エピローグ
昼過ぎのセントラは、風すらも怠けているようだった。
灼けた砂から立ち上る陽炎の中、サーリヤは片手で水袋をあおりながら、作業に追われる若い輸送員たちを眺めていた。
「おい、新人。お前、その荷、砂に埋まるぞ。もっと右だ」
そう怒鳴る声に、若い声が慌てて返す。
「へ、へい! リーダー!」
彼は“個人の横断屋”から“キャラバン隊のリーダー”へと変わっていた。
大所帯を率いる身分となり、夜の砂漠を一人で駆けることはなくなった。けれどあの旅だけは、グルークとミルルと共に歩んだ旅路だけは、今も彼の中で止まったままだ。
グルークとミルル。
魔獣に襲われた奴隷商人の檻の中から、唯一生き残った獣人の兄妹。
獣のように威嚇された出会いから、最終的にサーリヤと共に砂漠を駆けるようになったあの日々。
特にグルークとは、言葉少なながらも深い絆が芽生えた。
水星鯨の死と共に激変する砂漠を共に越え、幾度も死の影に触れながらも、必死に仕事をこなし、様々な国で一族の捜索と情報を集めた旅。
それはサーリヤの中で、横断屋としての仕事以上の“何か”だった。
そのときだった。
一人の配達人がサーリヤに手紙を届けに来た。
焦げ茶の封筒を受け取り、倉庫の影に腰を下ろす。
封を開くと、羊皮紙に丁寧に綴られた文字があった。少し癖のある筆跡、けれど、はっきりと成長を感じさせる筆圧だった。
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サーリヤへ
おひさしぶりです。ミルルです。そちらの砂漠は相変わらずですか?
こっちは海風が強くて、砂のにおいが恋しいです。
サーリヤに助けてもらって砂漠を歩んだ旅のから十五年が経ちました。
私、助けてもらった時のサーリヤと同じ年になったんですよ。
時の流れを早く感じてしまいますね。
さて、現在私たち「鉄狼旅団」はカリリオ という港の街で東の大陸への船を待っています。
一族は故郷で襲われたあの日からバラバラなってしまいましたが、この日に至るまで救えた者も救えなかった者も含めてすべての思いを乗せて故郷へ帰ります。
とても感慨深いです。
かしこまった言葉になってしまいますが、一族を代表してサーリヤにお礼申し上げます。
あの日砂漠に埋もれるはずだった私達を救ってくださって本当にありがとうございました。
サーリヤ。あのとき、あなたが私たちを運んでくれた。
「面倒だ。」と言っていたけどあれは、私たちにとって“生きる道”でした。
グルークが言ってました。
「あいつはオレの恩人であり、最高の仕事の師匠だ。今でも」って。
私もそう思ってます。
いつかまた会いたい……とは、言いません。
あなたは、あなたの場所でやるべきことをやっている。
だから私たちは、森に帰っても手紙を書きますね。
大陸を越えて手紙を届くかはわかりませんがいっぱい書きますし、出します。
それではどうかお元気で。
ミルルより
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読み終えたサーリヤは、しばらく何も言わなかった。
ポケットに手紙を突っ込んだその瞬間、若い隊員がまた叫んだ。
「リーダー! 荷物のロープが質が悪くて切れそうっす!」
「俺は手紙読んでんだよ!めんどくせぇな、倉庫に行って替えのロープをとってこい!」
返す声は乱暴で粗雑だが、その背には隊のリーダーとしての威厳が備わっていた。
サーリヤは立ち上がり、あたりを見渡した。
十年五前と変わらない、どこまでも続く砂と僅かなオアシスと共に暮らす人々。
ふと、乾いた空気のなか風が吹く。
だがその風の匂いの中に、一瞬だけ草と木の匂いが混じった気がした。
「……まったく。手のかかる奴らだ」
ぼやきながらも、サーリヤの口元がわずかに緩む。
彼はもう、あの砂漠で出会った獣人の兄妹を“荷物”だとは思っていない。
旅は終わった。けれど同じ空の下、兄妹との繋がりは続いている。
灼熱の砂の上を歩くその足音は、今も変わらず静かで慎重なものだったが、体に染みついた砂漠に生きる者の確かな足取りだった。
読者の皆様こんにちは。「黄色の横断屋は運びたい」読んでいただきありがとうございます。砂漠の横断屋サーリヤの物語はこれにて完結となります。
この物語はなんと2023年10月17日に初回投稿をさせていただいたのですが、
短い小説にもかかわらず、私の生活環境の変化もあって完結まで恐ろしく長い期間を要してしまいました・・・
後編に入った段階でほぼ失踪しておりましたが、何とかサーリヤ達の旅を書ききることができ、
このような拙作を最後まで読んでいただいた読者の皆様へは感謝申し上げます。
本当にありがとうございました。
それでは次作のお話でも皆様に会えるのを楽しみにしております。




