第41話『ファル先生のご指導』
"セタ様の部屋"の扉の前で立ち止まり
…少しの時間が経った
その時間の経過は少しであったとは
思うが、感覚的によく憶えていない
そういった状態、心持ち…
サラが扉を小突くと…以前のように
扉が僅かに開いて"こちら"を
何とも言えない特殊な空間に招き入れる
・・・
「すまない…。今日、正直にセタに
話した。アイツは笑っていたよ…
バカなことをした…と。
埋め合わせをすると言ったら、
そんなの、いいよ。と言って、
私が申し訳無さそうに抱きしめると…
そんな情けないサラは嫌いだ…
もっと堂々としていろ、命令だ…
と言われてしまった」
「…………」
いつものように…窓際で、
幽霊の言う"天気の人"であるセタ
の身代わりとしてこの部屋にいる
セタそっくりのウーノスは、
黙って外をみている
「なぁ、私に顔をよく見せて
くれないか?…
後ろ姿では、セタに話しかけて
いるみたいに感じる…」
「…………」
ウーノスはゆったりと振り返ると
セタをみて、微笑んだ
「………綺麗だな。ウーノスは…
ただウーノスという名は、セタが
このムラの名から、適当につけた
だけなんだろう?
本当の名前はなんて言うんだ?」
首を横に振るウーノス
「名前は、無いのか?…」
また首を振る…。その様子をみて
サラは「そうか…。名前はあるが、
何か理由があるんだな…。
詮索はしない…。気が向いたら
教えてくれ…」
そう言って「じゃあ、また…」と
サラが部屋を出ようとゆっくりと
少し肩を落としながら踵を返すと
「……"アミス・ロッド"
永遠に…。
忘れたい、昔の名前は…」
そのセタでない柔らかい声に…
サラが振り返ると、
アミスと名乗った女性は、
ゆったりと近づいて…サラの
両頬に指先で触れ、潤んだ瞳で
みつめると…顔と唇を近づけ…
口づけをした
呆気にとられているサラをみて
「…好き」とアミスは告げてから
笑みを浮かべる
サラは「………ア…ミス?」と息を
のんでから次の言葉を紡ごうとするも、
彼女の笑みと、得も言えぬ状況に
そのとおり…。時と思考が止まって…
何も言えなくなっていた
「ねぇ、サラ。もう…しないの?」
「…………あの」
「…うぶなのね。あんなに情熱的に
私の唇を奪ったのに…」
「…………すまない。本当にセタと
間違えただけなんだ…。つい、
いつものセタと違って、可愛げが増し
ていたから調子に乗ってしまった…。
私の悪い癖なんだ…許してくれ」
「…………そう。じゃあ、もう
しないのね?」
「………いや。その…望まれている
ことは、嬉しい」
「……なら、しましょう。お別れの
合図でも、儀式でもいいから……
最後に……」
「…………」
「…難しいことを、考える必要はない。
…早く、ゆっくりと…。
"して"」
「………最後…。だな?」
こくりと頷くアミス
「わかった…。"情熱的"でいいか?」
サラの真剣な眼差しと声に…
アミスは微笑みを強め、
「…サラ。大好き…。内緒で、
"アミス"と呼べるのは、
大好きな…。アナタだけ…。
明日に忘れてしまっても
構わない…。…呼んで」
と目を潤ませて、艶っぽく
言って…。サラはその愛と熱意に
応じるように
「アミス…」と呼んで、
この前以上の長く熱い口づけと
抱擁をした…
(セタ…ごめん。馬鹿だな…。私は…)
と、その繰り返される行為の最中…
サラは、自分の何とも言えない不甲斐
なさを心中で嘆きながら、自分でも
良くわからない涙をぼろぼろと…
幼い子どものように流していた
アミスはその意味を感じ取りながら、
ただ…。今の与えられた"数少ない"
幸せな時間が、永遠に終わらない
ことを…。裏切らないはずの
"天に"願っていた
・・・
あの日、あの時…
初めてセタ様の部屋でアミスを背後から
抱きしめて、その挨拶の抱擁を終えて、
クロの部屋で休んだあと…。サラは
再度その、"いつものとは違う"
セタがいると…。その時は思っていた
部屋に迷わずに向かった
その日、起きるのがいつもより遅くなり、
日は既に暮れていて室内は薄暗く…
サラは中に居た女性を…セタと思って
ただ夢中になって抱きしめて…。気づく
といつも以上の熱い口づけをしていた
サラだけに名を教えてくれたアミスも…
それに応じるようにさらに熱い口づけを
返したため、サラはその日、その夜、
その後、一睡も出来なかった
「こんなオカシイ神官…。私だけだ…」
と呟いて嫌悪を感じながら、前日に
会っていない本物のセタに会った
そしてしばらく間を置いて、セタに
本当のことを話してからの、謝罪を
伝えるために来訪した"今日は"…
その帰り、また同じように
「こんな情けなくて、至らない神官…。
私だけだ…」と自己嫌悪にかられていた
ふと、思い出すのは…。自分のよく
知っている。"そのはず"の…
セタの面白がっている表情と…
声と言葉
『私はいいが…。このことは、
ファルには絶対に話すなよ…。
まっ…。別に相談がてら話しても
いいが、おもいっきり…
引っ叩かれるぞ!
その時は大笑いしながら
"雑に"慰めてやる…。ははは』
★
「で…。セタにそのように言われていた
のに…あえて、私にそのふざけたちん
ちくりんの顛末を伝えに来たわけね…。
その図々しさは、生来のもの?
それとも、ご立派な贖罪の意識から
来るのかしら?
はじめに言っておくけど、私はわかり
やすい"懺悔"には応じない…
それでいい?」
ファルの発する責めの言葉の連続に
サラは伏し目がちに、
「…はい。それでいいです」と
小さな声で返した
「それで?…不快指数の上がっている
状態の私は、このあと、どうしたら
いいの?…。簡潔に教えて?」
「……どうとでも、好きなようにして
頂いて構いません…」
「…………話にならない」
「…はい?」
「まず…。本物のセタと偽物の区別が
つかない時点で、ありえない…」
「はい…。おっしゃるとおりで」
「そこを、根幹を間違っていなければ、
何の問題も無かった…。
そうでしょう?…違う?」
「…はい。そうです」
「私なら、気配ですぐわかる…
セタの声で、足音でわかる…。
セタの吐いて吸っている…
柔らかい空気でわかる。セタのいる
安心感の溢れている傍ら、その空間
に触れている、一緒にいるだけで…
"わかる"
全部わかる…。アナタのまがい物の
感覚とは比べ物にならない
それくらい、わかる…。アナタは幼い頃
からセタの何をみていたの?
一体何を、感じていたの?
まずは、そこから考えなさい。
もっと深く…真剣に…。うまく使えて
いない五感を研ぎ澄ませて…。
わかった?」
「…はい。もう一度過去を思い巡らせ
ながら考え、精進します」
「はぁ~…。前にも言った気がするけど…
破廉恥神官さん?だっけ?…
相変わらず、というか、アナタは
ちょっとは成長したと思ったのに、
大して変わっていないのね?
もう一度、やり直し…。
そんなところで、よろしいですか?」
「…はい。ファル先生」
「よろしい…。では、もう終わり!
さっさとクロの部屋で休んで、
自分の神官としての職責を
果たしなさい…」
「はい…。ありがとうございました。
言われなくてはいけないことを
遠慮なく言ってくれて、この身が、
気持ちが…だいぶ楽になりました」
「………そう。それはそれは、
よかったね。嬉しいね…
はぁ~。もう何だか、人生で、
一番疲れた…。嫌味を言う気も
失せたわよ…残っていない…」
「…こんな不甲斐ない自分の為に
貴重な時間と労力を割いて頂いて、
感謝します」
「あのさぁ…。アナタ……
それすら、おちょくっているのかと
本気で思うから、もう…何も言わない
で、さっさと黙って早くこの部屋から
出ていってくれないかな?」
「……では失礼します」
(………何も言うなって、
いったのに…)
「あの…ファル、さん」
「何っ?…まだ出ていかないの!?
今のアナタと同じ空気を吸っている
だけで億劫なんだけど…。バカで
鈍感だから、わからないのかな?」
「引っ叩かないでいいのしょうか?」
「私が…?おバカでしょうもない
アナタのことを?」
「はい…。おバカでしょうもない
私を…。一発でも二発でも」
「…………………はぁ、わかった。
でも今日は、無理。もう元気が無い
から無理…。明日にして…」
「お願いします。先生のご指導が、
今の私の、唯一の心の支えです。
どうか見捨てないで下さい…」
「………………こちらこそ…
どうか…。お願いします。
サラさん。どうか早く、一秒でも
早く、ここから出ていって下さい」
切実な"ファル先生"の敬語での
懇願に…。ようやく扉の開閉音
サラが出ていくのを足音から確認
すると…ファルは、息苦しさから
開放されたのを感じた
そして、よくわからない諦めの
心地と疲労のまじった大きな溜息
をついてから、ぱたりと寝台に
横たわると、
(何やってるんだろう?…私)
と自問自答をした




