第17話『もうひとつの"本物"』
"イーシャ"
『よく見つけたな…。私も忘れていた
よ…。屋根の上、ノーラが見つけた
"本棚の上"、それだけでなく…
"倉庫の上"にも、馬鹿みたいに
狂ったように、仕掛けていた
なんて……』
(もう終わったことなのに…
もうネムコを探し求める日々は
終わったのに…
またこうして揺り椅子に揺られて、
追憶の中…入り浸り、温もりを抱えて
懐かしくて寂しい旅に出ている
そんな心地だ…)
セタはネムコの研究場である人工楽園
にて、ノーラよりも白味がかった毛色
のネムコを抱いて、何とも言えない
表情で、ただ時が過ぎるままに
自身を淡く濡らし、黄昏れている
『…名前を付けた人間が、二人共
その姿を変えてしまうとは…な』
・・・
小屋の外にある倉庫の屋根には衣服が
置いてあり、そこにはこのネムコの毛
が付いていた…
そしてノーラの時には本が散らばって
いたが、ただそこには倉庫に梯子が立て
掛けてあった
セタは"アレ"はすべて処分しようと
決めた…。ひとまず倉庫の屋根におまじ
ないとして刺していたナイフを引き抜いて、
衣服を回収し、梯子を使って降りてから
力なく地面に座り込んだ
案の定、"新しい血"が付いていた…
恐らくはあの聴唖の奴隷の少女…
セタが名付けたイーシャのモノだろう…
セタはノーラと同じ発想に至り、
同じことをする人間がいたことに
驚きながら…
まじまじとみつめていたナイフを
握りしめて、地面に放って叩きつ
け、深い溜め息をついて、
バタリと仰向けになって、空をみた
もう夕刻…。滲むような夕陽の中、
その濃い血の色のような残酷な色に
自身が侵食されているのを感じた
少女が着ていたであろう粗末な衣服を
手にとって、匂いを嗅いでみた…
少女の匂いと、少女の働いていた養蚕場
の桑の葉の匂い…
そしてネムコの匂いがしたような
気がした…
最近はネムコのノーラの匂いには
慣れてしまっているから、あまり気に
しないし、気づかないことが多いが、
多分ネムコの匂いだ…
・・・
日が暮れる間際、セタは投げ捨てたナイフ
を拾い上げて、衣服と一緒に持って、
人工楽園に入った
ドアを少しだけわざと開けて、
揺り椅子の向きを変えて、座って、
ドアの方をみていた……
しばらくすると、ネムコになった
イーシャの覗き込む顔がみえた
こちらをみている…
警戒をしている様子だ…
セタは柔和な表情で
『イーシャ…。怖くない…。おいで…』
と伝えた
イーシャは自らの胴体を纏う長毛の
毛をこすりつけてドアを過ぎると…
セタの足元にやってきた
セタはイーシャのターコイズ色の瞳を
じっとみつめてから、
手をのばし、額を撫でた
イーシャはすこし驚きながらも、
セタの撫でる手をくぐり抜けて、
セタの足首に顔を擦り付けてきた
セタは微笑んだ。自分に気を許して
くれたことに安堵した
イーシャは一通りネムコとしての
儀式を終えると、「あ~ん」と
甘えた声をセタに発した
セタは『知ってるよ…。おいで…』
とイーシャを抱えあげて膝の上に
置いて撫でた…
そして気づくと…胸元にイーシャを
近づけて、その顔に自分の顔を擦り
付けた…
(やっぱり、ネムコはいいものだ…
"イーシャ"もそう思うだろう?)
(お互いに、探し求めていたもの
だからな…。当然だ)
セタは、従者の少女と男のセタから
すれば大分"大袈裟な迎え"が来るまで
二人だけの空間で、二人だけの至福の
共有をしていた
・・・
"聴唖の奴隷の少女、イーシャ"
生まれてからずっと、
誰かに愛されたという記憶は無い…
そして反対に誰かを愛する、その愛を
求める等ということを考えたことはない
ただ、生き続けることを
前提とした日々の中
労力として時間・体力・精神と僅かな
物質的対価を搾取され、
今日と明日…"永遠に"何も言えずに
強いられる立場でありながら…
そんなことは別に大したことではないと、
自分に言い聞かせながら…
でも、みつけたんだ…
そんな中でも…唯一のモノ
光り輝く小さなふんわりとしたみたこと
の無い愛くるしい姿の動物を…
それは"ネムコ"といっていた…
とある"村外れの小屋"で、この村の主の
娘が研究をしていたら、みつけたらしい
その噂を聞いても、他の村の人間は
興味はあれど、それ以上に関心を寄せる
ことは無かった
誰もその"真意"を確かめようとする
人間はいなかった
どうやらこの村のニンゲンは、その
動物よりも、主の娘の方がお気に入り
のようだ…
とても"不思議"だ…
こんなにも自分を魅了するモノがある
のに、誰もその価値に気づいていない
それ以外…"もう何もいらない"
自分が失われても、自分を失っても…
欲しい…
欲しい…
狂おしいほど、ただ"それが"欲しい
もう何もいらない
明日も、明後日も、未来も、
何もかもいらない、だから…。
欲しい…。
お願い……。
まだまだ途上の…
半端であった願いは、
願望は、想いは…
本物のネムコに触れることが
出来てから、ようやく結実
とある自分の昔ばなし…。小さくて
切ない、失くすことと得ることの矛盾
を孕み、重く抱えた物語のように
具現化…
セタにとっては
"もうひとつの本物"になった




