第82話『その日の幸せの中に入っていく』
ファルが戻り、セタは安堵している
自分を感じながら、今横で寄り添い
…休んでいるファルに、
『ファル…』と小さく声を掛ける
ファルは「なぁに?」と甘く返すと
セタの手に触れて、指先で手のひらを
意味深くなぞると…
キスをせがむように顔を近づけた
セタがその唇にキスをすると…
ファルはほんのり笑みを浮かべ…
「どうしたの?」といった
セタは『さっきな…』とファルの
髪に触れ、ひと撫でしてから
『夢をみていた…。私が生きている
のに…私のことを棺桶に入れて
わっせわっせと、運んでいるんだ…』
「…それで?」
『棺桶がな…なぜかガラス造りの透明で
私からは外が見えていたんだが…
運んでいる連中からは私の中の様子は
みえていなかった…。だから、
こちらの意思は関係なく、
そのまま…。生きているまま、暗い土の
中に埋められてしまった…
出してくれと言っても、もう誰も何も
反応はない…。ただ諦めて、黙って…
"生きたまま"死んでいくだけだった』
ファルはそんな夢を見ていたセタを
そのことを伝えてくれたセタを…
何だかとても愛おしく感じ、そっと頬に
触れ、顔を近づけ、優しいキスをすると…
「何か不安なことがあったの?…」
と聞いた
セタは『いや…。多分…。そんなこと
は無いのだろうけど…。漠然とした不安
があったのは確かだろうな……。
回りくどい言い方、説明だが…』
と自嘲気味に返した
ファルは「だったら、そんなことを
忘れるくらいに…。もっと触れ合うべき
よ…。動物たちと…。人間と…」
といってから
「ネムコ達は?…寝ているの?」
『………いや。日を浴びながら、
毛づくろいをしているよ…。
今日は透き通るような青空で…
晴れているから…』
窓際にて、ネムコのノーラと
イーシャはこの機を逃すまいと
ペロペロとざらついた舌を使って
日光に照らされた自らの毛を舐め
ていた
『輝いているな…。ノーラとイーシャは
…。私にはネムコの本当のことは、
わからないが…
迷いなく生きて…。輝いている…』
「………そうかしら?」
『…違うのか?』
「…多分違うと思う。ネムコだって
誰にだって心配事はあるものよ…
迷うこともあれば、苦しむことだって
あるはずよ…」
『…………うん。言われてみれば
そうかもな…。一瞬を切り取って
みてしまえば…勘違いしてしまう
こともあるな…。"人間は"…特に』
「………ねぇ?セタ…」
『なんだ?…ファル』
「あのね…。こんなことを聞くのは
私自身どうかしているのでは?…
と思うのだけれど…。聞くね…」
『ああ…何だ』
「セタは…どうしたいの?」
『どう…?とは?』
「……そうくると思っていた
私が聞きたいのは、今後のことよ」
『…………』
「今後…。アナタはきっと、
この村の主となり、婚約をして
子供を作り、育て、教育をして、
家族、ネムコ達、従者や村の人
達と、幸せに暮す…。
何も、障害や問題がなければ、
そうでしょう?…
"高い確率で"…
そうなるでしょう?」
『…………』
「いつまでも…。この場所で、
のんびりとこうやって、
寛いでいるだけの日々は…
続かない。いずれ終わりが来るの…」
『…………』
「私は終わりがあることを知って
いるから、意識しているから…
いつでも、どんなときでも
"覚悟"は出来ている…
今が続かないことを知っているから
こそ…。甘い囁きを永遠には受け入れず、
ただありのままの日々を…過ごすことが
出来る。出来ている…
ここに来て、この村に来て…。ちょっと…
というか、"だいぶ"乱されてしまった
愚かな、人間らしい過去もあるけどね…」
『…………』
「私は"今が"幸せあれば…それで
いいのよ。きっとね…。いつだって
刹那的でいいのよ…。私は…。
別れが来たら、旅に出て…
傷つくことがあれば、奥歯を噛んで、
自分の愚かな運命に、人生に…抗って、
這いずって……。悔しさを抱えて…
生きて…。
それでいいのよ…。私は………
今はセタと、こうしているだけで
幸せなのよ…」
『…………』
「何か言ってよ…。今の寂しさを
忘れられるような、甘い囁きを
私にちょうだい…」
『…………私への質問だった気が
するが…。もう、それはいいのか?』
「……どうでもいいわ。質問は……
ただの私の言葉を聞いてもらいたかった
だけの"いらない"切っ掛けに過ぎないわ
現実的な未来予想は…。幸せな瞬間
を破壊させる…。気が滅入ることね…
言ってしまったあとに、後悔が残る…
ごめんね…セタ」
『いいや…。いずれ、そうなるで
あろうことを言うことは…。別に
悪いことではない。
…私だって、漠然とした想像ではあるが、
考えることはある…。夢の中でのことが
それに重なる、ということがわかった…
いや…。わかっていたが…気づかない
ふりをしていた…というべきか』
言い終えたセタの胸にファルは
顔を埋める…そして
「……いつまでも、こうしていたいな」
とつぶやく
セタは『ああ…。可能な限り…
こうしていよう…』と返し、ファルの
小さな体躯を抱きしめる
・・・
昼下がり…。セタとファルの"行い"を
みていたのは、毛づくろいを終えた
二人のネムコであった
ノーラとイーシャはその二人の大きな
ネムコの…熱のある不思議な行いが
終わるのを待って、また静寂の寝台に
戻ると…
主のセタ…そしてファルに寄り添い、
その日の幸せの中に、ゆっくりと…
静かに、求めるままに入っていった




