第31話『小さな監獄の中の幸せ』
静まらない空間。慣れない人混みの
中に居たなぁ…とおぼえている
少しばかりの疲労を抱えた体
目を開けると、いつもの自分の安堵する
居場所、住処…
慌ただしさから始まった時間は、
(あっという間の出来事だったな…)
と、気づく
寝台に寝転びながら足を外に出していた
セタは、ゆっくりと起き上がると…
今の安らいでいる実感から、少し前の
過去と、それに連なる時間の経過の
儚さを想うと、いつものフワフワの
小さな体躯のノーラを抱えて、
すりすりと頬を寄せる
宿の外。空は曇り小雨が降っていた
しばらくすると、イーシャがセタの
足元に寄ってきて、自分の顔を擦り
つけてきた
(自分もまぜろと言いたげに…)
・・・
サラは二人の思い出の場所にて
自分の世界は、
「小さな監獄…」と言っていた
構え、狙いを定め、空を切り…
サラが木にくくりつけていた板を
音を立てて殴っていた公園だ
「さっき…。セタがここでの記憶を
忘れてしまっていることを
私に言ってくれたから、
ああ、それは、そうだ…と。
私にとって、世界は狭いから、
だからセタ以上に、色濃く…
ここでの想いや記憶が残っている
ことに気づいた…
それは、まるで…空をみて、
自由を夢想しながら、最後には
足元を見て、過去にすがる…
小さな監獄だ」
セタは黙って聞いていた
木に背を預けていたサラは、木に
相対すると、既に板は外されていた
木の表面に触れ、その懐かしい感触を
確かめてから
腕と拳を振りかぶる仕草をして、
…コツンと優しく小突いてから、
軽やかに振り返り
「でもな…。それでも幸せなことは
たくさんある…」といった
セタは同意。小さく頷いた
「セタがいて、戻る場所にはクロがいて
…自分の居場所があって…。この場所に、
悔しいこと、楽しいこと、いろんな
感情の…やりきれなかった頃の、
言いようのない思い出があって…」
サラは微笑みながら目を潤ませ…
その小さな両の泉からひとしずくの
涙が流れ落ちた
「………私は、今、誰よりも、きっと
…"幸せ"なんだ」
サラが言い終えると空から小雨…
そしてその粒が通常の雨音に変わると
…。二人は木の傍で寄り添い、
手を握って、雨が止むのを待った
『なぁ。サラ…親友。
また、この場所での、二人だけの
思い出が増えたな…』
とセタが伝えると…
「そうだな…」とサラは返してから
少し間をおいて
「ちゃんと憶えておいてくれよ…
私は一生忘れないから……
忘れたらほんの少しだけ嫌いになる」
と伝え、
セタは『うん…。わかった』
と答え、『忘れて、ごめん…』
と言って、触れていた手のひらを、
更に強く握りしめた
★
(ここは、小さな監獄…)
セタはその無意識に発した独り言の
あとに、考え…。自問自答した
この宿の一室は、監獄なのだろうか?
だが、例えそうであっても…
サラの言っていた通り、"幸せ"
であれば何の問題もない…
だが…ここは、"どこ"だろう?
世界の片隅にある。小さな世界の
小さな土地の…。村の中の…
一体全体、なんだろうか?
ファルなら教えてくれるかもな…
そこのところは悠に達観しているように
みえるから、最適な答えを持ち合わせ
ているかも知れないな…
ファルはまた戻ってくるかな?
戻ってくるよな……
こんな可愛い私の、私だけのノーラも
イーシャも、ゴロゴロ言って待ってる…
早く帰ってこないかな…
素敵な絵描きのミアも…。自分の世界を
彩るように旅をしている…
その旅は、ファルの旅の目的とはまったく
別、違うのだが…。まあ、何にせよ…
世界はひとつなんだろう…
"所有"という現実はあれど、
同じ時間の中では、一つに繋がって
いる…。同じ空をみている…
まだ最果ての土地や、世界をみた
ことは無いから…何とも言えないところ
ではあるが、多分きっとそうなんだろう…
だから、またいつでも
戻ってこれるんだ…
ファルも、ミアも…
私も、サラも…、ラナ様も
夢の時間の中にいるヒサコは、
精霊の機嫌と私の寿命次第だが…
ディルベット兄妹も、クロも、
温もりのある…この、
ノーラ、イーシャも
みんな…
大きなひとつの監獄の中に、
小さな監獄を皆が持っている
のかも知れないな…
(まあ、哲学か…)
『な?愛しのノーラ…
イーシャ。わかるだろ?』
そうセタが"二人"に人語で伝える
も…。二人はそんなことどうでも
いいわ、という感じでただセタに
寄り添い、無垢に甘えた
監獄の中の幸せ
制限された環境下での幸せ
(ただ、それでも…
そこに自分だけの幸せがあれば、
何でもいいか…。
うん…。それでいい…
これでいいんだ)
セタがそう思うには十分すぎる
光景が、このいつもの一室、いつもの
場所には、言葉による表現や哲学は
不要…とばかりに広がっていた




