第95話『王子様と…王子様とお姫様』
一人息子の彼は、幼き日の唯一の頼りで
あった存在、母親に置いて行かれたことを
根に持っていた…
彼の母親は奔放な性格で、旅が好きで、
思いつきで家を出ることが多く。少年は
一度だけでなく何度も、何も知らされず
に朝の食卓に母親がいない状態に晒され…
その心には、言いようのない寂しさ、
虚しさを感じていた
その過去が、彼にとっては身勝手な振る
舞いにみえる母の事が…
幼心に疵を付け、
想像もしない束縛の中の愛情、薄暗い
鈍色の現状に繋がってしまった
独り言を述べるように…過去のすべてを
抑揚なく淡々と語りだすミロハン…
台所の中で対峙するファルは、彼が言い
終えるのを待って
『で…?どうしろっていうの?…
アナタの母親を慕うことを…その歪んだ
感情を、"私が"…じゃなくて……
もう既に本性をあらわにしたアナタに
とっては、あり得ない未来のコト…
セタ"様"と一緒になるとして…
どうしていくつもりだったの?』
「…どう?とは?…もう結論は出ている
ことでしょう?
別にどうもしないでしょう…というのが
彼女と私の、二人の未来でしょう。
可能性のことを話しているのですか?」
『違うわ…。別にセタでなくても
誰でもいい…。アナタがその深い闇を
抱えたまま、誰かをこの家に迎え入れた
場合のことを言っているの。
で…それは、ただの不幸の始まりでしか
ないでしょう?…美味しいお肉を食べる
こと以外、楽しいことなんて
アリはしないのだから…』
「………ああ。なるほど。
そういうことですか…
そのコトについては、あまり深くは
考えていなかった。なるほど…。
二人で理想を持って、どうしていこうか?
愛を育んでいこうか?…なんて
本当のところ、どうでもよいと
思っていたので…。僕は…そうだな、
僕は、僕の規律の中で思うままに生きて、
ただ一つだけの約束として、ずっと一緒に
連れ添う。余計なことは何も言わずに
傍にいてくれたら、それでいいと…
"純粋に"そう思っているので…」
『…………』
「……どうしました?お腹が空いた
のですか?…僕はいつでも」
『……ちょっとその面を、
この私に近づけてみなさい…』
「……はい?」と言いながらも、
ミロハンは従うべきと判断し、
ファルの前に立ち
屈んで目線を合わせる
『…"殴れる距離"にいるのね?』
「………ええ。います」
『じゃあ…遠慮なく』
とファルは杖を振りかぶると
『…言い足りないこと…。まだ
何かある?』
「…いいえ」
『そう…。もう手遅れね…
しっかり、成敗してあげる』
とファルは囁くように言って
林檎の木の杖を振り下ろす…
途中、減速した腕の振りの先端、
杖の先は、コツンと側面の床を叩く
ミロハンは目をつむらずに
その光景を見ていた
ファルは大きな溜息をついてから、
『……お腹が空いたわ。セタが
戻ったら、すぐに食事。食べられる
ようにしておいてちょうだい』
とミロハンに伝えると、踵を
返し、台所を出ていった
◆
何事もなかったような風を装い、
家路につく。
帰りの馬車の中で、セタは
不思議な感情の中…思い出すことを
弦にそのままにして隣のファルに
伝える
『ねぇ…。あのさ。朝の、出る前の
食事のとき。まるで私がいないかの
ようにして、二人が話していたでしょ?』
「うん…?そうだったかな?
覚えていないわ」
『……こちらもこちらで色々あったから、
でも、そのことは全ては伝えられない
し…。秘密にしたいこともある…』
「……ええ。それはそうね。
どれだけ信頼や、親しみがあっても、
愛し合っていても、お互いに
そういったコトはあるから…」
『………………きっと』
そう言ってから、セタは言葉が
出なくなっていた
流れていく風景が見慣れた光景に
変わっていく。元に戻っていく
自分の知っている場所に近づいて
行くという安堵の気持ちが本能として
体内に流れ、巡っているのを感じる
ファルはセタが言い掛けた言葉を
待つことにした…
もしかしたら、その続きは永遠に
無いのかもしれないけれど…
それなら、それで良いと感じていた
(……手を繋ごう)
セタは自分でもわかるくらいに脈絡なく
突飛にそう思ってから、
『ファル…。手を繋ごう。
ノーラとイーシャがお家で
健気に待っているから…。
"今のうちに"手を繋いでおこう』
とファルに伝えた
「…"セタ様"意味がわからない
そんなことはいつだって…」
とファルは素っ気なく返したが、
セタは『それでいいよ』とだけ返して
ファルの小さな手を握った
「ねぇ…セタ」
とファルが言う
『何?…ファル』
「何となくだけどね…。私とこのまま
行ったら、進んでしまったら…。
アナタは一生異性と付き合えない
で終わる気がする…。それでもいいの?」
『………』
セタはファルの握っている手を
一度緩めて、再度ゆっくりと合わせる
と…
『いいよ…。でも、その場合は、
責任をとって、ずっと傍にいて、
"お姫様"を守ってね』
ファルは口元に笑みを浮かべ
(そんなの、当たり前でしょ。
誰よりも愛しているのだから…
当然。…当然よ。ずっと、
一緒に居るのだから…。今までも
これからも、どれだけ
邪魔をされようと…ね)
と心中力強く呟くと、
安心しきったネムコのように
ファルは小さな体躯をセタに預け、
淡い夢の中へ、少し潜ろう、
気持ちよく眠ろうと決めた
「今のうちだから…」と囁くファルに
セタは『うん。そうしよう…
今のうちだから…そうしよう』
と優しく伝え、応じた
・・・
その後、ブルウノス村の主、
アル・ブルウノスの元に手紙が
届いた。
差出人は、ミロハンであり、
お詫びと婚約の保留についての
文言の後に、
無礼を承知で、いずれブルウノス村に
両親を連れて行きたいという旨が
記してあった
ミロハンの父の目的は、アルであり
ミロハンの母の目的は、旅とセタと
ネムコであった
そしてミロハンの目的は…
ファルであった
ファルは村に来たとて、彼に会おう
話そう、という気持ちはなかったが…
(まぁ、ちょっとは、マシに
なったのかな?)と呟いてから
見えないソラから溢れる陽の光に
顔を向け、
(旅には当分出られないな……
王子様は、"王子様から"大切な
お姫様を守らないと…)
と、思った




