骸の魔術師、ラディアーナ。
今日で四度目になる扉との邂逅、その向こう側からは強烈な威圧感と死の匂いが漂ってくる。察してはいたが、今回の相手も尋常では無い。
「じゃあ、メト……行こうか」
僕が使えるバフは既にかけてある。本気で行こう。
「はい、扉を開きます……ッ!」
扉の奥にいたのは、黒い骸骨だった。その骸骨は玉座に座り、頭には豪華なティアラを乗せて黒い布のドレスを纏っており、骨だけの手には紅い宝玉が嵌め込まれた大きな杖を持っている。その足元では、炎を纏った黒い骸骨の狼が伏せていた。
「ネクロさん、相手が骨だからって油断しないで下さい。これは、ただのスケルトンなんかじゃないです。多分、あの人は……」
エトナが緊張した面持ちで片手にナイフを構え、片腕を黒く染め上げた。
「────えぇ、貴女の考えている通り……私はリッチです」
リッチ、それはアンデッドの中でも特に強力な魔物。しかも、知性を持ち強力な魔法を容易く行使する厄介な魔物だ。
解析すると、人型の方が【リッチ:Lv.53】で狼の方が【獄炎の死狼:Lv.51】とあった。ヘルウルフの方は聞いた事はないが、リッチならある程度のことは知っている。
「みんな、リッチの手には触れないようにね」
「えぇ、そうした方が良いでしょう。私に触られると一瞬で衰弱して死ぬでしょうから」
リッチがすかさず肯定する。にしても、喋り方、服装、声、どれを取っても女の人だ。女王の時代もあったのだろうか。
「えっと、一応話を聞いても良いかな? ここまでみんなの話を聞いてきたからさ、気持ち良く話してから逝った方が成仏しやすいと思うんだけど」
僕の言葉にリッチは笑った。
「ふふ、成仏ですか。そういえば、そんな言葉もありました……さて、私の話ですか。私は、二代目トゥピゼ国女王のラディアーナです。トゥピゼ国がきちんとした国の形になったのは私の代ですが……国起こしの話は、十階層で待っている私の夫から、初代国王から聞いた方が良いでしょう」
夫が初代国王で妻が二代目の王、か。少し気になるけど、今はそれどころではない。
「一応聞きたいんだけど、初代国王さんってどんな力を使うの?」
「それも夫から聞くのが良いと思いますが……そうですね、普通に剣を使いますが、最初に見た時はビックリするかも知れませんね? それに、私も含めて今までの階層主とは比べ物にならないくらい強いと思いますよ? ふふふ」
ラディアーナは上品に笑った。
「さて、お喋りはこのくらいにして……そろそろ、始めましょうか?」
「うん。そうしようか……よし、全員で協力して行こう」
相手の数は二体だ。戦力を分散するよりも、全員でカバーし合って戦うのが一番賢いように思えた。
「あぁ、忘れていましたが、この子は私のペットのフレンです」
「フレンとラディアーナ、ね。僕はネクロ、そしてこっちが……」
僕は二人に視線を向けた。
「あ、エトナです」
「……メトです」
二人は言いながらも戦闘の構えを取った。
「あらあら、二人とも可愛いわねぇ……妬けちゃうわ?」
そう言ってラディアーナが杖を掲げると、空中に無数の魔法陣が浮かび始めた。
「みんな、散らばってッ!」
互いが回避の邪魔にならないように一旦散らばりつつ、僕は燃え盛る黒い骨の狼……フレンをターゲットした。
「……闇壁」
魔法陣から発射されたのは光の槍。しかし、標的は僕たち三人をバラバラに捉えており、光の槍は分散して発射された。そして、一人狙いじゃない分散した攻撃程度なら闇壁でも防げる。
「ふぅ、INTに沢山ポイント振っといて良かったよ」
じゃないと防げはしなかった。チラリと二人を見ると、どちらも上手く回避したようだった。
「中々やるわねぇ……頑張って、耐えて頂戴ね?」
ラディアーナがもう一度杖を掲げる。しかし、宙に魔法陣が浮かぶ寸前にエトナが駆け出してリッチに巨大な刃と化した黒い腕を振り下ろした。
「ッ! ……貴女、早いわね。これなら、ストラにも……いや、どうかしらね」
ラディアーナは難無くエトナの攻撃を回避し、何やら独り言を言いながらも杖を再度振り上げた。再度エトナは妨害しようとするが、それをフレンが阻止しに走る。
「闇腕、闇棘」
フレンの影から闇の腕が無数に生えて駆け出したフレンの足を掴み、転倒させた。更に転んだところに闇の棘が襲いかかる。
因みに、闇雲はグランジェス曰く払われるだけらしいから使わない。
「バウッ!」
フレンは一鳴きすると大きく跳び上がって闇棘を回避し、体に纏っている炎を更に燃え上がらせた。
この感じ、何か来そうだ。
「くッ、なんで攻撃が当たらないんですかッ!」
「慣れてるから、かしらねぇ?」
エトナの猛攻がラディアーナを襲うが、攻撃は掠りもしていない。しかし、魔法の阻害はできているようだ。
「バァアアウッ!!」
エトナの方に気を取られた一瞬の間に、フレンは宙に浮いたまま、体に纏った炎を口に溜めて吐き出した。巨大な紅蓮の火球が僕を目掛けて飛んでくる。やばい、避ける手段が無いぞ。それに、この威力の攻撃は闇壁でも防げない。
「鉄壁、烈風拳」
瞬間、僕の目の前に鉄で出来た壁がせり上がり、それに火球が直撃して溶かされたかと思えば、視界の端から現れたメトが緑のオーラを纏った拳を突き出すと、強風が吹き荒れて小さくなった火球をかき消した。
「すみません、支援が遅れました。マスター」
「いやいや、助かったよメト。ありがとね」
実際、かなり助かった。今の火球を食らえば死ぬことこそなかっただろうが、かなりの致命傷を負う羽目になっていたところだった。
「……凄いね」
結局、エトナは一人でラディアーナを抑えきれている。だとすれば……あの骨の狼を倒してエトナに合流するのが一番良い、かな?
最初の命令はどうやら間違いで、僕はエトナの実力を見誤っていたようだ。エトナは、僕が思っているよりもずっと強い。
「…………反省は後で、かな」
だけど、今はこいつらの相手だ。先ずは何とかあのワンコを倒さないといけない。
「メト、取り敢えずあの狼から倒すよ。支援は任せてね」
「了解しました。行きます」
メトは直ぐに駆け出し、赤い石の剣を作り出すとフレンに斬りかかった。全身が炎に包まれている相手に拳で挑むのは危険だと判断したのだろう。
だが、メトは剣技も一流だ。きっと前衛は問題無くこなしてくれるだろう。
「闇腕、闇棘、闇棘、闇棘」
影から伸びた無数の闇の腕に拘束されたフレンは何とかメトの剣を躱しながらも、拘束を解いた。が、その瞬間に三方向から同時に闇の棘が迫った。
「アオオォォオオオンッ!!」
しかし、フレンはその場から動かずに身体中の炎を巻き上げながら大声で吠えた。当然、三方向からの闇棘が全てザクザクと突き刺さり、フレンは地面に縫い付けられた。
当然、その隙をメトが見逃す訳もなく、フレンの頭蓋骨を剣で叩き砕いた。
「……そういうことか」
ふとエトナの方を見ると、エトナの足元から紅蓮の炎が噴き出していた。巨大な火柱にエトナは思わず飛び退いた。これで、ラディアーナが魔法を使う隙ができてしまった。
フレンが逃げもせずに留まっていたのは、この技を使っていたからだったのか。
しかし、フレンは倒した。結局はもう三対一だ。そう簡単に負けることはないはずだ。
「『古より続く炎王の契り、今ここで我が果たさん。獄炎王槍』」
エトナがラディアーナの元に駆け出すが、遅かった。ラディアーナの後ろに巨大な魔法陣が浮かび、エトナに狙いをつけた。
「ッ! 闇槍ッ!」
すると、エトナは天井に向かって闇槍を放ち、それに触れると……
「影避闇転ッ!」
突然、エトナの姿がどこかに消えた。そして、魔法陣から現れた巨大な炎の槍は何も無い場所を通り、壁にぶつかって消えた。
「闇腕」
「暗殺投擲ッ!」
エトナの姿を見失った僕たちだったが、上から聞こえた声で漸くエトナの姿を捉えた。
「……お見事、でした」
しかし、姿を捉えた頃にはもう遅い。ラディアーナは自分の影から伸びた無数の腕に拘束されて動けず、エトナを見上げた瞬間には頭蓋骨を短剣が貫いていた。
「貴方達ならば、きっと……ストラ、を……」
パキリ、と音を立てて頭蓋骨にヒビが入っていき、数秒後にはパラパラと崩壊した。
「ストラ、それが次の階層主なのかな」
「多分、話を聞いてる感じそうだと思います。初代国王さんですよね」
僕は完全に消滅したラディアーナを見て、エトナに聞いた。
「エトナ。さっきのアレ、どうやったの?」
「えっと、影避闇転ですかね? 種族スキルですよ。影とか闇の中に入ることができるの、ネクロさんも知ってますよね?」
あぁ、なるほど闇槍とかの闇そのものを具現化したものにも入ることができるのか。それでエトナは天井付近まで一瞬で逃げて回避した、と。
「なんというか……流石だね、エトナ」
「ふふふ、そうでしょう? なんと言ってもA級冒険者ですからね!」
A級冒険者ってみんなエトナくらい強いのだろうか。そうだとしたら恐ろしいね。まぁ、多分そんなことは無いと思うけど。掲示板やチープから聞いたA級冒険者はもう少し弱い。エトナなら二対一でも勝てるくらいだろう。
「それと、メト。ありがとう。助かったよ」
「いえ、マスターを助けるのは私の義務ですので。どうかお構いなく」
メトはペコリと頭を下げた。
「勿論、僕も従魔を守る義務と責任があるからね、今度は僕が守るよ。出来ればね」
そもそも、メトの方が強いので僕がメトを守るシチュエーションって中々無いと思う。
「まぁ、何はともあれ九階層突破です!」
「そうだね。みんな、ありがとう。……じゃあ、次は相当やばそうだし……気を引き締めていこうか」
次の敵は第十階層、待ち構えるのはダンジョンボス。初代国王のストラだ。ラディアーナの話だと剣が得意らしいけど……まぁ、人型なのは間違いなさそうかな。
「良し、じゃあ少し休憩したら次の階層に行こうか」
僕は今までの全ての相手を超える強敵の予感に身を震わせた。
 





