七の死天
宙を舞う巨人の首、その表情は驚愕に染まっている。
「ジィラッ!?」
『構うなッ、イヴォルを殺すんだッ!!』
一瞬動きを止めた青緑のローブ、シアン。その背後から突然、黒い服を纏ったハイゴブリンが現れた。ネロだ。
「クキャッ、隙だらけだな?」
「ぅッ!?」
空間を飛び越え斬りかかるネロの剣がシアンの胴体を真っ二つに切り裂いた。
「ジィラとシアンは無視するしかないナァ! お前もネェ!」
立ち塞がるアスコル。彼の居る空間に直接爆発が巻き起こる。キラガは巻き起こった爆風の横を通り抜けようとしたが、青く透き通った結晶の鋏にその胴体を挟まれた。
「キシィッ!」
「くッ、なんだお前はヨォッ! おれの爆発で死なないィ!?」
自分の体を挟む結晶の蠍、アスコルに何度も間近で爆発を喰らわせるも、僅かに焼け焦げた跡が付くだけに終わる。そして大きな鋏はキラガを逃がさないままその胴体をぐちゃぐちゃに潰した。
「僕は闇さッ! 後ろは取ったけどどうかな賢者ァッ!!」
イヴォルの背後に突然現れ、その手をイヴォルに伸ばす黒いローブの男。イヴォルの立っている位置が黒く歪み、渦巻き始める。
「どうもこうも無いな」
イヴォルの周囲に浮かんでいた無色の魔法陣達の一部が歪み、黒色に光り消滅する。その時にはイヴォルの下で渦巻いていた黒い歪みは消えていた。
「へぇ、僕の闇を消したか。陣を使った打ち消ぶべッ!?」
黒いローブの男の背後から飛来したボルドロ。その結晶化した頭が男の背に直撃し、その背骨を真っ二つに折り、臓器をぐちゃぐちゃに潰した。
「ィィッ!」
そこにレタムの放った水のレーザーが直撃し頭に穴を開けるが、それと同時に男の体は空間の闇に溶けて消えた。
「私は皆の意識の外側だからね~? このまま賢者を倒しちゃ……あれ」
桃色のローブを被った女、ラミスが歩く。呪術により皆の意識の外側を行く彼女だが、その周囲をゴーレム達が囲んだ。
「ふーん、意識すらない土塊、石塊ってことぉ? きゃはっ! 良いや、その程度なら一瞬で倒してあげちゃおっかな~?」
ラミスがその手を上げた瞬間、冷たい視線がそこに向いた。
「カタ(何か居るな?)」
アースの生み出していたゴーレム達が何故か集まり、何もない空間を囲んでいる場所。異常を感じたクレスは杖を向けた。
「お疲れ―! ゴーレムちゃ、んんッッ!?」
一瞬でラミスの周囲を覆う冷気。それは一瞬にしてゴーレム達ごとラミスを氷漬けにした。
「カタ、カタカタ(無様だな、お前も像の一部だ)」
現れた氷の像はラミスの姿をくっきりと映し出し、クレスは嘲笑の声を漏らしながら配下にその氷像の回収を命じた。
「さて、魔術士が私に勝負を挑んでただで済むとは思うまいな?」
大体片付いたことを察したイヴォルは杖を振るった。すると、遠くで虹の爆発が巻き起こり、ギオウの体はほぼ消失した。
「……終わりか?」
イヴォルは呆気なさそうにそう呟いた。
♢
暗い暗い闇の空間。そこで頭を抱える白いローブの男。その横に、黒いローブの男が現れた。
「どうしたものかなぁ? エズ」
「どうしたもこうしたも、無いよ。僕らの負けだ。終わりだよ、シーダム」
黒いローブの男、シーダムは悩み込むエズを見て笑う。
「負けなら負けで結構じゃないか。ほら、僕らは折角ローブで姿を隠しているんだ。ここから逃げて、ローブを脱いで生きていけば良いのさ」
「そんな単純な話なら、僕は最初から逃げてる」
エズは溜息を吐き、虚ろな視線をシーダムに向けた。
「僕らは所詮、冥王の駒だ。どこまでもね」
「ハハッ、僕はそうは思わないね。何故なら、僕は闇そのもの。例え冥王であってもこの僕を操ることは出来ないさ。光は操れても、闇は操れない。何故なら、闇は常にそこにあるだけだからさ」
シーダムは笑い、片手を上げてひらひらと振った。
「残念だけど、僕の力はお一人様専用でね。また会えると良いけど……僕は行かせてもらうよ、エズ」
手を振り、闇の力によってその姿を眩ませようとしたシーダム。しかし、その体が硬直し、そして痙攣する。
「なッ、ぐ、ぅ、ぇ……?」
「そういうことだよ、シーダム。僕らは十七死天、不滅の魔人。そう、冥王によって作られた……ね」
エズはニヒルな笑みを浮かべ、ただ黒い世界を見つめる。
「冥王によって作り変えられた体は、最早僕らのものじゃない。言ったでしょ? シーダム」
エズは手を開き、閉じ、そして力なくそれを下ろした。
「僕らは、どう足掻いたって冥王の駒だ。対して価値のない、ね」
「あ、りえ……ない……僕は、闇のはずだ。どこまでも、自由で……どこまでも、強大な……」
倒れ込んだシーダムの体は、未だに麻痺したように震えている。
「諦めた方が良いよ。僕らに残された道は、どうせ特攻しかない」
「……ま、て……冥王、僕は……僕はッ、まだ使えるッ! この冥界を探し回っても、ここまで強大で特別な能力を持つ者は僕しか居ないッ!! 一旦、城まで逃げさせてくれッ! 分からないのかッ、この僕の力がッ!? 冥王ッ!!」
段々と痙攣が収まり、体の自由を取り戻してきたシーダムは倒れたままの体勢で喚いた。
「……哀れだね」
エズは視線を落とし、言った。
「そうですね、哀れです」
その声が聞こえた瞬間、その空間に満ちる全ての闇と光が消え失せた。