第一夜~ノスタルジア
二次創作の自サイトで、8~9年前(笑)に某非公式CPで連載していた話をオリジナルキャラに変換して再編集しました。万が一、見たような話だと感じましたら、あなたはそのCP好きさんかもしれません。同士!
まずは、前半『夏祭り』4話まとめて投稿します。
暑さで頭がおかしくなりそうだ──。
美田園栞菜は、元々太陽の光に弱い体質だ。日傘なしでは、晴天の日は外を歩けないくらいに。
そして。ここ数日の気温の高さは、日の光を抜きにしても栞菜を弱らせるには十分であった。
「日本の夏、ヤバすぎ。し、死んじゃう……」
栞菜は、父親が日系アメリカ人で母親が日本人の所謂ハーフ。本名は、カンナ・メイフィールド。
中学まではアメリカで育ち、母の故郷である日本に憧れ続けた。父の仕事の都合で家族総出で高校入学と共に日本に来ることになり、飛び上がる程喜んだことも、今となっては懐かしい。
だが、日本にいたのはその高校3年の間だけだった。あれから――もう5年も経つ。
現在は、大学を卒業し、父の家業を手伝いながら社会人として成長を遂げている。そして、元々自他共に認める可愛い栞菜ではあったが。5年の月日が、すれ違う男共が振り返る程の美女へと成長させていた。
暑さでヘタっているその姿ですら官能的に映り、さっきから男女問わずに注目を浴びているのだが、そのことに本人は全く気づいていない。外人だから珍しいんだろうな、ぐらいにしか感じていないのだろう。
「この時期に日本へ行け、とか……パパは私に死ねって言ってんの!? 可愛い娘のこと思うなら、少しは季節のことも考えなさいよね!」
さすがの暑さに、誰もいない昼下がりの公園のベンチまで辿り着く。聴いている人がいないのをいいことに、栞菜は父親への不満を絶叫することで発散していた。
この公園は、5年前までよく訪れた場所だった。学校の帰り道や休みの日に遊びに出た後──ヤツに送ってもらって。
「はっ! 私ったら、何考えてんのっ」
ヤツとは……凌司とは、もう終わったのだ。ちょうど、こんな風に暑かったあの4年前の夏に。それなのに、未練がましく思い出の場所を求めるように足を運んでしまうなんて。
日傘を開き、未練を断ち切るように首を振ると、栞菜は早足で公園を後にした。早く、依頼主との待ち合わせ場所へ向かわねばならない。
栞菜の父親は、世界を股に掛けた私立探偵のような仕事を家業にしている。栞菜や兄の澪音は、父親に幼い頃からその家業を手伝うべく、様々な体術や生き延びるための手段を仕込まれてきた。高校の3年間、父の仕事の都合で日本に来たのは、日本でしか学べない剣術を習得するためだったのだ。
その日本で過ごした短い期間。栞菜にとっては、もう一生忘れることの出来ない運命の相手に出逢ってしまった。今も尚、心を縛りつけて離れないたった一人の男に。
ゆっくりと歩みを進めながら、栞菜は依頼主の名前をきちんと見ていなかったことを思い出し、手帳を鞄から取り出した。久しぶりの日本語で、文字が若干霞んで見える。数年のブランクが何だ。私はやれば出来る子だから大丈夫──勢い込んで手帳を持つ手には、力が入る。一方で、見慣れた建物が視界に入り……動揺して日傘を落としてしまった。
「あっ……」
日傘を追いかけていると、建物の中から一組の男女が出てくるのを見つけた。
この建物は、凌司が住んでいたアパートだった。まさか、まだここに凌司が住んでいるとは思っていなかったというのに。よりにもよって、その別れた男が自分以外の女と目の前を横切っていく。
「もうっ。待ってよ、凌司!! 何も置いてくことないじゃないっ」
「何言ってんだ? そもそも勝手に人ん家上がりこんどいて、どんだけ厚かましくなれば気が済むと……」
会いたくても、会えなかった……今でも忘れることの出来ない最愛の男。何と残酷な仕打ちなのだろうか。見たくもなかった光景を、この目に焼きつけることになるとは。
「なっ……カンナ?」
「凌……、こ、香坂」
うっかり名前で呼びかけそうになり、栞菜は慌てて言い直した。何よこの女、とばかりに睨みつけてくる、総悟と一緒にアパートを出てきた女が気になったからでもあるのだが。
「あー、ちょうどよかったわ。これから尚志たちと待ち合わせなんだよ。カンナもついでだから行かねー?」
「ちょっ、ちょっと待ってよ! 凌司はあたしと夏祭りにっ」
「るせーな、てめーは。俺はこいつ誘ってんの。誰がストーカー紛いの雌豚なんざ相手にするかっての。おい、カンナ。ボーッとしてっと置いてくぜ?」
「えっ。その、だって……」
目に涙を溢れんばかりに溜める目の前の女と、相変わらず自分以外の女には容赦のない態度を取る男を見比べて。
「ま、待ってよ凌司!! いきなり出て来て、この女一体何なのよ!?」
「あー、こいつか? てめーに教えなきゃなんねぇ義理はねーけど、簡単に言えば……元カノ?」
チクリ、心臓に針が刺さったような痛みを感じる。凌司の言うことは、間違いではない。正しいことを彼は言っているのだ。それなのに、自分は凌司の一言一句に簡単に傷ついてしまえるくらいに弱い。──栞菜はギュッと目を閉じ、震える身体を落ち着かせようと試みた。
「二度と俺に近づくんじゃねぇ。ウザい女は一番嫌いなんだよ」
「っ!!」
纏わりついていた女には目もくれず、凌司は栞菜の手を強引に引くとそのまま歩き始めてしまう。躊躇いもなく触れたことに動揺している栞菜のことなどお構い無しに、ズンズン進む凌司に即座に反応できず。やっとのことで我に返ると、その手を振り払った。
「な、何勝手に話進めてんのよ! 私は仕事で日本に来てるんだからねっ。あんたの気まぐれに付きあってる暇なんかないんだから!!」
大体これから、依頼人と待ち合わせなのだ。そのことに思い至り、改めて手帳を広げる。待ち合わせ時間は、まだ間に合いそうだ。時計を確認すると、あと30分はある。場所は、この先のファミレスで間違いないはずだ。そして、肝心の依頼人の名前は……。
「あ、れ?」
「何固まってんの?」
「だ、だって。依頼人って! ちょっ、パパったら、知ってて日本に来させたの!?」
「はぁ? だから何だってんだ……」
栞菜の手から、手帳を抜き取り。凌司は勝手に依頼書らしき紙を覗き見る。何処かで見たことのある、乱雑な書き殴るような文字列──。
「鈴屋廉太郎!? えっ、レンちゃん先生!?」
来るな、という栞菜の言葉など聞く耳を持たず、凌司はやはり強引に待ち合わせ場所のファミレスまで着いてきた。
「何だよ、栞菜。いきなり男連れかと思ったら、相手は元カレか? 何、お前ら続いてた訳?」
「んな訳ないでしょう。何言ってんです?」
「あ、やっぱり? ま、冗談だけどさぁ」
たちの悪い冗談だ、と栞菜は思う。廉太郎は2人にとっては高校時代の担任だ。それでなくても、卒業してからの何やかんやなことだって、栞菜が散々泣いたことも知っているはずなのだ。まだ未練があることすら知っているだろうに、どんな嫌がらせだと思っても仕方のないことだろう。
「ところで、依頼って何なの? レンちゃんの字、相変わらず汚いんだけど。肝心の部分が読み辛いってどういうこと?」
「おー、本題ね? それさ、俺は依頼人代表ってヤツなんだわ」
「代表? 他にもいるの?」
「おう。元3年A組有志一同?」
「何ですか、ソレ。俺、訊いてないんですけど?」
栞菜の心を代弁するかのように、凌司が溜め息混じりにボヤく。
「栞菜さ、成人式も日本に来られなかったじゃない? だから、同窓会も揃わなかったでしょ。この間、お前の親父さんに偶然会う機会があってね。たまには息抜きさせてやれ、って言ったんだけど。考えた挙げ句に、夏休みついでに同窓会してやってくれ、だってさ」
「な、夏休みぃ!? 肝心なことは何も言わないで日本まで行けとか、訳分かんない!」
道理で依頼内容とかがハッキリしなくて怪しかった訳だ、と栞菜は納得する。
ここまで長い休みなどもなく、ある種スパルタで仕事をこなしてきた栞菜にとっては確かに有り難い夏休み。最初から同窓会だから行って来い、と言えばいいものを随分回りくどいことをするものだ。
栞菜は隣に座って何食わぬ顔でアイスコーヒーを吸っている男を、盗み見るようにソッと見上げる。──そういえば、こいつも3A同窓会メンバーに入るではないかと、すぐに気がつく。
「尚志から夏祭りに行こうって連絡来たんですが、これもカンナが日本に呼ばれたのに関係あるんですかね?」
「お前を呼ぶか呼ばないかは、栞菜に訊いてからって言われてたはずなんだけどね。どっかのバカが先走っちゃったんじゃないの?」
「あー、ありえますね。尚志の奴、カンナとより戻せばいいのにって会う度に言うからな……」
「それを栞菜の前で躊躇いもなく言っちゃう辺り、やっぱり香坂くんってドSだよね。一応こいつだってこんなんでも女の子なんだからさぁ、少しは気ぃ遣ってやってよ」
ホント、レンちゃんの言う通りだよ──栞菜は声には出さず、目線を送るに留めた。だが、このデリカシーの無さまでが懐かしく、愛おしくもあるから自分がイヤになるのだ。
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