第50話『踊り場にて』
アリーナ親子がやってくる前の会話…
セタの髪を梳かしているディルベットに
『明日あたりにアリーナ親子が
到着する…。寝泊まりは別だが…
この宿に来て、私のネムコ達と
戯れるだろう…』
「はい…」
『まぁ。ただ…。遠慮しないでくれ…
フレアの当主であるミールも…
ダメなものはダメと言って、
厳しく接してくれても構わないと
言っていた…。だがこのムラから
出ていかれたら面倒なので
そこは私にお任せすると…』
「…はい」
『ふぅん…。難しいものだ…。
実際に会ってみないと何とも
言えないが、ある程度の方針は
立てておくべきだろう…』
「……はい」
『………何度も頭の中で
繰り返す…。成長していてくれ…
と。頼むから、ネムコと私の平穏を
乱さないでいてくれ…と』
「…はい」
『もし、あの親子が我儘を言ったり、
ふざけた行いをしたら、私の従者を
見習えと告げてしまうだろう…
いいか?…私の従者、ディルベット?』
「はい!」
・・・
ネムコのことを"猫"と呼ぶ少年は…
アリーナ・フレアの一人息子
アリーナが付き合っていた男と
別れた後に生まれた子供だ
転生前の"猫好き"だったという
記憶が目覚めるように思い起こされ、
そのままの熱情を抱いて、茶トラの
猫を欲しがり…。このブルウノス村に
やってきてはセタの前で"かなり"
ふざけた対応をとってセタを怒らせ…
ミールに反省文を書かされ、最後には
セタとネムコ愛を介して和解をした
先に一階にある客間で待っていたセタは
不安の心持ちを落ち着けるように膝上に
のっているネムコ達を撫でている
(ノーラも、イーシャも呑気なものだ…)
セタの膝の上を取り合うことなく
うまい具合に並んで密着して占領している
二人のネムコをみながら溜息を付いて
(…やはりファルは来ないか。
サラの相手をしているから、と…
クロも来ない…)
「私が…初対面で、同じ格好と…劣る顔で
…"どうも"…と居たのでは…
説明…きっと、大変です」
と言って身代わり役のアミスは、客間の
扉の前にて…深い羽飾りの付いた紫色の
帽子を被って目元を隠して怪しげな用心棒
のように壁に背を付けて立っている…
(…その格好の方が説明に困るだろう)
とセタは思いながら、趣味の悪い
羽つきの帽子は、宿の姉妹がたまに
被っていた物だな…と思い出す
(ふぅ~。遅いな…。このままアミスを
その通り"身代わり"に置いて、テキトウ
に対応させて、自分はネムコと戻って
部屋で寝てしまおうか?)
と意外とよい案、作戦だな…コレと
考えていると、扉を小突く音…その後
にディルベットの声。そして扉が開いて
アリーナ親子と…ミールが入ってきた
セタは『よぉ!元気か?』と少年に
気さくに声をかけた
すると、少年はセタをみてコクリと
頷くと、母親の顔をみた。母である
アリーナは小さく頭を下げてから
「セタ様…。今回は、私達を迎え入れて
下さり本当にありがとうございました。
さあ、あなたもちゃんと…。セタ様に
感謝を伝えなさい…」
「はい…。セタ様、ありがとうございます」
セタは『ああ…いいんだ。長旅、疲れた
だろう?座ってくれ』と返しながら、
想像できなかったアリーナ親子の真面目で
殊勝な応対と表情に内心驚く
「では…。セタ様。私はこれで…。
二人を無事、この村に送り届けることが
出来て安心しました。何かあれば何でも
言ってきて下さい。もし、くだらない
ことをしたら…。私が…といいたいところ
ですが、この村のしきたりに従う。
…当主のセタ様に一任します」
『…まだ当主ではない。既に当主の
お前とは違うんだ…』
「いいえ。私も就任式を中止、延期して
いますので、正式にはまだ当主では
ないです。まわりは皆…そのように
思っていますけど…」
『……………ここでそんな野暮な話しを
する必要はないだろう。アリーナ達は
早く座ってくれ…。
そしてミール…。お前は…』
「…なんですか?」
『…いや。また…ネムコの素晴らしさ
を語り合おう…。それだけだ…』
「はい…。じゃ、少し失礼して」
とミールはセタの膝の上で休んでいる
ノーラとイーシャを軽く撫で…触れて
踵を返して歩くと…。羽付き帽子を
被ったアミスが扉を静かに開いた
ミールは「あら…。…あなた居たのね。
変なモノを被って…。
気づかれないことは、警護役として良い
ことだけど、身代わりとしては悪いこと
なのか…?」
と小さく言ってから客間を出ていった
・・・
(杞憂だったな…。戯れも良識のある
範囲でおさまる、実に微笑ましい
ものだった…。なぁ?ノーラ…
イーシャ…)
そう思いながら、セタが部屋に戻る
階段をネムコと一緒に上がっている
と…
宿を出て神官宿舎に戻るサラに会った
『よっ…。今日、あの親子が来たぞ』
「おっ…。そうか。どうだった?」
『今のところは…。問題なさそう…
ま、大丈夫だ』
「よかった…。セタが言っていた
のを聞いて、私も少し不安だった…
面倒な輩だったら、ずっと"いる"
以上は、大変だからな…」
『ふふ…。ちょっと大袈裟に
言い過ぎた…。自分に対しても、
だけど…。不安を煽りすぎた』
「人は勝手に成長して、勝手に
巣立って、勝手にどこかの誰かと
恋愛しているものだ」
『……………ま。そうだな』
「では、帰る…。また明日の朝…
会おう!おやすみ…親友」
『……ああ。またな』
「……なんでそんなに寂しげな顔を
しているんだ?セタらしくないぞ…
帰り際に、その顔は…」
『……そうだな。すまない…。
行ってくれ…』
「ああ、では、可愛いネムコ達よ…。
"私の"セタのことを頼んだぞ…」
『…"私の"じゃない』と視線をそらし
小声で呟くセタ
「ん…?何か言ったか?」
『いや…。何も…。早く帰れよ…
神官様…。また明日、おやすみ』
「うん…。幸せは優しい笑顔から
来るものだ…。ところでアミスは
下か?今日は客間で身代わりさん
をしてくると言っていたな…」
『ああ…。まだ客間か玄関前にいる
だろう…。この時間。お見送り…
サラを待っているんだろう…』
「そうか!…では急いで降りないと…
じゃあな!セタ…ネムコ」
とその瞬間、セタは『はっ』と気づく
と…。振り返る間際のサラの着ていた
平民装の衣服の裾を掴んでいた…
「なんだ!…セタ?…
どうした?…」とサラの返答と
困惑顔をみて、セタは、
『あっ…。ごめん。すまん…
行ってくれ…』と裾から手を離した
お互いに見つめ合うと「何だ…?」と
囁いてから、サラは微笑みを浮かべ
「何かあれば、また明日にしてくれ…
今日はもう終わりだ…」
とセタの頭をポンと触って
「よしよし」と適度に撫でてから
早足で軽快に段差を下っていく
セタはその姿が見えなくなるまで
どこか虚しく"見つめ終えて"から…
足元で鳴いているノーラとイーシャ
に気づくと…。疲れたように片膝を
ついて…。その上に前足を掛けて
乗ってきたネムコ達を抱くように
触れ……撫でる
そして、平然平静の衣を装っている
裏側で、醜く歪む自身の内面と…
それが結果…。何倍にもなって、
切なく虚しく跳ね返ってくる…
重苦しい説明し難い反動を抑えながら、
この身に"沁み入るよう"に…強く
温もりの中…。感じていたことは
(……お前たちがいなければ…。
"らしくない私"は…今、この…
言いようのない無様な感情を、
孤独の中でどうしていただろう?
ありがとう…。いつも、どんなとき
でも私のことを気遣ってくれて…)
という…。異世界の猫であるネムコ
ノーラとイーシャへの感謝だった…
その後…
アミスが恋人サラの見送りを終えて
から階段を上がると…踊り場で座り
こんだまま、ネムコを抱いている
セタに出会った
『どうした…?…大丈夫か?』と…
本来アミスの側が言うべき言葉を
セタが投げると、
アミスは「……ごめんなさい」と
だけ言って、セタの前を横切り、
…段差を上って部屋に戻った
残されたセタが、
『行ってしまったな…。明日の天気は
なんだろうか?なぁ、ノーラ、
イーシャ…』と呟くと、
ネムコ達はゴロゴロと喉を鳴らして
"らしくない"セタに甘えるだけだった




