3日目~lost heaven
※過去編、第3話。栞菜視点です。
大好きで、愛しくて、憎むことも嫌いになることも不可能だって知ってるでしょう──?
バイトが休みになった、と凌司が帰ってきた。
まだ全身に残る気怠さでベッドに倒れ込んでいた私だったが、抱きつくように被さってきた凌司を軽く押し退け、ようやく起き上がることにした。
いつもならそのままギュッと拘束されて、流されるままにコトに及んでしまうことが多いのだが。……何だか今日の凌司は様子がおかしく見える。
「遅刻でもしてクビになったの?」
「いや。遅刻もしてねーし、クビになった訳でもねぇ」
そう言うと、黙りこくってスマホを弄り始める。……何か変だとは思うのだが、いつもの無表情に隠れてその理由は分からない。妙な違和感だけが、私には感じられてならなかった。
「ねぇ、りょーじ?」
「んー?」
「大好きだよ」
「おぅ」
「……変態サディスト!」
「あー、うん」
「世界で一番愛してる」
「サンキュ」
「──凌司は?」
空返事に痺れを切らし。スマホを取り上げると、挑発するように前から凌司に抱きついた。発達途中の胸がしっかりと当たるように、ちょっとキツメに密着したりして……。
「何してんの。昨日あんだけヤりまくったのに足りねぇ? 会わないでいるうちに随分積極的におなりになって」
「……ごまかすな。何かあったんでしょ? 私には言えないこと?」
凌司はやっぱり、何も答えない。
「お前の気のせいだろ。何でもねぇから、心配すんなって」
チュッ、と音を立てて触れるだけのキスをされる。……これでごまかす気だな、コイツ。普段が顔に出ないタイプだけに、雰囲気で何かあったことが分かってしまって、それが気になって仕方ないのだ。
「取り敢えず、飯にするか? お前、結局何も食ってねェんだろ?」
「ぶー。食い物で釣る気!? その手には乗らない、って言いたいトコだけど。正直、さっきからお腹がグーグー鳴って力も入らないのよ。こうなったら、財布空になるまで奢らせてやるから覚悟してよね!!」
「……俺のバイト代、さらば」
「高いモンはいらないわよ。ファミレスで十分だから、そこは安心しといて」
「お前の食う量考えたら、楽観視も出来ねーっつの。でも、まあ……しゃーねぇか」
諦めるように溜め息をついた凌司の腕に自分のソレを絡め、アパートを2人で出ることに。既にこの時、凌司の中では──私にどうやって別れを切り出すか考え続けていたのだろう。何をどう言ったって、私が納得なんてするはずはないのに。どうすれば傷つけないで済むか、傷が浅くて済むか、考えてたに違いない。……ドSのクセに、優しいヒトだから。
私が日本を発つその日まで、凌司はその別れの言葉をなかなか切り出さなかった。私の不安を余所に"ドS時々優しいカレシ"の役割をシッカリ全うしていたのだから。
花火大会に行くために、浴衣を着せてくれたり。当然、とばかりにその浴衣のままコトに及んだり。バイトを結局休んでくれたみたいで、私がアンリやえっちゃんたちに会いに行くにも着いてきたりして。
全部、最後に別れを告げることが分かってたからこその……過剰なサービスだったんだろうか。
「何も訊かないで、俺と別れてくれ」
そんなこと言われて、私が素直に分かったと首を縦に振るなんて思ってなかったでしょう?
「このまま、黙ってアメリカに帰れ」
凌司のことを忘れろとか、嫌いになってもいいとか、それこそ私のことを嫌いになった、とも言わなかった。訳も分からず泣きすがる私を優しく引き剥がして、頭を撫でて、その上で改めてフワリと抱き寄せて。
そんな愛しそうに自分を見つめるヒトが別れたがってるだなんて、納得出来るはずがないじゃないの。
まさか、裏側でレオンや父が暗躍していただなんて、4年後の再会まで気づきもしなかったけれど……私の凌司への想いが揺らがなかったことと、凌司がそんな私を信じていてくれたこと。心についてしまった大きな傷痕は簡単に癒える訳ではないけど、失ってしまった時間を2人で一緒に取り戻していくことはできるよね……?
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※裏話。夏祭り本編では、ほとんど出番のなかったレンちゃん先生と兄貴レオンの会話。レオンが裏で暗躍してる間に、昔馴染みの先生に絡みに行きました。
「ねぇ、そこの昔ブイブイ言わせてたセンセー。ちょっといいかナ?」
「あ~? 何だよ、澪音じゃん。やっぱ日本まで来てたのか」
「何だよ、じゃないデショ。カンナを何処に隠したのさ? さっきから香坂の携帯に電話しまくってんだけど、全然反応ないんだよネ」
「ほー。あいつらが一緒にいんのは分かってるって訳ね」
「そりゃあね。一応、これでも譲歩した方なんだヨ。感動の再会の邪魔はしないであげたんだし?」
「お前が言うと何か裏があるように聴こえてならねーんだよなぁ」
「やだなぁ、裏なんかある訳ないじゃない。俺はメチャクチャ素直なんだからさ♪」
「……だから、その笑顔が胡散臭いんだっつーの!」
「そんなことより、あの2人どっち行ったのさ? 隠しだてするなら、センセーでも容赦しないからネ」
「あのね……ヤンチャしてた頃ならまだしも、今はしがない高校教師よ? アホみたいに鍛えてるお前らに太刀打ち出来る訳ないんだから、物騒なこと言わないでくれる!?」
「ちぇっ。つまんないのー。オヤジが、センセーがブイブイ言わせてた頃の話聞かせてくれたもんだからさ~。センセーの強さにもめっちゃ興味あったんだけどな」
「あんのクソオヤジ! 息子に余計なこと吹き込みやがって!! 俺はもうヤンチャはしないんだからね? マジで勘弁しろよ。あと……そろそろ許してやってくんない? 香坂くんはともかく、これ以上、栞菜が泣くのは見たくないんだよね」
「ふーん。意外だね~。センセーでもカンナに同情とかするんだ?」
「あー、もう! とにかく妹虐めて遊ぶの止めろって言ってんの!!」