第6話『影を見て欲しい』
その"活きている"対象は、
純粋な瞳のまま…
人間が日差しを避ける以外には
特に気にする必然性の無い"影"を、
何故か描いていた…
ワタシが何であるのか?
どこで生まれ、どこから来たのか?
何故意志を持ってここにいるのか?
その人間は、朽ち果てた落書きの残る
壁に映る影を…。描いていた
太陽から注ぐ光を背にして、
壁に映る自らの影をひたすらに、
黙々と、描いていた…
もしかしたら…
この人だったら、この誰にも
知る由のない存在する理由のわからない
存在である…
真っ黒な影でしかない姿カタチの…
"ワタシ"に気づいてくれるかも
しれない…
その淡い期待を抱きながら、ワタシは
その人の影の中に身を委ねた…
◆
セタとミアが密着して寝転がりながら、
一方は目をつむりセタの胸に埋もれ、
もう一方はミアの髪を撫でながら、
ミアのことをじっと、みつめている
(眠ったのかな?)
そうセタが思い、髪を撫でる手を
止めると…
「ありがとう…。もう落ち着いたから
(自分の部屋に)帰ろうか?」と、
ミアが囁いた…
セタは『気が済むまでで、いいよ…
私は明日も特にすることがない…
ただ、ノーラと戯れるだけだ…』
「そう…」とミアは言ってから
「ノーラにあとで謝っといて…
今夜はセタを独占しちゃって
ごめんなさいっ…て」
『…そんなことぐらいで、ノーラは
怒らないし、気にすることはない』
そうセタが、ミアに言うと…
少し甘えのエンジンの入ってきたノーラ
が、ゴロゴロと喉を鳴らしながらセタの
視界の中にやや強引に入る…
セタは微笑みながら
『ノーラ?…どうした?』と伝えると
ノーラはじっとセタをみつめながら
「あっ…」と控えめに、少しだけ
寂しそうに鳴いた
その視線の意味は…ミアの方ばかり見て
いるんじゃない…。自分も見なさいよ…
という気がした
セタは『…やっぱり、ちょっとは分配と
配慮が必要だったか?』と苦笑しつつ
(すまん。ノーラのことは一日の中で、
ほとんど、みているだろ?…
今夜はミアのことを案じてくれ…
今日会ったばっかりで、こんなことを
言うのは少しおかしいかも知れないが…
ミャーゴとの繋がりもある…
ミアは"大切な存在"なんだ…)
とノーラを撫でつつ、ミアの頭に自分の
頬をあててネムコを真似てスリスリとした
「ノーラ…。ごめんね…もう少ししたら
セタを返すからね」
「あーん…。ゴロゴロゴロ…」
『………』
セタはふと…
(ああそうか…。もしかしたら、
コレは……。
ミアに取り憑いている"影"と…
"同じ"なのかな?
と思ってから『なぁ、ミア…』と
呼んだ
「なーに?セタ…」
『…。ちょっと気づいたことがある』
「教えて」
『…同じだよ。ノーラと…』
「何が?」
『"影"のことだ…。ミアの視線を独り
占めしたいだけだ…影は、きっと…』
「それって、どういうこと?」とミアは
セタの胸に埋めていた顔を上げた
『多分、"影"はミアにただ気づいて
欲しいんだと思う…。
理由はわからないけど…
ミアが描いた絵に自分が写りたい…
ミアの顔を黒く染めて、ミアの素敵な
顔を、表情を他人には見せたくない…
そういうことじゃないか?』
「"私の視線"だけ?…でも、それなら、
私が見ているもの全てにその"影"が
映ればいいだけのこと…。
絵はともかくとして…。わざわざ私の
顔を見せないように、私の顔に影を写し
て邪魔をする必要は無いと思うけど…」
『"基本的"には…。ミアに気づいて欲しい
、ということだろう…
多分、ミアを通じて…。私や他の人間にも
その存在を気づいて欲しいのかも知れない
…
ただ、その"中心"には、ミアがあるような
気がする…。ミアだから、気づいてくれる
のかも知れないと思い、ミアに固執…
取り憑いているのかも知れないな…』
「そう…。…かな?」
『わからないけど…。そう感じた…』
「…うん。そうかな…。でも…"理由が"
よくわからないね…
影の存在には気づいているのだから
…その深い意味、本当の意味がわか
らないと…。私や他の人はその"本当
の思い"に、答えようがない…」
『うん。そうだな…』
二人の会話の間…
ネムコのノーラは、ゴロゴロと喉を
鳴らしながら、互いの隙間…
密着していたセタとミアの胸の狭間
に強引に潜り込むようにして入って
…セタのミアに対しての視線を自分に
向ける為に、再度「あーん」と控えめ
に…甘える鳴き声を発していた
そしてしばらく何も発せずに
黙っていたシャーマンの幽霊は、
ふと…窓の外にある月と星を眺め、
("影"に気まぐれな淡い意志と命を
与えるは、熱のある"陽"…。
そしてその終焉を迎えるに…。
何も無かったように儚くその姿
を隠すのは…。何も知らない
無常の"月"…)
「そろそろ"日食"…ね」
と意味深く呟いた