第70話『お返しの小石と…優しい罠のお土産』
男が自らの身長を活かし、木の枝に
ぶら下がる布切れの…結び目に挟まれ
ていた光り輝くモノを慎重に取り除く
「ふぅん…
"硝子の破片"ですね…コレは…。
"研ぐ"のでは無く…よく
"磨かれて"ますね…
"罠らしく無い"代物ですよ…」
といって、手のひらにおさまる
大きさ…。くさびのような形の
硝子の先端をみてから
「まあ…落ちてぶつかっても、
怪我をしないように…
という配慮という名の"意味"が…
込めてあるようにみえます」
『ちょっと触らして…』
男は雑木林から路面に出て
ファルに手渡す
「はい…どうぞ」
『なるほど…。角が無い…先や端が
丸みを帯びている…。
コレでは落ちてぶつかるだけで
傷つけることは出来ないでしょう』
「布切れを引っ張ったら、ほどけて
落ちて、コツン…と当たる程度ですよ」
『布切れを回収しに来た人間向けの
ちょっとした"罠"…というわけね』
「………しかし」
と男はしばし考えてから
「もし…。落とし穴の罠にハマっていた
となれば…。ネムコの糞は、ちょっと
やり過ぎだったかなぁ…と
思いますね」
『…目印があるのに、
引っ掛かるわけ、ないじゃない
丁寧に埋めておいてくれたわけ
だし…』
「………そうですかね?
俺がその立場だったら、
ここまで愛嬌のある罠を仕掛ける
ことはしないでしょうし…
埋める必要もなかったような…」
『………では(罠に)掛かったと思う?』
「う~ん。そうですねぇ…。
まぁ、実際はわかりません…
ですが、それなりに教養があり、
洒落の通じる、心のある人間が
罠の返礼として仕掛けた、と思う
のが自然かと…」
『…そうね。それはあってる』
「で…。どうしますか?何か…
こちらも洒落のきいた"お返し"を
しましょうか?」
ファルは持っている硝子の破片の
手触りを確認して
『いいえ…。もう止めにしましょう
じゅうぶん気持ちは受け取ったわ』
「そうですか…。では、ディルベット
を待ちましょうか?」
『……………』
「ファルさん?…聞いてます?」
『…………聞いてるわ。ちょっと
集中していたの…』
「はぁ…」
『ここで待つよりも、
迎えに行って上げて…』
「……別にいいですけど
ファルさんはどこへ?」
「私はここで
調べることがあるから…』
「…調べるなら、俺が居なくて
いいんですか?」
『いいのよ…。妹のお迎えは
兄の仕事でしょ?』
「……もう妹なんかじゃありませんよ
立派な従者です。俺の役割は
終りに近いですよ…」
『そう言わないの…。届かないモノに
手が届くのは…アナタの特権よ』
男は苦笑いをしながら
「背だけは無駄に高いですから…
じゃあ、行ってきます……」
『行ってらっしゃい…』
・・・
ファルは男の足音が遠ざかり
去っていくのを耳を澄まし、確認して…
『よし…もういいでしょう』と言って
路面にあぐらをかいて座り込んだ…
日に当たって乾いた土の上に
杖を置いて…。硝子の破片を握りしめ
丸みのあるくさびの形状の先を
片方の手のひらにあてて擦りつけ…
"手持ち無沙汰を演出し"…
『とても、暇だわ…。
こうして…
こんなにも無防備で…すぐには立ち
上がれない絶好の機会なのに…。
誰も何も、してこないなんて…
平和そのものね…
そうは、思わない…』
と言った後に、自分の胸に…
その硝子の先を付けるようにして
『こんなんじゃ、人を傷つけたり、
どうやっても、殺せないわよね?
…アナタはとても優しい人なのね?』
独り言の体を成した呼びかけに反応が
無いことに…ファルは『はぁ~』と重い
ため息を吐いて、大袈裟な落胆を示す
そして顔を上げて、天を見上げる
姿勢のまま、
『ソラはみえないけれど…
今日はいい天気ね…
私に"それを"…
はっきりと、教えてくれない?』
すると…
小石が近くで落ちる音がして
ファルの手元に転がってきた
『お返事、ありがとう…
もう…無いのかな?』
待ってみたが…それ以上の
返答も…反応も無い
ファルは手元にある石ころを
握りしめると…
『わかった…。では、このお返しの小石と…
よく磨かれた…優しい罠のお土産を、
貰っていくわ』
と二つをボロの小袋に入れてから
杖を持って、立ち上がり、
『ああ、そうだ…。
お詫びの印として…浜辺で拾った
貝殻をここに置いておくわ…』
と小袋から貝殻を取り出して
路面にそっと置いた…
『多目に持ち帰ったの…。とある
浜辺の少女と、散歩をしながら
拾ったのよ……。またね…
私は村の一番大きな宿の一番上
の階にいる…。ヒマがあったら
会いに来て…。歓迎するわ…』
ファルは『踏まれたり、蹴られたり
したら壊れてしまう…。もし早め
に拾ってくれたのなら…嬉しいわ』
と言い残して、歩き出した
その方向は…ノーラとディルベット、
そして男がいるはずの…セタの研究場で
ある"人工楽園"…
村外れの小屋の方向であった
ファルは小屋の前で二人とノーラに
会って、可能な限りゆっくりと時間を
費やして…過ごした
・・・
『下に何かモノが落ちていたら
教えてね…。特に貝殻とか…』
とファルが二人に伝えたあと
の帰り道…
路面には…何も落ちていなかった
ファルの置いた貝殻は…
無くなっていた




