死を体験するということ
第八章「英雄の資質」開幕です。
本章はエピローグにあたります。
シグナークの心境の変化(外見も変わりました)をテーマに。
傷ついた戦士が運び込まれた建物がある。
そこは医師のいる施設ではない。
戦士ギルドの用意した宿泊施設だ。
訓練教官などが泊まる施設であり、普段からあまり人が利用していない。たまに普通の冒険者に貸し出されることもあるが、その施設の存在を知らない者のほうが多い。
いまは怪我をして運び込まれた冒険者が寝込んでいた。
もうあれから二日が経ち、ほとんどの軽傷者は出て行き、残された数名が治癒師によって看護されている。
そこにレスティアとゼシルレイラの姿もあった。
寝台の上で横になっているシグナークを心配そうに見つめている二人。
部屋のドアを叩く音がして、一人の女が入って来た。
それは魔女の格好をしたイズアルベラだ。
「まだ目覚めない?」
「ごらんのとおりです」
レイラはそう言いながら妹を横目で見た。
妹は姉がいままで見たことのないような真剣な表情で、シグナークが目覚めるのを待っている。
(この子に人を心配する気持ちがあるなんてね)
姉はその発見に驚いていた。
レスティアは彼の中に入り込もうとする魔女王の魔力を操作し、その支配の力からシグナークを守ったはずだった。──だが、自らの手で胸を貫いた魔剣は、彼の力をも奪っていたのだ。
「彼はどうやら魔力回路を生成できない人だったのねぇ。それが魔剣の力の影響を受けて、新たな魔力回路を植えつけられたんじゃないかしらぁ」
魔女イズアルベラの推測によると、魔力を貯蔵する魔力の器は彼の中に存在していたが、魔法を使用するための魔力回路が作られず、彼は魔法を使用できなかったらしい。
それが「幸運」だったと魔女王は言っていたが、魔剣を手にできるのは皇帝の──魔神の力の影響を受け入れられる者だけなのだ。それ以外の人物が魔剣を手にすれば魔力回路と反発し、拒絶反応を起こすのだ。
だがシグナークは魔力回路を持っていなかった──それが幸いし、魔剣の影響を受けてそこから新たな魔力回路を得たのである。
「つまり──シグナークさんは魔法が使えるように……?」
「そうだと思うわぁ。それどころかぁ私たちと同じ、魔神の影響を受けた力を持っているわけだからぁ……」
くすくすと笑い声をもらすイズアルベラ。
「剣の魔男になれるのねぇ」
そう言ってまだくすくすと笑いつづける。
「つまらない冗談だ」
野太い声がして驚き、レスティアとレイラは顔を寝台のほうに向ける。
「せめて『魔戦士の男』くらいにしてくれないか」
ほっとした様子の姉妹の顔を見て、彼はにやりと笑う。
シグナークの容貌は一変していた。
髪は青や紫の色をにじませる銀色に変わり、その瞳には赤い虹彩が生まれていた。肌の色も青みを帯びた白色に変わり、まるで吸血鬼のようである。
しかも表情から刺々しさが消え、いくぶん若く見えるくらい──どこか穏やかな印象を与える顔つきになっていた。
「もしかするとあなたは『魔人』と呼ばれることになるかもしれませんよ」
レスティアはほっとしつつも、彼の変質について鏡を見せながら語った。
魔女王の魔力を流し込まれ、支配される直前までいった彼は、魔女王の力の影響を色濃く残す──魔人アイラスに似た、魔女と吸血鬼の合いの子のような存在に近いと説明する。
「そうか──ま、構わないさ。これで二人にも近い戦士になれるかもしれないからな」
窓から差し込む日の光を浴びながら、まぶしげに目をつむる。
「やけにまぶしく感じるぜ」
彼はそうつぶやいたが、あらゆる感覚が鋭くなっているのに気づくまで、まだ時間がかかりそうだ。
「シグナークくんには皇帝のほうからお呼びがかかっているらしいわよぉ。ゼシルレイラとレスティアにもねぇ」
そう言って手紙を取り出すイズアルベラ。
どうやら荒れ地の魔女たちが協力し、各地との情報伝達に手を貸していたらしい。
ヴェルカーリムがやるような鳥を使役しての手紙のやりとりで、帝都にいるシセリオンがルイルを通じてシグナークと、二人の剣の魔女の功績を皇帝に訴えたというのだ。
「やれやれ……帝都に行ったら吸血鬼だの魔人だのと嫌疑をかけられて、処刑されたりしないだろうな?」
シグナークの言葉にイズアルベラは首を横に振った。
「もしそんなことを誰かが言い出したらぁ、シセリオン様やル=イルフォーザ様が黙っていないわよぉ」
といったことを口にする。
「……ル=イルフォーザって誰だ?」
シグナークが目覚めると、まずは食事や風呂などの身支度をして、すっかり元気になったと思えたら帝都に向かうことになった。
彼が眠っていた数日のことについてレイラやイズアルベラが説明し、ついに話はシグナークが魔女王と戦ったときのことへと話が移っていた。
「皇帝の魔剣をつかんだとき、どんな感じがしたんですか?」
レイラは興味津々の様子でシグナークに尋ねる。
「どんな──……? 剣の魔法が感じられた気がして──そうだな。異質な力が流れ込むような感じだった」
そんな話をしながら彼らは馬車に乗り、帝都までの道をのんびりと進んで行く。帝都で謁見する皇帝について話したり、ルイル(ル=イルフォーザ)やシセリオンが、三人の働きに恩賞を与えるよう説得したことなどをイズアルベラから聞かされた。
「それにしても──外見だけでなく雰囲気というか、……話し方もなんだか少し変わってませんか?」
レスティアがシグナークから感じる違和感について尋ねる。
「そうか? ──そうかもしれない。なんだろうな、何か知らないが……いままで以上に、その──よくわからないんだが、感情とか感覚とかがはっきりと自分の物だという確信があるんだ」
「はあ……」と三人の魔女は生返事をして、彼の言葉の意味を探ろうとした。
「だからぁ、俺にもよくわからないんだ。いままでの自分を乗り越えて、これでよしと思えたというか。……もしかすると魔女王の魔力の影響で、頭がおかしくなりはじめているのかもしれないが」
彼はそうあっけらかんと言いながら、いままで見せたことのない、楽しそうな笑顔を見せる。
「冗談でもやめてください」
魔女王の影響で人格が変わるなど、洗脳されでもしているのかと少女は心配したのだ。
そういえばこんな品のない冗談を言う人だったろうかと、レイラもなんだか腑に落ちない感じで首をひねるのだった。
馬車はリシュバークの街を出てから帝都につくまで休まずに移動をつづけた。
夕暮れ前に帝都グランダイアスにつくと、イズアルベラは予約していた宿屋の前で馬車を止める。そこは高台の上にある建物のそば。
「お金は支払われているから安心していいわよぉ~あとぉ、戦士ギルドにも報告はしてあるからぁ、記帳する必要はないからねぇ」
そう言って彼女は馬車で城のほうに向かって行ってしまう。
取り残された三人が立っている前には、帝都の中でも最高級の宿屋があり、広い庭を備えた敷地を囲む壁と門が、彼らが来るのを待っていた。
「これは……高待遇ですね」レイラがつぶやく。
「そうだな。こんな宿屋があるなんて聞いたこともなかった」
シグナークの言葉にレスティアは無言で頷く。
開かれた門から中に入り、彼らは高級宿の建物の中に入って行く。
木製の大扉を開けながら、まるで貴族の屋敷のようだと三人は思っていた。
彼らは宿に入ると待ち構えていた接客係に、あれよあれよと言う間に部屋に案内され、姉妹とシグナーク三人のため二つの部屋へと通された。
一人部屋であるというのに広々とした間取りに驚かされたシグナークだったが、窓から一望できる街並みを見て、街と城が望める景色に感動を覚えていた。
(こんなふうに景色を見て感動するなんて、いつ以来だろうか)
彼はルディアステートとの戦いで死を覚悟した。それは彼が身体を乗っ取られかけたとき、即座に判断した──魔剣でおのれの体ごと魔女王を討つ、という決断をしたときのことだ。
彼は死を恐れると同時に、これこそが自分自身なのだという安堵も感じていた。
戦士として生き、戦士として死ぬ覚悟。
仲間のために。レスティアやゼシルレイラのために命をなげうつ覚悟。
それが自分には備わっているのだとはっきりと自覚したのだ。
それを自分自身に証明した出来事だった。
そのせいか彼の気持ちは楽になった。
ただ戦士としての理想ばかりをかかげて、いざとなったら覚悟ができずに躊躇うのではないかといった不安。その不安を一撃で払拭する行動がとれたのだから。
彼はその覚悟を忘れない。
そしてその覚悟を持ちつづけ、これからの人生を生きていこうとしたときに、いままでのようにただ厳しい訓練を重ねるだけの人生は止めようとも思った。
もっと気楽に楽しく。そうした生き方をしつつ、ときに厳しい訓練をおこない、覚悟をもって戦いに臨む。
克己な戦士の生き方だけでない──愉楽や、仲間と共に生きることによろこびを感じるような気持ちも大切なものだと悟った。
でないと死を間際にして後悔が残るのではないかと、あの一瞬で──わずかだが、そうした切なさを感じていた彼であった。
その感覚が、彼の気持ちや態度に変化をもたらしたのだろう。
死を体験し彼は、はじめて生のよろこびを知った気がした。
シグナークは故郷に蔓延していた安全な暮らしという幻想を捨て、旅と冒険を求めて故郷を離れたが、そうした「軟弱」とも言える考えがあることにも理解を感じはじめた。
戦いの中で磨耗する感覚や感情。
それをそのまま放置していては、やがて心はすり切れてしまう。
レスティアが甘いお菓子をこよなく愛するように、レイラが旅の中で多くの人と出会い、いろいろな経験をしているように。彼にも戦い以外のものに対する想いを持つという、ゆとりが必要なのだと感じはじめていた。
死の瞬間。
彼の心に去来したのは「寂しさ」だったのかもしれない。
このまま消えてしまうとしたら、彼の人生はどのようなものだと人に語られるのだろう?
あの一瞬で──死の中へと消えていこうとする自分を振り返ると、彼には尊敬する人や、頼れる仲間の顔が浮かんだのだ。
シグナークはまだ死ぬわけにはいかないと強く思った。断固として死を拒絶しようと考えた。
まだまだレスティアやレイラにもおよばない自分の技量を高める機会があるはずだ。
戦士としての目標をさらに更新する気持ちが、死を前にした彼の中に生まれた。
まだ彼の戦士としての道ははじまったばかりなのだから。
彼は帝都の街並みを見ながら、この光景を忘れまいと心に誓った。
新たな決意を胸に──




