魔人アイラスと魔女王ルディアステート
「星霊障壁!」
第四位階の強力な魔法障壁を張る女神官。
「魔力装甲!」
つづけて魔法使いたちが前衛の兵士や戦士に防御魔法を張る。
幻霊は呪文の詠唱を終え、攻撃魔法を放ってきた。
『「恐怖」』
幻霊が放った魔法は神官の強力な障壁にはばまれて効力を失った。
『「影胤霊血染」』
別の幻霊が強力な闇の魔法を放つと、影が地面に広がり、そこから真っ赤な鮮血が噴き出して、兵士らに鋭い槍や剣となって襲いかかる。
魔法障壁である程度は防げたが、おぞましい闇の攻撃魔法にたじろぐ戦士たち。
屋根の上にいた人型の魔物が地上に飛び降りて来た。──それは人狼のようだった。
身体を影のように黒い毛でおおわれた二足歩行する獣。
指先から伸びた鋭い爪をこすり合わせ、キシキシと音を立ててじりじりと迫って来る。
「神威の光、我が前に示せ、不浄なる悪霊を討ち滅ぼし、災いを断ち切る、神威の刃『神霊刃()ウルガリス』!」
神官が戦士たちの手にする武器に光の刃をまとわせた。
幻霊にも通用する強力な力を付与された戦士たちが、敵に立ち向かって行く。
武器に光を宿す戦士や兵士が迫ると、黒い毛を生やした狼男たちが彼らの前に立ちはだかる。
街の入り口と石塔の建つ環状交差点で、それぞれの戦いがはじまった。
シグナークやルイルたちは後方から周囲を見張っている。前線への戦いには参加せず、目標が隠れひそんでいる場所を捜すことに集中する。
シグナークは羅針盤を確認しているが、それが役に立たないのを知ると、胸の物入れにしまい込む。
「駄目だ、羅針盤は役に立たん。周囲にいる人狼や幻霊にも反応してしまうらしい」
つまり幻霊も人狼も、魔女王に関係する力を与えられた存在であるということだ。
彼らの前方では兵士たちが懸命に戦い、なんとか人狼や幻霊の攻撃を退け、倒している。
兵士たちは見事な隊列を崩さずに人狼のすばやい攻撃をことごとく受け止め、反撃に徹して二体目を倒した。
冒険者や自由戦士たちもさすがの実力を見せつけ、幻霊の攻撃魔法を防いだり回避しながら、確実に一体一体を駆逐していく。
だが門前での防御陣形を突破したゴブリンや人喰鬼などが、中央に向かって突撃してくるのが見えた。暗闇の中を駆け寄って来る群れに対して第二陣の防衛隊が襲いかかり、なんとか足止めしている。
「どこだ……っ!」
ルイルやシグナーク。レスティアにゼシルレイラは近くに来ているはずの目標を捜す。
どこだ、どこだと暗闇に目をこらしながら。
人狼や幻霊が倒されたとき、上空から大きな翼の羽ばたきが聞こえてきた。
ばさっ、ばさっと──巨大な布が暴風になぶられているみたいに。
「ギョァアァアッ!」
奇怪な叫び声が空から聞こえた。
翼を持つ魔物が旋回し、建物のあいだにある通りに着地する。
大きな蝙蝠の翼を折りたたみながら──どすん、どすんと石畳の道を歩む怪物。
大きな顔の上半分が男の顔。下半分が獣の口とあごを持つ怪物。裂けた口には獰猛な獣の牙が並び、犬に似た鼻先の伸びたあごを持つ。
身体は獅子か虎であり、強靭な前足と後ろ足には鋭い鉤爪がついている。
翼の皮膜のかげから揺れうごめく尻尾が見え、それは太い首を持った大蛇になっていた。
奇怪な姿の合成獣の背中にまたがっていた人影が魔獣の横に降り立つ。
「こいつが魔人アイラス……!」
灰色にくすんだ長い髪を持ち、赤い色の虚ろな目をした古き魔女。そいつの見た目はぼろぼろの肌をした不死者のごとき姿。
筋肉が肥大した肩や腕は怪物じみた感じを増幅させる。その腕は女の腕でも男の腕でもない。人間の腕ですらない。完全に化け物の腕だ。
爪は鋭く、猛獣の爪のように伸び、腕には魔力の流れを表す青紫色の紋様が浮かび上がっている。
その青い筋が首から頬をとおって、額にまで這っていた。
「ぅうぅゥォぁあァアぁァ……」
魔人となった魔女は不気味なうめき声をあげて周囲の人間を見回すと、ぐっと力を込めるように腰を落とした。
「ぉおおォオあああァアアッ!」
魔女が声を張り上げると、となりにいた魔獣も大きな咆哮をあげて戦士に襲いかかって行く。
巨大な魔獣は前足で兵士らを殴りつけると、一撃で彼らを建物の壁際にまで弾き飛ばしてしまった。
盾や鎧──さらには防御魔法までかかっているのに、その一撃でうずくまってしまうほどの威力。
さらには尻尾の大蛇は毒霧を吐き出し、近寄る者を弱らせていく。
シグナークは兵士たちを避けて突進して来るアイラスの前に立ちふさがる。
レスティアとレイラがその左右に回り込んで攻撃を加える。すばやい連続攻撃が魔人の身体をとらえたが、ぐっと両腕に力を込めた防御姿勢を打ち破れない。
「かっ、固い!」
連続突きを繰り出したレイラが後方に飛び退きながら言った。
彼女の攻撃は腕や肩を攻撃したが、ぼろぼろと朽ちて見える皮膚をはがしても、その下にある魔力の筋が浮く肉の壁にはばまれてしまう。
ぶうんと大きく振るった腕に剣が弾かれる。
レスティアの剣は魔人の腕に傷をつけたが、骨にまで達するような深い損害にはならなかった。
二人の攻撃を物ともせずに突進して来る相手に、シグナークが前に一歩踏み出しながら豪快に剛斬剣を打ち下ろした。
「ゴギィンッ!」
固い音が夜の街に響く。
なんとアイラスは片手でシグナークの攻撃を受け止め、ぎろりと真紅の瞳で睨みつけると、腕を振り回して攻撃してきた。
「グワアァァッ!」
ぶんっ、ぶうんっと振り回された腕を回避する。
魔人を三人で囲み、弱点はないかと攻撃をつづける三人。
グエンは兵士たちが劣勢なのを見かねたルイルの指示を受け、魔獣との戦いに参加している。
ルイルとシアメスは魔人アイラスに立ち向かった。
魔女王ルディアステートの姿がないことを不審に思いながら、彼は鋭い攻撃でアイラスの腹部や腕を連続で斬りつける。
シアメスも少年の攻撃に合わせて短剣で斬りつけたが、思ったような効果が得られなかった。
二人の攻撃も不発に終わり、いよいよこの異質な存在について奇妙なものを感じはじめた。
「防御魔法か⁉」
シグナークはうなるように言う。
確かに身体に浮かび上がる紋様は魔法の──魔力回路の存在を表しているようだ。
レスティアの攻撃やシグナークの戦技を受けても、ほとんど傷をつけることができない魔人の身体。
「おかしい、いくらなんでも不自然よ。気をつけて!」
レイラが張り詰めた声をあげる。
攻撃してきたアイラスの腕を避けたとき、急に魔人の足下から攻撃が放たれた。
そばにいたレイラとシアメスが影から突き出てきた黒い触手に打たれ、その衝撃で後方に吹き飛ばされる。
不気味な赤紫色の光をまとう触手が影の中へと姿を消した。
「姉さん!」
レイラもシアメスもなんとか後方に跳びながら身体を守ったが、重い一撃を受けて倒れ込んでしまう。
アイラスの足下の影がずるずると伸び、今度は影の中から漆黒の塊が立ち上がった。──それは人型をとって魔人アイラスの横に並んで立ったのだ。
「まさか──こいつが、魔女王ルディアステート⁉」
影の中から現れたのは灰色の不気味な姿。
かろうじて女の顔をしたそれは、気味の悪い虚ろな表情と黄色に光る眼球と、黒い穴を持つ眼窩で周囲の者を見つめている。
長いぼさぼさの白髪と、ぼろぼろと崩れた灰色の皮膚。
身体は痩せ細り、その姿は骨と皮といった感じの亡者を思わせた。
しかし──その身体には青や紫や赤色の呪文が浮かび上がり、だらりと腕を下げて前かがみになった身体から暗紫色の極光気が立ち上る。
背中から刃に似た物を持つ五本の触手が生えて、それがうねうねと蠢く。
威圧的な気配を放ち、強大な魔力の渦が魔女王の周囲を取り巻き、この化け物を守っているのだ。
「なるほど……魔女王の──魔神の力でアイラスは守られていたわけだ」
しかしこの二つが離れたいま、魔人アイラスは防具を身に着けていないのと同じだ。いまなら魔人に傷をつけられるかもしれない。──シグナークはそう考えてちらりとルイルを見た。
離れた場所では合成獣と戦士たちの戦いが終結しようとしていた。兵士らの多くは毒を受けて壁際に退避している。数人の神官が毒を治癒しつつ、傷ついた者たちも癒している。
合成獣にとどめを刺したのはグエンだった。
彼も毒を浴び、かなりの傷を負っていたが、たった一人で大きな獣に立ち向かい、この危険な魔獣を打ち倒したのだ。
鋭い薙ぎ払いからの縦斬り──戦技「十字斬」がきれいに決まった。
横薙ぎの攻撃で怯んだ相手に踏み込んで、豪快な縦斬りが頭部に叩き込まれると、人と犬の部分を持つ顔が石の道路に沈み込んだ。
魔獣が倒されたのを確認すると一人の女神官が彼に近づき、毒と傷を癒すために治癒魔法を使用する。──ゆっくり、ゆっくりと治癒の効果が現れたころに、ルイルとシグナーク、レスティアの三人にグエンも加わり、魔人と魔女王に攻撃を開始した。




