2日目~トラブルメーカー
※過去編第2話。凌司視点です。
お前が泣くことは分かってたのに、それを避けられないことが辛くて耐え難かったんだ──。
バイトに行く時間になり、軽くシャワーを浴びただけで慌ただしく準備を済ませた。
ぐっすり(グッタリ?)眠るカンナを起こさないように、静かにドアを閉めて。そのまま出かけようとした俺を遮る腕が一本……並みの人間なら瞬殺されていそうな拳を辛うじて避けたこと、褒めて頂きたい。
「──ちっ、外したか。今度こそ殺れたかと思ったのになぁ」
「何してんですか、あんたは」
ドアを開ける瞬間に感じた殺気があまりに駄々漏れだったのもあるが、ある程度は予想していた展開で。大きく溜め息をつき、相変わらず胡散臭い笑顔がムカつく男──澪音に、こちらも負けじと笑いかけてやった。
「何してる、ってこっちのセリフだと思うんだけどね~香坂クン。ウチの妹、性欲処理機かなんかと間違えてない? いくらカンナが体力あるからって、どんだけがっついてんのさ」
「……はい?」
ちょっと待て。澪音の口振りだと、一晩、俺がカンナを散々意識が飛ぶまで啼かせて喘ぎまくらせたのを知ってるってことじゃないか?
「何で知ってるのか、って顔してるね。そりゃあ、隣にいたからだよ。サービスするから一晩泊めてってお願いしたら、簡単にOKもらっちゃったんだよね。キレイ系でしかもナースなんだってね~お隣のお姉さん。香坂クンも誘われたらしいじゃない?」
「……俺は全力で断りましたけどね」
「ウン、ものすごい営業スマイルで冷たくあしらわれたって言ってたよ。モッタイナイことするよね~キミも」
「俺は、あんたと違って誰にでも勃つ訳じゃねぇんで」
思い出したくないことまで思い出してしまったではないか。隣のエロナースめ、男なら誰でもいいんだな本当に。『お隣同士になったのも何かの縁だし、仲良くしましょ』とか。カンナにしか反応しない俺には、迷惑以外の何モノでもなかったというのに。
「ふーん。カンナなんかに操立てちゃってる訳? ってか、我が妹ながらアレだけど、よく色気ないのに勃つよネ~」
「あんたが妹相手におっ勃てるようなら、お義兄さんといえど黙っちゃいませんけど」
「キミにお義兄さん、なんて呼ばれると寒気するから止めてくんない?」
一瞬、ヒヤリとする殺気のこもった澪音の眼。だが、すぐに胡散臭い笑顔に戻ってしまった。
「それと──オヤジから伝言ね。とりあえずバイトは辞めてもらって、明日からウチの特別養成所で特訓に入ってもらうよ。カンナには全部黙ってるのが条件で、リミットは大学卒業までだから。あ、そうそう。忘れるトコだった! カンナが帰る前に別れてもらうのも条件なんだよね。だから、さっさと振っちゃってくれる? あんだけヤリまくったんだから、暫くは大丈夫でしょ~?」
ペラペラと長台詞を吐かれ、その内容のあまりの理不尽さに、俺は絶句するしか出来ない。
「聴いてる~? 反応ないとツマンナイんだけど」
「──何処から突っ込めばいいのか、途方に暮れてたんですけど」
「突っ込む必要はないよ。キミに拒否権なんか1ミリもないんだからさ」
「いや、拒否するのは無駄だって分かってんで。それより、養成所ナンタラって何のことです? 俺を一体どうするつもりなんですか」
「ああ、そっちの話ね。それなら簡単なことだよ。キミ、オヤジに気に入られたみたいだね。エージェントになれる見込みがあるから、育てたいんだってさ。地獄見る修行になると思うから覚悟しとくんだね」
語尾に音符が付いているのが分かる程に楽しそうな澪音の口調。エージェントって……コイツやカンナと同じことしろってことだろ? 養成所で特訓しなきゃならないようなエージェントって、どんな修行するんだよ。つーか、ある程度の喧嘩とかなら負けない自信があるが、後は剣道が人並みよりゃ出来るくらいで……。
「ふーん。別れない、って言葉は出ないんだ? ちょっと意外。それとも、別れても大してダメージないのかナ?」
「拒否権はないんでしょう? 逆らったって無駄なの分かってるって、さっきも言いましたけど。それに、どうせ遠距離だから頻繁に会う訳でもねーし。俺らの場合、心変わりとか、そういう心配はいらないんで」
「……何かムカつく。信じあってますー、的な? そーいうの、蹴っ飛ばしたくなるんだよね」
何と言われようと。俺がこの先、カンナ意外の女に眼を向ける確率なんざ1%もないと断言するし。カンナにしても、見てるだけでも俺のこと好きだって全身から伝わってくるから、俺以外の男に揺らいだりするとは到底思えない……それくらいには自信がある訳で。
ただ──あいつは、別れを切り出したら、ボロボロになるまで泣くんだろう。それを黙って見ることしか出来ないのが、何より辛い。事情を説明出来れば、或いは納得するかもしれない。ただ、そうすればカンナに隠さなければならないという、オヤジさんや澪音の野郎に逆らうことになる訳で。もしかしたら、俺は本当に抹殺されてしまうかもしれないのだ。訳の分からん掟やらのせいで。
「覚悟は決まったの?」
「取り敢えず──カンナが帰る予定日まで、待ってもらえませんか?」
「ん~そうだね。今後のこともあるし、それくらいなら譲歩してあげる。その代わり、ちゃんと別れられなかったらどうなるか──分かってるよね?」
いつでも殺れるんだ、とその蒼い瞳は俺に語りかける。
だが、俺にだって意地はある。特訓だか修行だかに耐えて、また必ずカンナをこの腕に取り戻す――。
だから、ごめんな、カンナ。今だけ、お前を泣かせちまうことを許して欲しい。いや、許さなくていいんだ。
どれだけお前に罵られようとも、お前と共にある未来の為に……お前を傷つけてしまうことを由としたのだから。
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※後日、この日の話を凌司から聴いたカンナとのやり取り。オマケのアホな下ネタ全開会話文です。
「……ちょっと待て。あん時、バカ兄貴が凌司の部屋の隣にいたってこと!? しかも隣の女たぶらかして何やってんの!!」
「あー、うん。そういうことだな」
「えっ、じゃあ、アノ時の声とか全部聴かれてた……?」
「だろうなぁ。俺に絶倫だのお前のこと性欲処理機かなんかと間違ってねェか、とか散々言ってくれやがったし」
「ぎゃーーーーっっ!! 何考えてんの、あのド変態! 妹の喘ぎ声聴くとか、どんな神経してんだ!!」
「あ、心配することはない。さすがに妹じゃ勃たねぇ、って言ってたぜ。良かったな」
「うが~っ!! あんたもバカ兄貴と何の話してんの!? ご自慢のモノ、二度と使い物にならないようにしてやろうか!!」
「何だよ。それじゃあ、カンナだって辛いじゃねーか」
「はっ? 何でよ」
「いっつも俺ので気持ち良くなってんじゃん。あの快感が味わえなくなるなんて、お前だって耐えらんねーだろ?」
「……りょーじ」
「な、何でしょうか。カンナさん?」
「歯ぁ食いしばれ! エロテロリスト撲滅しろーっ!!」
「げっ!! 落ち着け、カンナーっっ!」




