第54話『最後の儀式。特別な日』
ぼんやりとした眼のまま、
セタは、さきほどみていた夢を
思い出す
アレは夢…というよりも印象付け
られた思い出というべき代物…
辺りには光り輝く残雪…。晴れた
日の下、無知のまま黙々と歩いて
いる幼い頃の記憶、その断片だ…
サラがセタに"結婚をしようと…。
二人でここから逃げよう…"と、
大真面目に語ったのを受けて、
決めて、歩いた
若すぎる時代の…。期待と不安を
小さな胸の中に抱いていた頃の記憶
とくにサラの方が…。神官となる
予定のサラのわかりやすい
"反発の心"があって…
真正直で、熱のある姿勢が…
後先考えない言葉があって
それが…今
ただ夢としてふたたび…
こんなときに…
こんなときだからこそ…なのか?
この身に…。湧き出てきた
温暖な気候のはずの南メイガンの街の…
不愉快に思えるほどの人の群れの熱を
冷ますように急に雪が降って…
その次の日…。逃げる約束をした日
食料と鍋とフタと用途のわからない瓶と
…何故だか"まな板"を袋に詰めて…
サラが雪が僅かに残る道の中…
街を出る大通りを避けて、細い路地を
のしのしと歩き、セタは表向き淡々と
…黙って、その後ろをついて歩く
(滑ったセタが転んで…。泥水がつき、
サラが手を出して引っ張り上げるも
サラも一緒になって滑って…
二人共泥だらけになって…
サラは泣きそうな顔で、
"泣いちゃだめだ…。私も泣きたいのを
ガマンしているから…セタも"
と言って、手を繋いでしばらく歩いて…
そして…。二人きりの切ない気持ち
に段々と負けそうになって…。
…二人はどうしたんだろう?
何故その後、私達は"そのまま"
逃げなかったのだろう?……)
・・・
サラがセタの部屋に入ってきた…
扉を小突いて中の返答を待たずに
勝手に入ってきた
『…どうしたんだ?』
セタの声掛けに…。サラは無視して
さっさと歩いて寝台に腰掛けると
「なぁ…。お前は"好きな人"が
いるのか?」
と聞いた
『いきなり…だな。寝起きの人間に
その質問は…。真正面からくる…
私の知ってる、サラらしい行動と
言えばそうだが…』
「どうだ…?」
『いっぱいいる…。一番を選べ、
ということか?』
「"一番"は知ってる。ノーラだ…
ネムコだ…。生きている人間を
選べ」
『そうだな…。ところで、
今な……。
サラとの夢をみていた…』
「………」
『なんであの時、"結婚しよう"と
言って約束して…結果。街からあの
場所から逃げなかったのか?
思い出してみた…が。その理由は
何だったか…?
もう一度、子供心に戻ってみるしか
ないのかな?』
「…それは、服が泥で汚れたからだ。
転んだセタと…。引き上げようとして
滑って転んだ二人の衣服が汚れて…
街の出入り口付近で…。衛兵に変な
目でみられたのを誤魔化す為に、
私が大きな声で戻って洗濯しようと…
キレイにしてからにしよう、
と言ったからだ…
子供らしい意味のよくわからない
強引な言い訳だ…。あのときは
それ以上のことは怖くて出来なかった
ということだ…」
『………そうだな。うん、そうだった。
それで帰ってから、何故か待っていた
先生とサラの父親と姉に怒られたんだ
…。二人で…延々と』
「…………なぁ、セタ…。私達の
"輝かしい"思い出話はそれまで
にして…。
結論は出ないのか?」
『………人間、だよな?
ノーラ以外の…』
サラはノーラという元奴隷の少年が
ネムコになったことは知らない…
仮に知ったとしてもその話を信用する
ことは無い。それはシャーマンの幽霊
を除いて例外では無かった
「ああ…。そうだ…。早くしろとは
いわない…。けど、今伝えて欲しい」
『それは、急がせているような
ものだ…。困ったな…』
「…………私は不器用だ。それは
セタもよく知っているよな?」
『ああ…。それはサラの代名詞
みたいなもんだろう』
「…いや、違うよ。セタも十分不器用だ。
決して器用じゃない。それなりに余計
な知恵を持っているから、器用ぶって
いるが…。違っている…」
『…………そうか?』
「今の自分をみてみろ…。誰の目から
みても、明らかだろう?」
『…………そうだな。心配をかけて
すまない。あとで皆に謝るよ…』
「いや…。そんなことは不要だ
この"難問"を片付けて…
いつもの"セタ様"に戻れば
いいだけだ…」
『…難問…か』とセタは呟いてから
『…何か、その先に…あるのか?』と
婉曲に聞いた
サラは覚悟を決めた目で、じっと
セタをみて
「私は…。お前の返答次第では、
このムラを出ようと思う…。
ミズ家やラナ様には相談するが…
私の意思は、石よりもずっと固い」
『………それでは、私は
何も言えなくなる…。ズルいな』
「ズルいのは承知の上だ…。
無理を言っている融通の効かない
強情な奴…と罵られ、疎まれ、
思われることも…。すべて…」
『…………私は、サラが
一番好きなのか?』
「ふっ…。なんだそれは?
私に自分の質問を託すな…
お前が決めろ…。
何でもいいんだよ」
『だが…"今のお前"には、
サラには…』
「知ってる。わかってる…
アミスがいる…。それでも
だ…。その上で聞いている」
『…………こういうことは…
誰かが"必ず"
悲しむんだろうな…』
「ああ…。そうだろう…
だから何だ?…自分の周りだけ、
もしくは自分だけは悲しまない…
傷つかないところにずっといる
生易しい人生があるのか?」
『…………』
「覚悟を決めろよ…。セタ…
私は、臆病な私は…
お前の幻影を追って、
生きているんだ」
『……幻影?』
「そうだ…。お前との恋路は
永遠に叶わないと思って
生きているから…
知らぬ間に理想が膨らんで、
………アミスが好きになって
そして…セタのことを
傷つけて…。こうなってしまった」
『……………』
「なんで平気な顔をしていた…
もっと悲しんでくれてよかった…
もっと寂しそうにそれは止めろ!と
思っているなら言って欲しかった」
『…………それは、サラが
アミスが…幸せそうだったから』
「………だったら今、こうしている
のは、どうしてなんだ?」
『………わからない。勝手にこう
なっていた…。何でかな…』
「……答えは無いのか?」
『………その前に。"幻影"と気づ
いた…サラの答えは?何だ?』
「…………アミスには、
正直に話した。セタの理想が
アミスにあるのかも知れないと」
『……それは身勝手だ。
最低だ…。アミスの立場が
無いだろう…』
「だが…正直な気持ちだ。
最低であっても、それを誤魔化して
伝えない方が最低だろう…」
『………そうか。ならば
答えは決まった…』
「そうだろう?…早く言え」
『一番は…サラでは無い』
「…人間では?だろう?」
『ああ…。そうだ…
今の人間では…という意味で』
サラは吐息を付いて、
天井を見上げて
「嫌われたな…。私は、親友に…」
『そうだ…。サラなんて大嫌いだ…
最低最悪の…。大馬鹿者だ……』
「そう言いながら、
なんで泣いてるんだよ…」
『………寝起きだからだ。
私はいつだって、平気だ。
賢者だから…。セタ様だから…
こんなことで泣いたりしないんだ…』
「そうか…。ならば、今日はもう
いいから…。明日からは、セタ様の
顔を皆にみせてあげてくれ…」
『………ああ。もう…大丈夫だ』
「お別れの…口づけをするか?」
『……"お別れの"…って?
何だよ?』
「ああ…。もう思い残すことはない
私は、このムラから出ていく…
アミスとクロと一緒に別の場所に
行く…。私の我儘だ…」
『……………"好きだ"といったら
ここにいるのか?』
「もう遅いぞ…。私はセタに本当の
意味でフラれたのだから、もう
悔いは無い…。それに……」
『なんだ…?』
「…いや。何でも無い…と言いたい
ところだが、
さっき私が言ったことを思い出して
くれ…。誰も傷つかない人生なんて
この世には存在しない…。だから、
わかってくれ…。親友…。
セタ・ブルウノス」
『……………何故、私を…
これ以上…。泣かすんだ…。
酷いやつだ…。私が弱いのを知って
いるくせに…。なんで…お前は…
いつもそうやって……』
「………すまない。ごめん。何度だって
謝る…」
『…私は、絶対に許さないからな…
お前のこと…。ずっと恨んでやるから
それでも出ていくんだな?』
「…ああ。恨んで、呪い殺してくれても
私は大丈夫だ…」
『………じゃ。出ていけよ。あいさつも
別れの言葉も何もいらない…。
勝手にどこへでも…いってくれ』
「……そうもいかないんだ。まだ
まったく準備が出来ていない…。
まあ、あと一週間以上は…。
いや…入れ替わりの儀もあるなら…
もっと先かもな…。その間は
アミスとクロは宿にいさせてくれ…
アミスはフレアから買い取る必要が
あるだろうし…。次の赴任先が決まる
までは、南メイガンの郊外で…ラナ様が
新設された一般向けの神学校の教官と
して教鞭に立つらしいから…
その補助役として私も学びながら
そこで務めようと思う…
もしかしたら、不出来な私はミズ家を
追い出されて、ラナ様のミラー家の
養子になるかもしれないけどな…
定年後の元神官のラナ様のところなら
…。クロもアミスも…私も、
一緒に暮らせるそうだ……」
『………ラナ様は許してくれたのか?』
「ああ…。手紙でのやりとりだが、
ここ最近のことはすべて正直に
伝えた…。その前からも、若いうちは
失敗を含めてなんでもした方がいいと
言ってくれて…。神学校の提案は、
少し前からあったんだ…。
ラナ様も飽き性だから養老院の暮らし
は窮屈な上に退屈で死にそう…と
言っていたから、
学校の件は、二つ返事で決めたらしい…
悩んでいる内に晴れるほど
人生は甘くないと書いてあった…
言ってくれた。若いうちは行動なん
だろうな…」
『…………知らない内に色々と決めて
いた。親友への相談は一切無しか…』
「……すまない。私も鈍感なフリをして
何とか以前と変わらない日々が過ごせ
ないか?と考えていたが…。アミスと
の関係を始めてからは…
もう、限界。…無理だった」
『…………南メイガンの郊外。でも、
そこに…。ずっといるわけでは
ないのだろう?』
「ああ、"ずっと"は無いだろう…。
その学校での日々が楽しければ長く
いるだろうが…
次の赴任先が決まったら、私は迷わず
にどこへでも行くよ…。慕っている
ラナ様と同じ、"神官"だからな…」
『…………そうか。別の場所に移動
したら…。教えてくれ。嫌ならいい』
「…教えるよ。親友は大切だ…。
このムラで、何度もお前に言った
台詞だな…」
『………そうだな』
「また、会おう…。どこにいても
私達は親友だから…。何があっても
その証は変わらずに…
もしお前に何かあったら…
神官の務めを放棄してでも
飛んでくるよ…。
お前に言われて鍛錬しているからな…。
ちょっとは力になれるだろう…
アル殿にも感謝だ…。ここを出る前に
もう一度、手合わせを願おう…。
まぁ…とにかく。何事も無ければ、
このムラに来ることは無い、という
ことかな…」
『…』
「……セタ。手を出してくれ」
『……嫌だ。これで終わりなら…
絶対に……。出さない……。
諦めろ…』
「そうか…。なら、これで…
"おしまい"にする…。
失礼するよ。さよなら…
すごく楽しかったよ…ここでの
暮らしは、お前との日々は…
貴重な財産だ…
ありがとな…」
と伝えてサラは立ち上がると
少しの間考えてから、
「…もう何もないな?
…いいよな?」
と寝台にへたるように姿勢を
崩して座っている…
俯き加減のセタに聞いた
『…』セタは黙ったまま
小さく首を横に振る
サラは一度息を吐息を付くと…
少し屈んで手を伸ばし、セタの頭に
優しく触れてから、滑らかな金色
の髪を、愛しむように撫でて
『子供の頃から"大好き"だった…。
お前が本気で望めば、どこへ
だって行った…。行けた…。
あの雪が残る、幼い頃の
旅の続きが出来た……。
今さら…か?…でも、そういう
ことだよ…。お前への気持ちは…
じゃあな…」
と声を掛けて、その手を離し
扉の方にゆっくりと歩く…
『…もし』
と声がして、
サラが振り返ると、
『もし…。どこかで会って…
そのときにすべてを失って
なにかも、無くしていたら…
私が拾ってやる…。
そしてずっと、ネムコみたいに…
私の傍にいさせてやる…
親友としての、約束だ…
"頼ってこい…"という、優しい
セタ様の慈悲を……。
忘れず、憶えておけよ…』
とぼろぼろと涙を落とし…。言葉の
途切れの合間にぐすっ…と鼻を啜って
頬を伝う雫を流しながら、セタが震え
た声で絞り出すように言った
サラは話しかけてくれたセタのこと…
そしてその"セタらしい言葉"に…
嬉しさを表情に変え、浮かべながらも、
目には自然と涙が溢れていた
そしてその後は…
「最後の儀式…。しよう
今後、何があるかわからないから、
"ひとまずの"…という意味だ」
というサラの提案に
セタは頷いて、寝台から
立ち上がり、少しふらついた
ところをサラが抱えて、
そのまま抱きしめて
「……軽いな。でも子供の頃から
と比べると、重くなっている。
寝る子は育つのだな…」
『……最後にそれは。
女性に対し、失礼だ…。謝れ』
「ふふん…。嫌だ…。セタは昔から
女性らしくないから…」
『…それはお互い様だ』
「なぁ…。セタ…
前にも同じことを言い合ったな…
すぐそこの廊下で…。クロとの
ことを助けてくれたとき…」
『…そうかな?』
「そうだ…。忘れるなよ
憶えておいてくれ…」
と言ってから、サラはセタに
口吻をして、一度唇を離すと
「今からする"コレ"も、
忘れないでくれ…」
と甘く囁いてから、もう一度
長い口吻をして、ゆっくりと
離して…。見つめ合い…
余韻を確かめ
震えている体躯のセタを今度は
強めに抱きしめて…
セタはそのまま自分よりも
背の高いサラの胸に顔を埋めて
『お母さんの大きな"コレ"の中身を…
最後にぜんぶ吸ってやる…』
と精一杯の冗談を言った
サラは泣きたい自分を…
衝動を抑えて
何時ぞやのセタの母神として
「ほんとにさせてやるよ…
今日は"特別だ"…
最後の最後まで…愛してるよ…」
と…。愛情たっぷりに返した




