1日目~嘘つきな口唇
※過去編、第1話。カンナ視点です。
だって、どうしても逢いたかったんだもん──。
高校を卒業して初めての夏。日本から故郷のアメリカに戻って、兄のレオンと2人で大人しく(?)父の家業を継ぐべく大学に通いながら仕事に打ち込んでいた私だったが。
想像以上の父のスパルタに加え、同じ新米であるはずの兄が馴染むのが早く、出来の悪い私をバカにして蔑むなど、精神的な苦痛が酷かった。
好きで好きでしょうがない、一応は"恋人"と呼べる相手に全く会えないことも、精神的に弱る原因の一つで。たまに来るLINEと深夜の電話ぐらいじゃ、恋しさは募るばかり。
学業との両立に忙しい私に夏休みなどはないのだが、日本の友人たちは一部を除いて皆夏休みのはず。恋人に会いたいなどと、まともに言っても反対される……どころか別れさせられそうだ。友人たちと同窓会だと捏造した理由で、まんまと日本へ一週間だけ戻れることになった。
兄は、多分信じちゃいないだろうが、意外にも反対はしないでくれたので不気味なくらい。
「……マジで一週間もこっちにいれんのかよ?」
「何よー。私は会いたくて仕方なかったのに、嬉しくないの?」
喜怒哀楽の分かりにくい、飄々とした表情。せっかくの再会だというのに、肝心の恋人との温度差が激しく感じるのはどういうことなのか!
「そんなん嬉しいに決まってんだろ。ただ――仕事、忙しいって言ってたたじゃねーか? 大学は休みだろうけど、よくこっち来んの許してくれたと思って」
「えっ!? あはは……一応、今まで頑張ってたし、夏休みもらっただけだよ!」
内心、嘘をついて日本に来たことにヒヤヒヤする。後ろめたい、っていうか。
「夏休みだから、俺もバイトとかあるんだけどなぁ」
「えっ。1日いっぱい?」
「いや……シフトは高校生とか入ってるから抑え気味ではある。半日ずつで昼間だけだから、何とかなるんじゃね?」
私だって、こっちにいる間、こいつにベッタリくっついてるつもりはなかったんだ。バイト中はアンリとかレンちゃん先生とか! 会いに行きたい人はいっぱいいるし。
「ところで、カンナ」
「は、はいっ!?」
急に真剣な顔つきになり。……動揺しながら、次の言葉を待っていると。
「もしかして、ここ泊まるつもり?」
――当然、そのつもりだったけど。凌司に泊めるつもりは、なかった? 数日間の荷物が入ったトランクを横目に。離れていた間に、距離だけじゃなくて心まで遠くなってしまったのかと……不安が押し寄せてくる。
遠距離なんか大した問題じゃない、って言ってくれたのは凌司の方だったのに。
「カンナ?」
「ふぇっ!?」
「だから、泊まるつもりかって訊いてんだけど」
「……だ、ダメ?」
恐る恐る、切り出してみた。
「まさか。むしろ、大歓迎。他に泊まるってんなら拐いにいってたかもしんねぇ」
「はぁっ!? じゃ、じゃあ何でさっきから嬉しそうじゃないのよ!? 私、凌司の気持ち、離れちゃったんじゃないかって心配してたのにっ」
拐いにいく、だって! どうしよう、今すぐ飛びつきたいんですけどっ。
「あ~、悪ぃ。嬉しい、ってか。予想外に早く会えちまったもんだから、動揺しまくりなんだよ。このまま放っとけば、お前のこと閉じ込めて離さねー自信がある」
「りょーじ……」
「ハハ、ドン引きだろ?」
「何言ってんの。そんなの……嬉しいに決まってるじゃない。ね、ギュッてして離さないで?」
勢いよく、躊躇わずに凌司の広い胸に飛び込んで。間髪入れずに回された腕の力強さに身を委ねる。
「相変わらず、りょーじは考えてること分かりにくすぎなのよ」
「そうか? これでも大分改善されたらしいぜ。……尚志と有田が言うには」
去年、私と出逢ってつき合うようになって。以前に比べて、感情表現が分かりやすくなったらしい。それは、幼なじみのあの2人だけでなく、担任だったレンちゃん先生も感じていたと聞いたことがある。
「カンナ、腹減ってるか?」
「……はぁ? ここ来る前に食べて来たから、まだ大丈夫だけど。何で、今訊くの?」
凌司に引っ付いたまま、疑問を投げかける。いくら私が食い意地はってるからって、雰囲気くらい読めるんだから!
「……うん。なら、安心した。暫く離してやれそうにねぇから」
「……ハイ?」
うわ、すんげー笑顔なんですけどコイツ! 分かりにくいどころか――ヤル気満々なのが顔に書いてるんですけどーっっ!!
「泊まるってんなら、覚悟は出来てんだよな? ま、出来てなくても朝までコースだから諦めろよ」
「朝まで!? えっ、りょーじ、まだ8時くらいだと思うんだけど……時計見間違えてない!?」
「あー? もう8時かよ。朝までで足りねぇかも」
「ぅえ~っ!?」
明日の朝、果たして私は朝日を拝むことが出来るのだろうか? 朝日どころか、日中起きれるのかも怪しい雲行き。
早速貪るように食いついてきた口唇に応えながら、それも、悪くもないかもしれないだなんて……流され始めていたのだった。
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