第83話『最後の楽園』
現実と妥協をしながら、思い描いて
いた理想を少しずつ"破棄"
捨て去りながら、
その先にみえるのは……
"なんだろうか?"
果てにあるのは、みえるのは…
想像するに恐ろしい…理想から
はだいぶかけ離れた地点にいる…
それはそれは、疲弊し老けた自分の
愚かな姿と無味灰色の世界だろう…
そこまでのレベル。苛烈、切実な認識
ではないが…
セタが想定しうる世界は、それほど
綺麗でも、美しくもなかった…
やがて来る運命に…身を委ねるの
にはまだ早いと抗いながら…
ネムコを純粋無垢に追った日々が
終わり…。現在の、ある意味において
"失われた対象"のいる世界と、
残酷な日常と…。一つの落ち着いた
生活がある
"一握の幸せ"とつぶやき、手のひらで
それを表現するには大きすぎる存在の
ネムコが"二人"いて…。それはただ、
(儚くも、残っている…)と言えた
・・・
『なぁ…。ユーレイさん…』
「なんでしょう?」
セタはいつもの宿の最上階の奥の
部屋で、寝台に仰向けになりながら
ぼんやりとつぶやく
『ヒサコは……元気かな?
私と同じように…もう一度、
ネムコと暮らしているだろうか?』
"ヒサコ"とは…
セタがノーラ少年のいた世界に
存在する"ネムコ=猫"に会いたい
と願い、シャーマンの幽霊が扱える
精霊の力で、
その時のセタの状態からは
"死ぬ間際の最後のお願い"…
という体で実現した別世界への転送…
ちょっとした夢見心地の中で出会った
セタにとっては"異世界"の女性、
飼っていた猫を失い孤独に暮らして
いた、猫好きの人間だ…
セタと別れた後に、ヒサコは家の近く
の土手にいた老猫を飼うことを決めた
老猫の名前は"セタ"…
そのコトを当然、セタは知らない
「さぁ…。どうでしょうか?…
元気だと思いますけど…
もう一度会いたいのなら、もう少し
"最低でも"、百年から千年ほど…
長生きをして下さい
以前も言ったと思いますけど…
暫くは無理です。諦めて下さい…」
『いや…。もう会えないのは
知っているよ…。ただ、ちょっと
"最後に"…気になったから…』
「その"最後"というのは……
なんでしょう?
セタは、そろそろ死ぬの
ですか?」
『いいや…。死にはしない…
死んだりは…しない』
「………そうですか。でも
もし死んだとしても、悲しく
ないですよ。幽霊になって…
一緒に…"二人で"どこへでも
行けるのですから…
どちらかといえば、
すごく嬉しいです」
セタはその幽霊の言葉の意味を
深くは考えずに、ぼんやりとした
思考と眼のまま、
『ああ…そうだな』とだけ返して、
ノーラ少年の衣服の置いてある寝台
の"聖域"にて、丸まった状態で休ん
でいるネムコのノーラと、同じ格好で
くっついて並んでいるイーシャの
毛並みを撫でた…
寝息と共に呼吸をする…
奇跡の代物。不思議な動物の体に
優しく触れた
(ノーラ…。イーシャ…
もう、十分だろう?
お前たちがそのまま、可愛い姿の
まま、戻ってこないのなら……
私から、"そちら"へ行くぞ…)
◆
翌朝…。セタはノーラとイーシャを
器用に抱えながら宿の玄関を出る…
「あの…。セタ様?…
早いですね…お出掛けですか?」
とセタの従者であるディルベットが
背後から聞いた。セタは、一瞬
立ち止まって間を置いてから、
振り返り、
『なぁ…ディルベット』
「はい…。なんでしょうか?」
『もし、戻らない場合は、
私の研究場まで、朝食を
届けてくれ…』
「はい…。でも……」
『なんだ?…』
「こんな朝早くに…
セタ様が起きているのは…
その…。何かあるのかな?
と思いまして…」
『…………そうだな。では、
食事を摂ってから…"なら"
不自然ではないか?』
「え…。あの…。それは
セタ様の自由ですから…
アタシが…。私が……
決めることでは無いので…」
『………どうしたらいい?
私も最近、自分で自分のコトが
よくわからない。わかっていな
くってな……』
「セタ様……。最近あまり眠れて
いないのですか?」
『………いや。気づいたら
寝ているよ。心配ない…』
「そうですか………」
『ふぅん…。では、従者である
ディルベットがこの後の予定を
決めてくれ…。今日はディルベット
の言う通りしようじゃないか…』
「あの……。では、このまま…
このまま、"私も"
一緒に付いて行っていいですか?」
『………………何故だ?』
「何故だと言われましても……
ただセタ様が…
心配なんです……」
『…………そうか。では付いて
来い…。準備は終えている…
何も無いとは、思うがな…。
"何か"あったら…
思う存分、私を可愛がってくれ…』
「……え?
あの…。その………。
はい、わかりました!
セタ様はネムコ以上に…
いいえ、誰よりも"可愛い"です
から、
…私なりに、愛情を込めて
可愛がります」
『そうか…。ありがとう。
頼んだぞ…。
行こう…
外れの小屋だ…
終わったはずの…
私の"最後の"楽園…
以前に話したネムコのこと…
"本当のことを"お前に伝える
ことが、出来るかもしれない…』




