第46話『幸せの感想』
宿一階にある客間
昼過ぎのこと
ミール・フレアは予定よりも
到着が遅れたことをセタに侘びた
『いいや…。私に予定は無いから
気にするな。で…手紙の件、
どうなんだ?』
セタは真っ白な絹に包まれた麻紙の
手紙を取り出して、
『…ここで、内容を確認するか?』
とミールに聞いた
「いいえ。内容は確認しません…
今日はネムコがいないですね…」
『うん…?あ、そうだな…
会いたかったか?』
「はい…。このムラに来る
楽しみの一つですから」
『ふぅん…。そうか…。ではあとで
起きていたら連れて来ようか?』
「……はい。気持ちよく寝ている
ならそのままでいいです」
『…で。手紙は渡しても
いいのか?ダメなのか?
今、答えてくれ…』
「……ダメです」
『…………その回答を無視して
渡したら、お前は怒るか?』
「……怒ることはないです。
何故なら、渡すことは不可能だから
です…」
『ほぉ…。では、試してみようか?』
「………どうぞ。ただ徒労に
終わりますよ。きっと…」
『…………だったら、お前が渡せ。
私の命令だ…』
ミールはわかりやすい
吐息をついてから
「……………はい。わかりました。
ひとまず、お預かりします」
『待て…。ひとまず、とは何だ?
"時間を置いて渡す"ということか?』
「……まあ、そう捉えてもらって
構いません」
『…理由は?』
「今、少し姉と揉めていまして、
会いに行きました…。
直接、話しを聞こうと思って…
そのためセタ様との話し合い
の機会が、このように遅れました」
『何があった?…』
「……そろそろ退屈になって来たから、
南メイガンの街に戻ると…」
『あの親子なら、そう言うだろう…
都会暮らしに飽きていた、と言って
いたらしいが…。田舎暮らしの方も、
飽きたのか…』
「まあ、予想は出来ていましたが…
二週間ほどで音を上げるとは
思いませんでした」
『ふふっ…。そうか…。
しかし、わかっていないな…
あの親子はお前が思っているほど、
愚かでは無い。煮ても焼いても食えない
非常に手強い相手だ…。私もあの
調子の良さ、豪胆さには手を焼いた』
「事情を何度も説明しましたが、
聞いてもらえませんでした…
厳しく言っても、軽く脅しても…
だいぶ苛立ちが募っているようで
今回は、無理でした」
『やはり、そうだろう…。
で、今後はどうするんだ?』
「思案中です…。家から出て行こうと
して、止める従者に親子で当たり
散らしているらしいです…。
我儘で自己中心的な…父親の血を
見事に、純粋に受け継いでいる…」
『………まあ、とにかく息苦しいん
だろう。ちょっとはわかってやれ…』
「"監禁"という、実力行使、最終手段も
考えましたが…
それではセタ様に顔向けが出来ませんし
…。かといって南メイガンに戻すことは
フレアの人間皆が絶対に止めてくれと…
懇願するように言っています…」
『ふぅ~…。他人事ながら面倒くさいな…
まあ、その面倒くさい親子の安否を
気づかい、手紙を渡そうとしている私は、
余程の物好きなのだろうな…。うん…』
「…はい。そうです。セタ様は
物好きです。板挟みの私はいい迷惑
です…」
『それは、すまなかったな…。事情を
聞いて申し訳なさが少しだけ出てきた』
「……それなら、この手紙」
とミールはしばし考えてから
「可能な限り…"最短の日時"で、
渡しますので、
内容を付け加えてもらえませんか?」
『…うぅん。…"付け加える"?
…何をだ?』
訝しげな表情のセタに、ミールは
薄っすらと笑みを浮かべて、
「…その付け加える内容は、
"私の村"で、可愛いネムコと
一緒に幸せに暮らそう…。
それだけでいいです」
『………………………』
「……セタ様。これなら姉さん親子は
南メイガンに戻ること無く…
ひとまず、ここで暮らしてくれる
はずです…。姉のアリーナは
息子の意見には、必ず従います…。
"ネムコ"を餌に出せば…必ず
食いつく…。
この村に来て…
永く居着いてくれるでしょう…」
『………………妥協なのか?』
「…この案は、妥協よりも…
"妥当"だと思います」
セタは真剣な表情で『う~ん…』
と唸り、
『……………ちょっとだけ考えさせて
くれ…。あの調子の"やりとり"を…
毎日することを想像するに、無意識に
躊躇している自分がいる…
…困ったな…』
「……以前の会話で、"情"により、
ブルウノス様の村に連れ戻す可能性を
指摘したのですが…。
監禁や辺境での軟禁が無理なら、
こうするしか、方法がないようです…。
快諾してくれると思ったのですが…
無理でしょうか?」
『いや…。断じて無理では無い…が、
私だけの問題ではない…。一応、
親父殿と、あとは…神官のサラ、
私の従者と相談させてくれ…
住む場所、寝床は、出来ればこの宿
では無いほうがいいな…
それは決まっている…。どこか
空いてないか?…フレア商会の
宿舎とか?…あるだろう?』
「………わかりました。まあ、
警護の必要もありますから、
宿舎はこちらで用意しましょう」
『…この村に来たとしても、何かの
ひょうしで街に戻ると言って……
強引に出ていってしまう…。その
可能性もあるよな…多分』
「……それは"セタ様次第"でしょう。
基本的には、ネムコがいれば、姉さん
の溺愛している息子は…
ここにずっといますよ」
『そうだろうか?…確かにネムコ好き
だが…。どこまでか…は。わからん』
「自信を持って下さい…。そして、
出ていくと言った場合は、セタ様が
この村の魅力を伝えるなりして、
責任を持って食い止めて下さい…
私は信用していますし、
頼りにしてます」
『………………うん。わかった。
わかったよ…。追って連絡する』
「はい…。お願いします。喜びますよ
きっと…。私もセタ様が引き受けて
くれて、だいぶ"楽"になります」
『………ははっ。任せておけ』
「では早速手紙にその旨、付け加えて
下さい。最短最速でお届けします」
『いや…。今書いて渡してしまったら、
決まったようなものだろう…』
「あ…。それもそうですね…。
では内容を加えて書いたものを
今日、お預かりします。決まったと
連絡を受けた後に、手紙を渡します」
『そうだな…。ははっ…。まあ、
半分決まったようなものだ…な。
ふふふ…。こうなるとは思わなかった』
「それと…。別の話になりますが、
私の就任式は、中止になりました」
『……?』
「当主であった養父が、不幸にも…
病で亡くなった為です。
今年は"祝い事"は止めようと…フレアの
人間で話し合って、中止が決まりました」
『……そうか。葬儀は済んだのか?』
「はい…。フレアの人間"らしい"…
質素な葬儀を行いました」
『……そうか。色々と大変だったな…』
「…いいえ。そうでも無いですよ…
重石が退いて、フレアの人間は皆
…喜んでいます」
『…………』
「コレについては、あえてセタ様に、
本音を伝えました…。不快に感じ
たのなら、お許しください」
『いや…。まぁ…。どこまでいっても、
"そちらの話"で…。それは、価値観
の違いなのだろう…。
わかろうとは、決して思わないが…』
「わかる必要は無いですよ…。セタ様は
セタ様でいて下さい…。私は、もしか
したら、人間では無いのかもしれません」
『………………いや。それは違うな…
人間でないのなら、ネムコを可愛がる
ことは"絶対に"…。無いだろう』
「…………そうでしょうか?
可愛いものは、可愛い…。私は純粋に
そう思っているだけです。
ネムコは動物の中で、世界一可愛い
と…"断言"出来ますよ」
『……………なぁ。ミール』
「はい…何でしょう?」
『ミールは、ノーラとイーシャどちらが
いいと思う?…お気に入りはどっちだ?』
「どちらも、個性があって素晴らしいと
思います。ノーラはおとなしめで、
奥行きがあり。イーシャは陽の光の様に
天真爛漫な様子。甲乙つけがたいですね」
『うんうん…。なるほど…。見事だ…
ミール"様"は、よくわかっている…。
ネムコのことを…。ノーラとイーシャ
のことを…。外見にとらわれるのでは
なく。二人の本質を、よくみている』
「"二人"…?ああ、セタ様にとっては
子供と同じですからね…。
人間と同じ…。いやそれ以上の…。
私も子供以上に愛おしいですよ…
ネムコが…。ノーラとイーシャが…」
セタは、ミールの発言をじっくりと
聞いて、その目をじぃっとみてから
『よしっ!!!もう…アレだ!
さっきまでの真面目なやり取り…話しは
今日は終わりにしよう!』
と言って、立ち上がると…
『まだ時間はあるのだろう?
私の子供…。世界一可愛いネムコ達を
今すぐ連れてこよう!…待っててくれ。
もし寝てたら四階まで上がってもらう
からな…。ミール…覚悟しておけよ!』
そう言って…。我が子の良さを的確に
褒められ…。その嬉しさ溢れる親のように
セタは無邪気な笑みを浮かべ、夢中で
弾けるように客間から出ていった
ミールは(ネムコ好きの主様か…)
と心中呟いてから、既にぬるくなって
いた紅茶の入ったカップに口をつけて
(それは自分のことか…?人ではない
と思い始めている、獣の自分が…)
と自嘲気味に…。ほんのりと笑った
・・・
その後、二人の可愛いネムコを
連れてきたセタは、ミールの隣に並ん
で、"いつもの距離感"…密着して座り
自分の膝上にて喉を鳴らして甘えて
いるネムコを…
優しく撫でるミールをみながら、
『なあミール…
私のことは、宿では"様"などいらない
"セタ"と気軽に呼んでくれ…。
ミール。お前のことが気に入った…
好きになった…。ネムコのことを
想う"同士"が増えた…。私は素直に
嬉しいんだ…』
と少し早口で言った
ミールが「いいんですか?」と
聞くと、セタは『早く呼んでみろ…』
と言ったので、
「それでは…」とミールは伝えてから
「ねぇ、セタ…。ネムコは、ふわふわで
あたたかくて、個性があって…すごく
可愛いですね」と言った
セタは笑顔で、
『ああ…。そんなミールも負けず劣らず
可愛いぞ。大好きだ…』
と臆面もなく言った
ミールはなんて言ったらよいか?
少しわからなくなり、「あの…。その…」
と言ってから、小さい声で
「ありがとうございます…。そのようなこと
"大人になって"初めて言われました」
といって、すぅーと息を吸い込んでから
はぁ~…と吐いて、狂いそうになりかけ
ていた調子を整え、
「惚れてしまいそうになるから、もう
褒めるのは止めて下さい」と伝える
が…。セタはお構いなしに、ミールの
頭に触れて、髪を撫でてから
『ふふ…。すべすべだ…。とても
触り心地が良くて、なんか…うん。
いいな…。ははは…』
と上機嫌に続け、止まらない…
ミールは、もうお手上げ…とばかり
に諦めて、
「セタの思うように、勝手にして下さい…」
と小声で返して…。ネムコを撫でながら、
恋人に甘えるように頭と上身を隣にいる
セタにこっそりと預け…
"表情だけ"は悟られないように…
口と目を閉じた
(今日の私は、完全に…。
セタに飼われている
"三人目のネムコ"だったな…)
それが街へ帰る最中…。ミールが
心中、思って述べた…。"淡くて甘い"
…誰にも言えない幸せの感想であった




