”魔神”ルディアステート
いよいよクライマックス。
「皇帝の魔剣」の秘密が明らかに……
2023年もよろしくお願いいたします。
醜い亡者のようであった魔女王はいまや、不気味な半人半魔の化け物となり、強大な魔力を持つ存在になってシグナークたちの前に立っていた。
金属質の肌をしたそれは、もはや人でも魔女でもない。──魔神の眷属そのものだ。
「配下のアイラスを吸収して回復したか……!」
おぞましい黒い触手を背中から生やし、左目に空いた眼窩も復活していた。黄色い右の眼球と真紅に輝く左の眼球。
灰色だった肌は白い色の中に赤や青の筋を流し、痩せ細っていた身体も復元されているようだ。
しかしその腕から先は獣じみた鱗や爪が生え、爬虫類のような見た目をしている。
背中から垂れ下がった触手の先に尖った刃に似た物が不気味な光を反射する。
白髪の隙間から敵を見るその目は、人間とは思えぬ光を宿し、長い狂気──または悪夢にさいなまれた狂女のようだった。
「ふゥぃるどぅェイぁるどゥがりぅゥ……」
魔女王が謎の呪文の詠唱をはじめると、女神官を含めた五人が防御の構えをとる。
「う゛ぁァらァーすェァーぃィるでィぉォ!」
いくつかの発音が重なる呪文を用いて魔法を放ってきた魔女王。
手を薙ぐようにして攻撃する。
遅れて「どぅんっ」と空気が震撼するような音が響き、魔女王の前に立ちはだかっていた五人が吹き飛ばされた。
魔女王は魔神の力を行使する呪文を唱え、通常の魔法とは違う強力な──次元の異なる魔法を放ってきた。
ルイルを庇おうとしたグエンが吹き飛ばされ、石塔に叩きつけられて倒れ込む。
「ぐっ、グエン!」
戦士に押されて倒された少年は魔法の影響を受けなかったようだ。
レスティアやシグナークは吹き飛ばされたものの、なんとか自力で立ち上がる。
「ぐラすふぅぁーべぜるガゥす……」
魔女王はさらに彼らに向かって行きながら次の魔法を使おうとしている。──シグナークが魔女王に斬りかかり、呪文の詠唱を妨害しようとした。
「フゥンッ!」
遠心力を使っての斜めに斬り落とす斬撃。
刃が魔女王の首元を狙って振り下ろされたが、触手が剣の刃を受け止め、鈍い音を立てた。
「がラとぅゥあぅィスめざンテぃン!」
手を突き出してシグナークの正面から攻撃魔法を放つ。
黒い闇の波動が撃ち出され、籠手と剣で防御の構えをとったが、彼は無数の衝撃を打ち込まれて後方へ吹き飛ばされた。
その体からは血が吹き出し、彼は石畳に倒れ込んで動かなくなってしまう。
「シグナークっ!」
レスティアと女神官が彼に駆け寄り、神官はすぐに治癒魔法をかけたが──彼の意識は戻らない。かなりの深手を負ったらしく、表面上の傷口はふさがっても、骨や内臓に受けた損傷は簡単には治らなかった。
魔女王ルディアステートは悠々と歩を進め、ルイルもまた魔女王に斬りかかったが、ルディアステートの触手が彼を殴りつけて打ち倒してしまう。
魔女王をはばむ者がいなくなると、異形の魔女は建国記念碑の前まで歩き、結界に手を伸ばしてその障壁をあっさりと打ち砕いてしまう。
「いけない……!」
レスティアは動こうとした。
魔女王のあとを追いかけ、その背中に攻撃を加えようと考えたが、立ち上がり歩を進めた少女は急に動けなくなった。
少女の影に棘が突き刺さり、それが少女に呪縛をかけたのだ。
魔女王の触手から放たれた鋭い鏃のような物が、彼女に身動きをとらせない。
魔女王は石塔に手をかけ、石を砕いてその中に封じられている物を取り出そうとした。──ところが。
封印の中にあった物は──一振りの剣だった。
魔女王に関わりのある物だとばかり思っていたのに、それはレスティアにもルイルにも予想外の物だった。
それは魔女王にとっても想定外だったようで、彼女はその剣を前にして急に体を小刻みに震わせた。
その剣こそ魔女王を討ち取った剣であり、そして魔女王の力を封印した魔剣だったのだ。
六百年前に倒された魔女王ルディアステートの力を封印した魔剣。
それこそ皇帝が持っていた二振りの魔剣の一本。
強力な力を秘める魔剣の一つは、魔女王ルディアステートの魔力を封じた剣だったのである。
「ぅうぅゥウううガアァぁあアァぁァッ!」
魔女王はなぜか潜在的な恐怖を魔剣から感じ、剣を手にするのを躊躇うしぐさをした。
それこそ光の魔女セルラーシェスが仕掛けた罠だった。
魔剣にかけられた力は魔女王の魔力を封じるだけでなく、それを奪いに来る魔女王が恐怖を感じるような魔術をかけてあったのだ。
自らの半身を貫いた記憶が残る魔剣からは、彼女を再び苦しめるという忌まわしい呪いが込められており、それを前にしたルディアステートは、セルラーシェスの思惑どおり魔剣を手にするのを恐れたのだった。
「足下の棘を抜いてっ」
レスティアが女神官に声をかける。
シグナークを治癒した神官の少女が彼女の影に刺さった棘を引き抜くと、レスティアは自由を取り戻した。
ルイルも体の痛みをこらえて立ち上がり、すばやい動きで駆け出す。
レスティアが幅広剣を手に魔女王に接近すると、光の力が宿った剣で背後から斬りつけた。
「ぉおおオォぉおッ⁉」
魔女王から異様な声がもれ出る。
二本の触手が斬り落とされ、魔女王は振り向きざまに斬撃を撃ち出し、少女を斬り裂こうとしたが、その攻撃をレスティアはあっさりと回避した。
「そんなもの、当たりませんよ!」
しゃがんでさらに低い姿勢から体を回転させて剣を薙ぎ払う。
ルディアステートはその攻撃を後方に跳んで躱した。
「よしっ!」
ルイルは石塔に駆け寄ると、石塔の中に納められた魔剣を手にする。
「おのれぇえェッ」
魔女王が憤怒の声を発する。
ぶすぶすと背中から煙を上げている魔女王。
どうやら女神官のかけた魔法「神霊刃」の効果がかなり有効であったようだ。
さらに背中の触手が魔女王の物理的防御力を高めていたらしい。この気味の悪い触手が魔女王の周囲に闇の保護膜のような物を張り、外部からの攻撃を緩和していたのだ。
「背中の触手を斬り落として!」
女神官がそのことに気づき、戦士たちに呼びかけたのである。
ルイルが魔剣を手にすると、その魔剣から伝わってくる力が彼を強化し、膂力に力がみなぎるのを感じた。
まだ回復している最中のシグナークが意識を取り戻すと、彼はすぐに戦闘に加わろうと立ち上がる。苦痛に耐えながらもその手には、しっかりと剣が握りしめられていた。
「まだ動いてはいけません! あなたの損傷は骨にまで影響しているのですよ」
女神官の警告に彼は、苦痛を感じているとはみじんも思わせない表情で「大丈夫だ」と強がる。
魔女王は自身の力の半分を封印する魔剣を手にするルイルを睨みつけ、背中から生えた黒い三本の触手をわなわなと震わせていた。
「おのれ……おのれぇえぇェッ!」
ルイルと魔女王が同時に動いた。
魔法で作り出した暗紫色の刃を振って少年を斬りつけるルディアステート。
ルイルはそれをあっさりと魔剣で斬り裂き、魔力で形作られた剣を打ち消す。
「ぉおおおぉぉっ‼」
踏み込んでの渾身の一撃。
魔剣から魔力を有した斬撃が飛び、後方へ下がった魔女王の胸元を引き裂く。
「ぐぅィァアぁァッ!」
苦痛の叫びをあげた相手に背後から迫り、レスティアが容赦のない連続攻撃を繰り出す。
背中に生えた黒い触手は魔女王とは違う意識を持っているようで、少女の攻撃を的確に躱したり、弾き返したりする。
レスティアの攻撃で切断されたのは一本の触手だけだったが、後ろからの攻撃を受けて傷ついたルディアステートが振り向こうとした瞬間。
シグナークは怪我をものともせずに魔女王に肉薄し、斜め後方から力を込めた振り下ろしからの、鋭い連続攻撃で魔女王の背中と触手を斬り裂く。
「ごあァアぁアァッ!」
恐ろしいことに怪我を押して戦闘に加わったシグナークの動きは、かつてないほど速く、そして複数の戦技を連続で放つという、途方もない技の嵐をみまったのだ。
振り下ろされた剣が踏み込んだ足を軸にして強引に軌道を変え、大きく横に薙ぎ払われた刃が敵の背中を連続で斬りつけ、さらに剣先をねじり込むように打たれた突きが、背中の中心部を鋭くえぐった。
その強烈な連続攻撃が、背中から生えていた触手をすべて斬り裂いて消滅させる。
背中から大きく出血し、ズタズタになった背中を庇うように手を回すと、魔女王は背中の傷を治癒させる。
「ぅうゥウぁあァぁあァっ」
かなりの傷を負ったのは間違いない。
うめき声に力もなくだらりと下げられた腕。
背中から赤黒い血がだらだらとこぼれ落ちた。
前かがみになった体勢からシグナークを睨みつける魔女王。
「おまえの相手はこっちだ!」
ルイル少年がそう言いながら魔女王に挑みかかった。魔法を使おうとシグナークに手を向けた瞬間のことだった。
魔女王の放った魔法を剣で防御したシグナークだったが、強力な衝撃を受け止めた剣は真ん中から折れてしまった。
その伸ばした腕をさらに少年に向けようとしたルディアステート。
だが少年の振り下ろした攻撃が速く、その鋭い一撃が防御を失った魔女王に繰り出された。
「ぐああぁァアアあぁァッ‼」
魔剣によって腕を斬り落とされた魔女王から絶叫があがる。
さらにルイルは魔女王の胴体も斬りつけ、ルディアステートはうめきながら後退した。
レスティアも追撃しようと異形の魔女に迫った。
「おォオあぁあぁアァッ!」
体から黒い魔力を噴出させるみたいに反撃し、近寄って来たレスティアもろともルイルも吹き飛ばす。
強力な衝撃波を受けた二人は弾き飛ばされ、ルイル少年は握っていた剣を落としてしまう。
次話で七章の最後となります。
シグナークに絶望的な状況が降りかかる……!
❇ひらがなとカタカナの混じる呪文を唱える魔女王について。
「魔女王は魔神の力を行使する呪文を唱え~」という一文を追記しました。




