闇を呑み込む。闇を貫く。
続いて宙を舞った魔道具の球が眩い光に変わり、それも黒い球体に吸い込まれる。重力が強まり、エズは膝を突き、シーダムは地に伏せた。
「そんな能力が強いとか特別とか、勘違いしたまま死んじゃうなんて……可哀想ですね」
いつの間にか現れていた女。消え失せる闇。その場にあるのはただ物質のみ。慌てて力を使おうとするシーダムだが、闇の無いその空間では力を使うことが出来ない。
「どうやって……ここが分かった?」
尋ねるエズ。
「えーと、運が良かったんですよ」
「……そうかい」
ネクロに予め釘を刺されていたエトナは情報を漏らすことなく誤魔化した。実際はエトナの闇に同化し潜る能力によって、闇そのものと化して移動したシーダムの後を追ったのだ。
「……」
「無駄です」
諦めたような目で剣を構えて斬りかかったエズ。しかし、エトナはエズが剣を振り終えるより速く球体を片手に浮かべたままエズの体を左右に真っ二つに斬った。
「あなたもです」
「ぐッ!?」
地面を這いずってにげようとしていたシーダム。しかし、黒い球体の引力が強まるとシーダムは竜巻に巻き込まれるかのようにエトナの方に引き寄せられた。
「じゃあ、さよならですね」
二つに斬り分けられたエズと、抵抗する力の無いシーダム。二人は引力の強まった球体に完全に吸い込まれ、それに触れた瞬間に呑み込まれ、消えた。
♦……ネクロ視点
襲撃を仕掛けてきた七人の十七死天の消滅が確定した。既に三人は死んでるから、これで残る十七死天は七人と言う訳だ。
「さて、小手調べは終わりかな?」
僕の言葉に反応するかのように、城の上に超巨大な魔法陣が展開された。ぱっと見では城よりも大きいその魔法陣からは尋常じゃない魔術が放たれるのだろう。
「あの規模は……冥王か?」
イヴォルが呟いた。どうやら、冥王本人による魔術らしい。
「やばそうかな?」
「そう思うか?」
問い返すイヴォルは、既に魔方陣を展開していた。無数に展開されていく大小様々な魔法陣達は、円を成すように並び、折り重なって一つの魔法陣となる。
「既に魔方陣の全容が見えている以上、これから何が起きるかは分かるというものだ」
城の上に浮かぶ魔法陣が強い魔力の光を放った。
「ッ、これは……」
それは魔方陣とほぼ同じサイズの巨大な闇の球体。結界を丸ごと呑み込んでしまえるような大きさのそれは、ゆっくりとこちらに迫って来る。
「凄い、大きいですね……」
「結界があるので回避は不可能です。迎撃か防御しか選択肢はありません」
そうだね。アレは中々やばい。イヴォルは余裕そうだったけど、本当に大丈夫だろうか。魔法陣の大きさも、向こうの半分も無い。
「不安そうだな?」
「大きさが違いすぎるからね。ぱっと見だとこっちの方が負けそうに見えるよ」
僕がそう言うと、イヴォルはクカカと笑った。
「大きさはそうだな。だが、密度はこちらの方が上だ」
何重にも魔法陣が折り重なって出来た複雑で大きな魔法陣。イヴォルの作り上げたそれが、魔力の光を放ち始める。
「穿て」
無数の魔法陣から光線が発射され、それらは進んだ先で集約される。一つになった光は不思議と眩しくは無く、白色のそれは巨大な闇の球体の中心を貫いた。
「おぉ……凄いですね」
闇の球体は光に貫かれてもそのまま進むかと思いきや、少し進んだ辺りでぱらぱらと解けるように崩壊し、冥界の黒い空に溶けて消えた。
「この程度で殺せると思われているとは、舐められたものだな……それか、私が衰えているとでも思ったのか、冥王め」
イヴォルは城を睨みつけ、そして杖を振り上げた。
「後は軍勢を片付け、そして結界を破壊するだけだ」
次々に放たれる魔術。最早イヴォルを妨げる者は居らず、津波が軍勢を攫い、寒波がそれを凍てつかせ、動けない彼らをイヴォルの意に従って動く黒い球体が呑み込んでいった。
「一瞬で片付いたね」
「状況さえ整っていればこんなものだ」
イヴォルは自慢する様子も無くそう言って、また杖を振り上げた。すると、結界のギリギリまで僕らは転移した。
「少し待て」
イヴォルは杖を結界に触れさせ、黙り込んだ。
「……ふむ」
十数秒経ったかと言う頃、イヴォルは声を上げた。
「こうか」
杖の先から結界に青い波紋が走る。幾何学的な模様を刻んだそれらは光り輝き……そして、結界を崩壊させた。
「早いね」
「十を超えれば遅いに入る。戦闘中では不可能という意味だからな」
イヴォルはスタスタと城に向かって歩いていく。
「さぁ、ネクロよ。どうする? 城を破壊するか、中に入るか」
分かり切った質問だ。それでも僕に決定権を委ねたのは、自分の意思でこの城に手を出したくなかったからか。
「悪いけど、破壊しよう。中に入るなんてリスクを取れる程、甘い相手でも無いだろうしね」
「……そうだな、間違いないだろう」
イヴォルは頷き、城に向けて無数の魔法陣を展開させた。