。
それは、
「好きだから」
ほんと、それだけ。
前にもエッセイで書きましたけど
私の父親の口癖。
「客に美味いもん食わせてやりたいんや」
そうゆう本人も食いしん坊で、美味しいものが大好きで、
研究熱心で。
だからこそ、毎日、朝早くから晩遅くまで一日働いて働いて働きづめでも、
それでも、やっていけた。
毎日試行錯誤を繰り返し、これで満足ということはなかった。
でも、ここまでの情熱が無いとね。
飲食店を続けるのは難しいんですよ。
ただたんに、コスパだの、そんなことだけでは無理なんですよ。
だってさっきも言いましたけど、毎日ですよ?
客に、間違いないものを食べさせないといけない。
と考えるだけでは続かない。それだけでは、精神力が持たないんです。
間違いないものを、だけでは
そのうち、最初に気遣っていたことを気遣えなくなります。
事務職の様に、すぐ結果が分かるものでもない。だから余計にね。
スープのあくをとるのも、ただ単に間違いないものをとしか考えなかったら、
ちょっとくらい残っててもイイやなんて思ってしまうのです。
そうならないためには、
「好きでたまらないからやってる」の気持ちが不可欠なのです。
好きでたまらなかったら、スープのアクを、ちょっとくらいなんて思わんよね?
それこそ鵜の目鷹の目で探すんじゃない?
試行錯誤だってしようとは思わんでしょう。
好きじゃなかったら。
好きだからこそ、もっと、もっとと思えるのです。だからこそ結果的に
間違いのないものを提供できるわけ。
嘘だと思うなら、飲食店の人に聞いてみたらいい。
貴方料理作って出すの好きですか?と
大抵の人は、好きだと答えると思う。
これも昔、エッセイにてお話ししましたが、
父の店の近所に、同じような内容を売る店が出来たことがあります。
プロのマーケティングの人がついてくださり、料理も流行りのを取り入れて華やかでした。
最初こそ、客はそっちに流れましたが、
その店はすぐ潰れました。
売れる売れないもあったと思いますが、
作り手のメンタルが持たなかった。
ただ、よそから仕入れたものを温め直して出していればいい状態だったにもかかわらず、です。
盛り付けまで、マニュアル化されていたにもかかわらず、です。
これをやりたい
どの業種も、それが大事だとは思います。
そのためには、
やっぱね、
「自分の手で、作れるようにならないと、あるいは創ろうと思わないと無理」だってことです。
売れる売れないではなく
造り手の気持ちの問題
そんなの問題になるの?
一番大事なことじゃないですか?
誇りを持ってお出しできるものを自分が持っているのか
それともそうじゃないのか
人間の気持ちって、たったこれだけのことでくじけたり
くじけなかったりするんですよ。
だってそれはとりもなおさず
それだけのものを
「貴方が持ってることに他ならない」からです。
それを得るために努力した自分がいるからこそ
誇りを持って出せるものがあるんですよ。
それがある人は、少々のことではくじけたりしません。
それにね、モノつくって客に出すいうんなは。
ほんまに、いろんなことと向き合わなあかんのやで。
不測の事態が毎日ように起きると思うて間違いない。
お手本の様な客ばっかりと思うたら大間違いです。
そらいろんな人います。
そんな人らを、
道徳に反してるからとか、礼儀知らずだからとか
そんなこと言うても仕方ないのです。
それを言われてもなお、
続けたいと思う気持ちが無いと無理なんですよ。
コスパがー、時間がー、顧客のニーズがーと言って
造り手の精神のことを考えなかったら、
見てるまに神経がすり減って行きます。
そりゃそうです。
それが好きでも何でもないから、「何の発見も楽しみも無い」
そんなこと毎日出来るほど、人間、精神はタフじゃありません。
これはどんな仕事でもそうです。例外はない。
ましていわんや、自分で作ってお出しする個人の店ならなおのことです。
ふう。
まあ、
同じ物事をするのなら、どんな方法をえらぶか、ですね。
それは、これを見た人にゆだねます。お話しは以上です。
昔、叔母に、
結婚したら、相手を好きになる努力をしなさいと言われたことがある
仕事も同じだと思う私です。
支える努力ではなく好きになる努力。本それ、と思う私です。
料理人の、見て盗めはまさにそれ。
好きでなきゃそれは出来ません。
何をしてるんだろうと興味津々で見るからこそ、盗めるわけです
そして楽しいわけですよ。
それを、時代錯誤だからと言ってマニュアル化してしまうと、
なんの工夫も発見もなく、ただただルーティンワークとなってしまいます。
そうなると、やる気を維持するのは並大抵ではありません。
効率を優先し、負担を減らすはずの行動が、逆の効果を生み出してしまうんです。
そうなると、ヒューマンエラーも発生しやすくなるかもね。
人はやってる意味が分からないと、やり残し、取りこぼしがうまれやすいんです。
てーか、不味いモノだされるくらいなら既製品とか、そんな御意見見たことありますけど
そんな気持ちで出されるくらいなら、
店に行く意味、なくない?
家 で も で き る よ ね?
そんな気持ちで出されるご飯に、
貴方が必死で働いて得た身銭を切るの?
そりゃ、そうゆうところもあるでしょうよ。
でも、その人達は、
「自分たちの出すのが不味いから既製品、業務用使ってる」訳ではないんですよ怒
ましていわんや、どうせ味なんか区別できないだろうなんて考えて出してません。
場所代、材料費、人件費。その他もろもろ。
ギリギリのところて考えて。
それでもなお、自分たちの納得できるものを出そうと四苦八苦してるのです。
その念頭にあるのは常にお客様ファーストです。
少しでも、わずかでも、毎日、何とかできることは無いかと模索してるんですよ。
どんな店でも。
これが、仮に業務用使ってても潰れない店と
そうじゃない店の違いです。
既製品と手作りの違いなんか分かりっこないよなんて考えてやっていたら
なんの工夫も楽しみも生まれない。何度も言いますが。
そんなの長続きしますか?
こんなのやってて苦痛以外何物でもないよね?
そもそも、美味しくするためにはどうしたらいいか
「それを好きになって」考える。
それを毎日毎日やってるのが個人商店さんです。
だから毎日続けていられるんです。
最初は、お前んところ身も無いなあ(美味しくない)と言われ、
周りからごちゃごちゃと言われつ続け、
それでも好きだから何回も工夫して、泣いて、笑って
客にもの売って食べさせる、商売言うんはそうやって成り立ってんです。
何度も言いますけど
「好きだから」成り立つんですよこれ。
造り手の気の持ちようって
ほんとにスゴイ大事なことなんてすよ。
そんな重要じゃないと思われがちですけどね。