第4話『見えないから、その代わりに』
現在セタの部屋には…
寝台端に座りノーラを撫でるミアと、
その隣にセタ。そして、浮かんでいる
シャーマンの幽霊がいる
『で…?どうしたんだ?…あの黒い絵の
ことか?…それとも別のことか?』
「いいえ…。どちらでもないです。
ただ…二人の様子を見に来ました…
今ちょうど二人のことを思い出しながら
描いていたところです。
何だか、どうもうまくいかなくって…」
『おおっ!そうか…。そいつは嬉しいな…
あとで見せてほしいが…やはり黒いんだ
ろうな…』
「いいえ…。それは私がみている前で
の話しです。あのときは詳しくは話さ
なかったのですが…
私の絵をみて、その人の反応を私が
みている時に…。不思議な現象が起こる
のです。
だから、私がその人のそばを離れて
しまえば、その絵は普通どおりに
みえるんです。
これは自分では確認しようが無く、
だいぶ経ってから気づいたのですが…
あとで絵の感想を詳細に伝えてくれた
のを聞いて、ああ…これは、本当なん
だな…とわかりました」
『ふぅん…。なるほどな…。
では、ミアは私の目の前では、私が喜ぶ
様子、嬉しがっている笑顔や、表情を
窺い知ることが出来ない…
というわけだな…。創作する人間に
とって、反応を知ることが出来ない
のは、それを生業に生きる上で、とても
難儀であり、不幸だ……
同情する…』
セタの言葉にミアはうっすらと微笑みを
浮かべて
「いいんですよ…。だって、これは
私だけの特権ですもの…。
私だけがこの不思議な"黒い影"を
飼っている唯一の人間なんだから、
面白くって…素敵。これは人生にとって、
ある意味では、有意義なコトなんです」
『そうか…。なるほどな…。"飼っている"
と…。捉えるのであれば、その意味は
違ったものになるな…。
まあ…お互い。不思議な存在を"奇跡的
に"飼っているわけだな…』
セタはノーラ少年との約束からネムコを
飼っているが…。このネムコはノーラである
その点は、通常の意味での"飼っている"
とは異なるが、セタには"不思議"という点で
…同じように感じていた。
「ねぇ…。セタさん?」
『はい…。なんでしょう?』
と何故か、丁寧な言葉遣いで返すセタ
「ちょっと距離が近くないですか?
…何だか体が、どんどんコチラ側を
侵食しようとしてますよ?」
『おお、そうか…。だとするなら、私が
無意識に。恐らくは、ミアがノーラを
撫でているのを"もっとよく見よう"
と、"感じよう"としているだけだ…。
特に意味は無い。気にしないでくれ』
「ふぅ~ん。そうなんですか?
興味深いし、面白い…」
『そうだ…。別に面白いわけではない
けど…。ノーラと人間が戯れている…
その反応を見れることは、私にとって、
微笑ましく、素敵なことなんだ…』
「…………はい」
と…。ミアは少しだけ憂いのある表情
に変わり、ノーラを撫でる手を止め…
密接しているセタの方に体と頭を預け
ながら…「ねぇ…。セタさん?」と
少し甘えるような声でいった
『はい…。なんでしょう?』とセタ
「顔を…。顔をみれますか?」
『誰の顔だ?』
「私の顔です」
『ミアの…?』
「はい…。隣にいる"ミアの顔"です」
『見れているぞ…。燭台の明かりが無くとも
今日は月明かりがあるから、その横顔は…
みれている』
「じゃあ、ちょっと私のことを押し倒して
もらって、そのまま、真っ直ぐに顔と
瞳を、じっとみつめてみてください…」
『うぅん?…なんだそれ?』
とセタは困惑はしていないが、ちょっと
意味がわからず、ちらと…部屋内に浮いて
いる幽霊をみた…
(やってみてください…。何か意味があると
思いますよ…。きっと…。ちょっと羨ましい
けど…。我慢します)
セタは再度『うぅん?』と僅かに唸りながら
も、『わかった…。してみよう』と返した
『では…。優しく…』とセタはミアの肩に触れ
ミアは目を閉じて力を抜き、その行動をセタ
に任せる…
・・・
セタが、寝台に仰向けになるミアを見下ろす
格好になり『もう、いいぞ…。目を開けて』
と優しく伝えた…
「はい…」といってミアが目を開けると…
セタは『うっ…』と息を呑んだ…
「どうしました…?」
『いや…。その…。同じだ…』とセタはミア
に言ってから(そんなことはない…)と
目を閉じて、再度ゆっくりと開ける…も、
『やはり…。変わらない…。あの"黒い絵"
と同じだ…。黒塗りの影しかみえない…』
だが一方で、ミアには困惑している様子の
セタの表情がみえていた…
ミアは自分をみている反応…その明確な
答えである、"困惑の表情"だけが自分に
与えれれるように見えていることに関し
(これだけは…。やっぱり許すことが
出来ない…な)と心中にて呟き、
目を閉じてから、
「ありがとう…。もうみえているよね?」
とセタに伝えた…
セタは『うぅん…?…おっ。見えた…
よかった…』言ってから、『ふぅ~』と
安堵の溜息を漏らす…
すると…ミアが静かに泣いているのに
気づいた
『ミア…。"どうした?"…等とは聞いて
はいけないよな…?』とセタ
「いいんです…。なんでもありません。
"少しだけ"悲しいだけです」
とミアが小さく伝えると、セタは
『ちょっとごめんな…』とミアの肩に
触れて、ゆっくりと密着。かぶさるよう
なり…。自然体、流れの中で抱きしめ…
応じてきたミアの頭を撫でながら…
『落ち着くまで…。嫌で無ければ、
こうしていようか?』
と囁くと…
ミアは、迷いなくコクリと頷き、
「(私のことは)見えないから…。
代わりに、もっと…撫でて。
もっと…強く抱きしめて」
と囁き返し
セタは『ああ…。わかった』といって
その小さな熱のある要望に応じた
・・・
「ねぇ…。セタさん…。もうちょっと
痩せたら、可愛くなる…?」
『うん…。どうかな?…でも、
今でも、十分可愛いぞ…』
「そう…。よかった」
『ミア…。"さん"はもういらない。
セタでいいよ…』
「うん…。わかった。セタ…」
(……素敵すぎて、好き)
目を閉じたままのミアは…聞こえない
くらいの声量でセタに返すと…
「一方的だ…」と独り言を言ってから
ふふふ…と笑い、セタは『うぅん?…』
とミアの様子を不思議そうにみていた