第73話『ファルと日陰を好む者』
「ねぇ…セタ」
『…なんだ?』
ここは村の宿の最上階。その奥に
ある、セタの部屋…
"今日も猫と一緒に"
ベッタリと…というわけではなく、
ファルが隣りにいてセタは
いつものように体を密着しながら
話しを聞いていた
「…この前ね。イタズラをしたら、
不思議な人に出会って。そして
なんだかよくわからないのだけれど
一方的に好かれてしまったの…」
『うん…』
「でね…。この仕事が終わったら
婚約をしたいと申し出があったの」
『…………そうか』
「そうよ…。"問題"…ある?」
『……無いよ。ファルの好きに
したらいい』
「……そう。まあ、でもね。
今の…"旅を忘れた私"には…
どんな人かわからないから
セタに外見を含めて…
"判断"してもらおうかな…と」
ファルの"お願い"に
セタは沈黙の後
『そういうことか…。わかった
どんな人間か…しっかりと、
私がみてやろう…。ダメな人間だったら
私が止める…。それでいいか?』
「ええ…。それでいいわ
ありがと…セタは誰よりも
頼りになる」
セタはファルの頭と黒い艶のある
髪に触れて、引き寄せると
頬につけて
『…………当たり前だ。
ファルには…このセタ様が
ついているから、何の心配も
無いんだ』
といった
ファルは「うん…。セタ大好き…
誰よりも、素敵。格好いい…」
と言ってから
「困らせてしまってごめんね…」
と甘い声で伝え、
セタは『ううん…。いつだって私を
困らせてくれ…。ファルなら歓迎だ…』
と返した
その最中…
ふわもふを纏うノーラとイーシャは、
そんな大きな二匹のネムコの様子を時折
不思議そうに眺めながら…窓際にて日に
当たりせっせと毛づくろいに励んでいた
★
"木の葉の野宿さん"は…
各村の周辺にてその通称通り
野宿をして暮らし、村の外部からの
情報を得るのが主な任務だ
人目に触れないように最新の注意を
払い、その存在を知るものはいない
フレア家の当主であり商会の主である
ミール・フレア直属の秘密の部隊である
どれだけの規模であるのか?
どんな人間が働いているのか?
フレア商会の内部の人間ですら
その殆どが知らない状況である
同じフレアの人間であるブルーノは
村内部の情報を収集するのが目的で
あり、情報共有の為、その人間達…
とりわけこのブルウノス村に配属されて
いる木の葉の野宿さんと呼ばれる人間
とは接点があった
ファルの"お願い"からの翌日…
場所はセタの猫の研究場で
ある年季の入った石造りの小屋の前…
『おっ…。ブルーノ…
中にいるのか?』
「はい…。今日はわざわざ遠くまで
足を運んでいただきありがとう
ございます…。鍵はお返しします」
セタはブルーノから小屋の鍵を
受け取り…
『なあに…。いいって…
どうせいつも暇な身だ…』
「ファルさんも…お願いを聞いて
くれてありがとうございます」
セタの隣にいるファルは
すこし間を置いてから
「いつもの"調子"でいいのよ…
ブルーノのお姉ちゃんさん…」
ブルーノはクリクリおめめを
ぱちくりさせて…
「はい…。じゃあ、ちょっとだけ
本性を出しまぁ~す…」
とだけ答えて、
「では…中に入って下さい」
と中に招き入れた
・・・
小屋の中は窓からの陽が入って
それなりに明るい
セタは自分の机の上をみて…
本棚の前、そして…日の当たらない
場所にその人物がいるのがわかり、
『私はこの村の主の娘のセタだ…
こちらはファル…。やはり日陰が
好きなのか?』
と声を掛けた
「………………………」
返答が無い…
セタは自分の声が虚しく
通り過ぎたような感じがした
『どうした…?』
「……多分緊張しているのでは?」
と背後からブルーノの声がした
セタは振り返ってちらと
ブルーノをみて…
『それはわかるが…声もわからない
のでは…判断できないぞ…』
「…………そうですね。では、
外に出ましょうか?」
とブルーノがボソリと言うと
「出ないで…いいです。僕は
ここにいます。声は聞こえています」
と…。ようやく日陰からの返答があり、
セタは安堵をしながら
『よかった。声を聞けて…
"好青年"みたいだな…』
すると、
「………セタ」と隣にいるファルが
声を出して呼んだ
『どうした…?』
「ごめん…。やっぱり違うみたい…
私とは無理だと思う」
と皆に聞こえるくらいの声量で
いった
セタは驚きながら
『えっ…。どうしてだ?
別に今…変なことを言ったわけでも
されたわけでもないだろう?』
「いいのよ…。もうわかったから…
帰りましょう」
『おいっ…。それは相手に失礼
だろう…』とセタは自分で発してから
ふと思い返し、過去の求婚を申し出て
きた異性に対しての自らの冷めたような
反応と言動を振り返ると…
『いや…。まぁ…。そうか……
ならば…。好きにしろ』
「うん…そうするわ」
とファルは踵を返して扉の前の
ブルーノの「あの…ちょっと、
ファルのお姉さん」
という引き止め無視して小屋を出た
セタはファルが出ていくのを見届けて
から、向き直ると
『すまないな…。アイツは…私も
そうなんだが…好き嫌いがはっきり
していてな…。その…悪気は無いんだ』
(セタ様…それははっきりと
"理由を"言い過ぎぃ~…)
とブルーノは思ったが声には
出さなかった
『……何か伝えることがあれば
伝えるが…何かあるか?』
とセタが優しい口調で伝えると
「…………無いです」
と落胆の色が滲み出た小さな
掠れ声が返ってくる
『…そうか。わかった…
なにかあれば、私に伝えてくれて
構わない…』
そう…。セタは告げてから、
小屋を出ようとすると…
(はっ…)と思い出し…振り返り
『もし可能なら、顔を見せてくれ
…。それと、もし名前が
あるなら教えて欲しいのだが…?』
しばしの沈黙の後…
「わかりました…。鍵をしめるのですよね?
…一緒に、外に出ます。日陰に生きる僕の
素顔を…。
彼女に"そのまま"伝えて下さい…」
『わかった…。約束する…
名前は無いのか?』
「……忘れました。もうずいぶん
昔の話ですから……」
『そうか…。まあ、思い出したら
教えてくれ…。空が明るい内に出よう』
「はい…」




