第91話『お肉の相違』
ここはミロハンの屋敷の大広間…
燭台の灯る縦長のテーブルの上
には調理された豚肉が並ぶ
ファルはそれらを遠慮なく黙々と
口に運び、セタはチマチマと咀嚼
し、喉と胃に通す
ミロハンはファルの食べている様子と
皿の残量を気にしながら、一口ずつ
丁寧に味わうように食べている
『食べる音以外、聞こえない…
とても静かね…』
とセタがミロハンに話すと
彼は「そうですね…。いつもは
もっと静かですよ。僕はこの肉を
一人で味わうのが好きなんです…
懸命に働いてくれた奴隷たちの
ことを想いながら…。感謝しながら
食べるのが…。僕の流儀です」
『……そうですか。でも…』
とセタは返し、自分とファルが
座っている椅子をみて、再度
ミロハンに目を向ける
ミロハンはその意味に気づいて
「ああ、…そうですね。説明して
いなかった…」と言って、
少し考え…
「…何から話そうか?と…」
とセタをみる
『どこからでも、いいですよ』
とのセタの返答に、ミロハンは
「わかりました…」と返し、
視線を転じ、
「その前に、ファルのお姉さん?
まだ食べられますか?」
と聞いた。ファルは、
「もう、いいわ…満足。
退屈だから、話をしてよ」
と返すと、ミロハンは「はい…では」
と話し始めた
・・・
「僕の父は…ブルウノス様とは
違い病弱で…。今日も母のいる
地下の部屋に、土竜のように、
籠もっています」
"ブルウノス様"とは、セタの父親で
あるアル・ブルウノスのことだ…
「セタさんのことをブルウノス様から
聞いて、僕の父は喜んでいました…
僕とセタさんが婚約をしたら、
力強い親戚となるわけですから…
父は青白い肌に似合わず、
剛毅な人間が好きでした…。
幼少期からの知り合いで…。今でも
乙女らしく文のやり取りをしている
ようで…。たまに文と共に届く野性味の
ある干し肉を食べると…。不思議と
元気が出てくると言っています…。
この村で産まれ、解体された肉は一切
口にはしないのに……。
自分には無いモノを夢想し、憧れを
抱き、強請るのは、弱気者の性…
そう思いませんか?」
『………私の父は、武の心得はありますが、
別に剛毅ではないです。無駄に図体が
デカイだけで、本当は、繊細な人間です
…。小心者と言ってもいい』
「……そうですか。まぁ…でも、
そういった幻想を抱かせる程の素晴ら
しい肉体を持つ身であることは、
決して無駄では無いでしょう…。
つまりは、人は見た目が重要ですから…
本当のトコロ…。剥き出しになったモノ
隠された真実、本性が見えないで一生を
終えることの方が、人間多いのでしょう…
その方が"幸せ"なのでしょう…」
『………』
「ファルのお姉さん。どうですか?」
「うん…。何が?」
「……例えば、純真な心を持った
少年が、産まれたばかりの子豚を
屠殺して、解体するところを
見ずに、知らずに、溶けるほどに
柔らかい肉を食べるのと…
知って、もしくは自ら殺しを行い、
血の匂いを嗅いで、浴びて…。その
肉を食べるのとでは…
まったく"現実"が違いますよね?」
「………」
「美味しいモノを食べることに対し
与えられる、得られる"幸せ"は…。
その血生臭い前提が無い場合に、
のみ感じられる……。
穢れの無い人間なら…
それが可能になる…
穢れが少ない人間であれば、
幸せはどこまでも…無限に
広がるのです」
「……ふぅ~ん。それで?
…この私に何を言って
欲しいの?…
アナタも私も…。その裏の事実を
知っている…。けれど、
"美味しい"お肉を食べている…
そこに"幸せに"…という感情が
一切無いとは言い切れない…と。
私は思う…
お肉に対して、何が"どう"違う
のかしら…?
大袈裟過ぎるんじゃない…
その"感覚"は…」
「……そうですか?
これは"感覚"や意見ではなく、
僕は、"単なる事実"だと
思いますが…。噛み合いません
ね…。お互いに…」
「そうね…。噛み合わないみたい
ね…。でも、それでいいんじゃ
ないの…」
セタは小さく溜息をついて、
『ねぇ…ファル。これは会話なの
だから、議論して、答えを見つける
ことでは無いんじゃない…』
とセタはファル…そしてミロハンを
みる。彼の表情は不動、変わらずに、
真っ直ぐにファルをみている
「…セタ。答えを押し付けて
来たのは、アッチよ。私は悪く
ない…。"同意しない"と、違いを
表明しただけ…。そうでしょ?」
とファルが言い、
「………"押し付けている"と
感じるのは、違うと思います…」
とミロハン
それに対し、ファルは
「はぁ~?…何?」と喧嘩腰し
になっている"返し"に…
収集がつかないと感じたセタは
『もう、終わり!』と言って、
ファルの口を塞ぎ、
『…もう、止めましょう!
ミロハン…。お部屋はどこ…?』
と話をそらし、腕を回して
ファルの肩に触れ、引き寄せ、
『出来たらファルと一緒に泊まりたい
のだけど…。ファルは、色々と
不便だから…』とミロハンに伝える
ファルは「むぅ…」と不満気に
口を尖らせて
「……別に"不便"では無いわよ。
セタ"様"のお荷物になるなら、
別の部屋にしてもらってもいいわ。
………でも、知らないところで、
一人だと心細いから、一緒の部屋の
方がいい。そこは"素直"に…
そう思うわ」
その発言を聞いて、ミロハンの
表情が和らぐ
「……わかってました。
"好き"には"素直"なファルの
お姉さんだから、誰であっても
大切な場を、譲ることは無いで
しょうね…。
その心、嬉しく思いますよ…」




