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第94話『あるべき姿』

 ミロハンの部屋の扉は、ファルが

 予想していた通り、僅かに開いて

 いた…


 部屋の中には、簡素な寝台がひとつ…

 床一面に敷かれた紺色の絨毯の上にあり

 その傍にはランプと本と枯れ葉が数枚

 置いてある木製の丸いテーブルがあった…


(微かに…"お香"の匂いがする…)


 セタは懐かしい香りがするのに

 気づいた


 これはストーン家から神官や

 守護者に与えられる"香木の欠片"

 その匂いだ…


 セタは入れ替わりの儀の際に、

 前神官のサラから手渡された

 小さな香木の欠片を焚いた

 ことがある…


 サラと別れた後…。セタはその

 香木を手元には残さずに全て

 使い切ってしまった

 

(…ここで、あの大馬鹿の、大親友

 …。サラのことを思い出すのか…)


 だが今は…。そんな感傷に浸って

 いる場合では無い…


(このお香の元はどこだろう?…)


 セタはその元が"地下にある"と

 察して、その部屋を探そうと床を

 確認する…


 すると…絨毯の一部に切れ込みが

 あり、そこを捲ると…四角い黒色の

 木の扉があった


 セタは扉の取っ手をつかんで上に

 開くと…。スンスンと匂いを嗅いで


(ああ、ここからだな…)


 と香りの元を確認しつつ、

 暗闇の中を覗き込む………


 すると…


(ここですよ…。…の人…)


 と微かに声がした


 聞いたことのある声だった…

 

『入ってもいいですか?…』と

 返すと、


(いいですよ…。来て下さい…)


 と返答があり、セタは一度部屋の

 扉に視線を移し、ミロハンが来ない

 ことを確認。…意を決して、床下の

 内部へと足を下ろし、手すりに掛け

 …慎重に伝い、地下に入っていった


 ・・・


 地下の部屋は仄暗く…。ランプの

 明かりが一つ。床に置いてあり…

 その傍に香木と炭と灰が入っている

 褪せた銀色の杯があった


 近くに寄ると…。鎖を引きずるような

 鈍い音がする…。誰か来る…


『誰ですか?…さっきの人ですか?

 "さっきの人"ですよね?』


 とよくない想像を打ち消すように

 声を掛ける…が、返答は無い


 セタは、唾を飲み込み、息を整える

 そして、足元のランプを手に取り…

 辺りを確認しながら、出入り口の方

 へ徐々に下がって歩く



(逃げないで…。そのままでいて)



(あ、さっきの声だ…)

 と少し安堵したセタは、一つ呼吸を

 して、意を決し、足を止める…

 その間にも、鎖の音は自分の元へと

 確実に近づいてくる


 心を許した訳ではない。ただ、下手に

 動きたくない…。乱すべきではない…

 と判断したからだ…


 セタは、ランプを足元に置いて

 正体を待つ…


 鎖の音が止み…。ランプの明かりには

 夢の中でみた姿が、浮かび上がる…


 黒い布を巻いた目元と垂れた長い髪


『夜の…。夢の中の人…?』

 と、セタが声を掛けると


(そうよ…。アナタが、私たちの子と

 一緒になると聞いて…。昨夜は

 会いに行ったの…)


 と更に這いずるように移動し、

 近づいて、細身の女性はセタの

 両足を抱きしめるように細い腕で

 覆い…つかむ


 その瞬間、セタは力が抜けるように

 床にへたり込むと、女性は、

 そのままセタに寄り、胸に顔を埋めて


(ああ…。やっぱり…。

 アナタは素直で…いい子ですね…)

 

 と言った


 セタはだらんと腕を下ろし、

 無抵抗のまま、何も言えないで

 いる…


(アナタは…母を、幼い頃に失ったと

 聞きました…。私には…。アナタが

 求めているものがわかる気がします)


『…………』



("お母さん"と言っても、いいの

 ですよ…。セタ…)


 セタは気づくと…涙を流し、

 女性を受け入れるように、その

 細身の体躯を抱きしめていた…


 自分の意思が一体どこにあるのか…?


 セタは自分でもそれがよくわからなく

 なっていた…。塞き止められていた

 奥深くに眠っていた感情が、溢れて

 来るようで…。セタは、それに戸惑い

 ながらも、心穏やかに…どこか懐かしく

 幼き日の純粋無垢な自分に、戻れる

 ような気がした…


 ・・・


(回りくどいことをして…

 ごめんなさい…。昨夜は……

 "二人きり"にしてもらったの…。


 そして、今こうしていることも…

 見えない彼女に、お願いしたの…)



『………ファルのこと?』



(そう…。ファルと呼ぶのね…

 彼女は…。夜の散歩の時間に…

 出会ったの…。お互いに…

 すぐ…存在がわかったみたい…

 芯の強い…。聡明な、女性ね)



『…………あの…。子ども…。

 ミロハンは?…アナタの、

 "子ども"…なんですよね?』



(……そうですよ)



『なんで、こんなところに…

 薄暗い…。まるで地下の

 牢獄のような場所で…?』



(……良い質問です。答えの前に…

 主人を紹介しましょう…)


 足音も無く、床にあるランプの

 明かりに素足があらわれた


 そして女性が足元から引きずって

 いた鎖を細い手で持ち、わずかに

 引っ張り…。溜息を付くと、


「ああ、重い…。


 なぁ…。母さん。

 まだ散歩の時間では無いようだ…


 あの子に怒られないように…

 下手に動かないように、ちゃんと

 していないと…ダメだよ…。


 大事な手紙を、届けてくれなく

 なるかも知れない…」



(………主人です。とても小さい…

 気の弱い優しい人で…。あの子に

 逆らえないのです)



「…母さん。話しを聞いているのか?

 僕が代わりに怒られるのだから、

 散歩はもうちょっと我慢してくれ…」



 そのやり取りの中に自分の存在が

 無視されているのを感じたセタは、

 少し迷った後、

『………あのっ!』と声を出す



「……ん?なんだ…。母さんの

 いつもの独り言だと思っていたが…

 もう一人いるのか?…


 すまないが…僕は昔から

 目が悪いんだ…」



『………"セタ"と言います。

 ブルウノス村の…アル・ブルウノス

 の娘です』



「………………何だって?」



『……用があって、この村に

 来ました…。私がここを訪れる

 ことを…父から聞いていないの

 ですか?』



「……………そんな手紙は無かった。

 …そうか。そういうことか…。

 その返答は、僕の元には"まだ"

 届いていないのか…。


 あの子からは…。女性二人組の

 お客さんとしか…

 聞いていなかった…」

 


『え…。でも、"お母様は"

 私のことを知っていました…』


 その疑問に、ミロハンの母親は、

(……あの子が教えてくれたのよ)

 とセタに小声で伝える…


 セタはその行動の意味を考える

 までもなく、本能的に、女性の

 身体を自分の方に引き寄せて


(この人を守ろう…。守らないと…)

 という姿勢を見せた


 ミロハンの父親である色白の小男は、

「はぁぁぁ~…」と重い溜息を付くと

 静かに腰を落とし、膝をつき

 白髪の混じった長い髪を雑に掻いて

 触れると…


「……申し訳ない。こんなところで

 醜態を晒してしまって…。

 来るのを知っていたら、もっと

 よく"みせる"ことが出来たのに…」



『…………いえ。逆に良かったです。

 素敵な"お母様"に出会えたので…

 …私は…良かったです』


 ミロハンの父である男は、

「そうですか…」

 と、セタのその発言の意味を噛みしめる

 ように黙って考えた後、



「何から…お話しましょうか?

 …時間はありますか?」


 と聞いた


 セタは『……はい。"いつまでも"

 大丈夫です』と本心から伝えた


 ミロハンが戻ってくるかも知れない…

 邪魔が入るかも知れない…。予測の

 つかないところ…。本当のところは

 わからなかったが…


 そう伝えるのが、今自分に表現できる…

 精一杯のあるべき姿、"誠実"である

 のような気がした

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