第56話『この村のでかいネムコさん』
ふわふさのネムコの長毛の匂い
を嗅ぎながら…セタは、
(サラも…こうして、このように)
と庭でのやりとりをこの反芻する
かのような行為から、思い出す
・・・
庭にはしばらくの間。サラがいて…
セタは気づいていだが…。それはあの
儀式の後での何とも言えない哀愁から
近づけずにいた
そうこうするうちに
"入れ替わりの儀"が行われ、サラのいる
ミズ家からはブルウノス村の長のアルと
その娘であるセタへ謝罪の為に一同が
参列して訪れた
新しい神官はミズ家の五女のクリス・
ライト・ミズ・ストーンに決まり、
童顔で幼くみえるが…サラの妹である
彼女はミズ家曰く、姉のサラ等とは
違い、真面目で優秀であるとのこと…
これはミズ家の配慮であり、
ブルウノス家と良い関係を保ちたいと
いう"切実なる想い"のあらわれであった
執り行われた儀式のとき。サラと
セタはその最中に儀礼と作法の為、
幾度も目を合わせたが…その前後に
会話を交わすことはなかった
(もう何も言う必要は無い…)と思って
いたが…。セタは一つだけ、サラに
伝えるべきことがあった
否…。伝えるというよりは、
その感触を分かち合いたかった…
とも言うべきか…
この村にサラが赴任して来て、
彼女が初めて味わった…不思議な生き物
の感触を…。最後に…
『…………』
「…………」
出立の日…。慌しい中でも準備を終えた
サラが宿の庭にいて、晴天の下長椅子に
座っていた…。そこにセタがノーラと
イーシャを器用に抱えてやってきた
二人は無言のまま見つめ合うと、
セタはサラの隣りに座って
ノーラの方をサラの膝の上に置いた
だがノーラはそこから降りてしまい
サラの足元の匂いをくんくんと嗅いで
から、顔を擦りつけ、いつもの挨拶をした
サラは初めての感触を思い出し、
しんみりとしながら、
「ありがと…。ノーラ」と声をかけた
そのあとノーラを抱えあげて
すりすりと匂いを嗅いで、
愛おしさを込めて撫でて…
「ありがと…」とセタにノーラを
渡して、ゆっくりと立ち上がった
そして…少し歩いて、
「イーシャも…元気でな」とセタの元
から移動して、砂置き場にある空の砂箱に
入って香箱座りをしていたイーシャを
屈んで撫でてから、立ち上がり、
振り返って…。セタをみて…
ついで澄み渡る空の様子をみて…
ふぅ…と呼吸をしてから視線を戻し、
「今日の…。ここでの用は済んだ…。
思い起こすたびに…。柔らかくて
あたたかい感触…
戻りたくなる理由が出来てしまったよ」
と、どこか独り言のように述べると
セタは『みゃ~お…』とネムコの鳴き声を
"人間らしく"少し大袈裟に真似て返した
サラは笑みを浮かべると…。近づいて
「じゃあな…。この村の、
でかいネムコさん」
と伝えて、セタの頭と髪を撫でてから、
その場を立ち去った
・・・
サラは村から遠ざかっていく風景を
みて、目を瞑ると…
(セタ…。お前たちの平穏を祈っている。
ネムコ達と"幸せに"暮らしてくれ…)
そして…。サラの乗ったストーン家の
紋章の付いた護衛を引き連れた黒い馬車
と…。それを追うクロとアミスと荷物の
乗った一般向けの馬車は…
ゆっくりと…短くて濃い思い出の
詰まった村を、離れていった
★
サラ達が村を去っていった後の宿の一階
客間での食事は…。セタ、ファル、ディル
ベット、半従者の男、そして残された格好の
ブルーノの五人とノーラ、イーシャのネムコ
達で摂る
誰も"寂しくなった"等…とはあえて
言わなかった。過去と比較しての情況は…
声に出さずとも皆わかっているコトなのだ
…。余計なことを言って、変な空気にした
くない…。誰もが"極力"という淡い線引き
の中で、そう思っていた
『さあて…。今日も平和にごろごろと
しようかな?』と食後のセタはノーラを
抱いて声を掛ける
「今日は恐らくずっと、いい天気ですよ…
ファルの姉さん」
と男がなにやら含みを持たせていった
「そうなの…?まあ良いのは感覚で
わかるけど…。天気の人がいなくなって」
と言ってから、ファルは「…あ」と
漏らし、間をおいて
「…でも、明日の天気くらいは私にだって
だいたいわかるわ…」とごまかした
セタは気まずさを感じているファルに
続いて
『"天気の人"か…。元気かな?…
今日も天気を占っているだろうか?』
「…どうだろう?でもひとつ約束をした
のだけど…。ポツンと置いて行かれて
しまったわ」
『ほう…どんな約束だ?』
「"晴れる日"を教えてって…
言ったのよ…。"秘密"でね。と…付け
忘れたから…。何となく流されて
しまったのかもしれないけど…」
『そういえば…。あのあと、天気の話題が
一切なかったな…。理由はわかるが…
庭ばかりで…空の様子をあまり見ていな
かったんじゃないか?
それでは占えないだろうから…
まっ、当然だ…』
「…………」セタのサラの最後を思わせる
発言にわかりやすく黙るファルをみて…
男が話題を変えようと、
「…そうですね。まぁ、とにかく
今日は晴れているってことで…
あとでセタ様とファルの姉さんを
呼びますよ」
『ん?…どこに呼ぶ?…地下か?』
宿の地下一階は、ディルベットと
男、そして奴隷の寝床になっている
「いや…天気がいいんですから、
地下は無いですよ…。地上です。
場所はまだ言えません…」
『そうか…。まぁ、いつでもいいから
適当に呼んでくれ。ではファルと
一緒に部屋にいようかな?』
「…別にいいけど」
『うん。ではあとで行く…
ネムコ達も毛づくろいとアレやコレ
があって、色々と忙しいからな』
と言ってセタはノーラを床に置いて
立ち上がり、
『ファルは戻らないのか?』と聞いた
ファルは少し考えてから
「まだここに少しいる…。一人で
戻れるから心配しないで」と返した
セタは『そうか…』とこぼすように
言って、ノーラ、イーシャと共に
客間を出ていく
それに続いてブルーノ。ディルベット…
客間にはファルと男が残った
「姉さん。扉を開けておきますね…
それとも自分が案内しましょうか?」
との男の声に
「天気がいい。ということは…
多分アレね…?余計なことを伝えて
しまった私が悪かったかしら?」
とファルが意味深に伝えると
男は「…さあ、どうですかね?」と
とぼけた声で返した
ファルは「まっ、いいわ」と言って
立ち上がると「ほんとに大丈夫よ…
ついてこないでも」と男に伝えて
杖を頼りに客間を出ていく
男はファルが階段を上がっていくのを
しばらく確認してから、
(まっ…大丈夫か。慣れてはいるからな)
と玄関から外に出ていった




