街への帰還
遺跡に静寂が戻るとシグナークとレスティアは、倒された四人の冒険者を介抱することにした。三人はなんとか動けるくらいにまで回復したが、腹部を殴られ肋骨が内臓に刺さったらしい冒険者は、すでに息を引き取っていた。
レスティアは冒険者の介抱を終えると、倒した人喰鬼の牙と爪をはぎ取り、首からぶら下げられた人骨の首飾りを拾うと、髑髏と髑髏のあいだに挟まれた──金と銀の腕輪だけを戦利品として持ち帰ることにした。
シグナークが冒険者らに回復薬を与えているところへ近づき、気を失った女冒険者が目覚めたのを知ると、仲間二人の回復をするよう言って、街に戻ることを同行者に提案する。
「そうだな、もう充分だろう。戻るとしよう」
彼はそう言うと四人組……いまは三人組だが、彼らが死体を担いでついて来るのを待ち、遺跡の通路を出口に向かって進みはじめる。
帰り道は来たときよりも長くかかってしまった。足の遅い同行者を守りながら進んでいたので当たり前だが、彼らは仲間を失って意気消沈し、己の怪我も相まって道の途中で倒れてしまいそうなほど疲弊していた。
だがそれも自業自得なのだ。予想していなかった人喰鬼との遭遇があったとしても、生き延びるために最善の行動を取らなければならない。──あるいは自らの実力以上のことをしようとさえしなければ、彼らが仲間を失うこともなかっただろう。
彼らは二人が鋼階級であり、死亡した者と女は青銅階級の冒険者であった。人喰鬼の討伐依頼が許可されるのは最低でも鋼階級からだが、場所によっては魔法銀の冒険者が送られることの方が多いのが実情だ。人喰鬼はそれほど危険な相手であるのだ。
シグナークもこの四名に対して、ギルド規定の範囲──傷つき倒れた同胞に対し与える恩顧は自らに返るもの──とする考え方に従っただけであり、彼らにそれ以上の同情を寄せるものではなかった。
レスティアのほうは彼よりもはっきりと、「実力不足」の冒険者に対する否定的な感情を持っている様子だった。
街への帰路の途中で遭遇した甲殻蟻二体を相手に一人で立ち向かって行き、彼女の二倍はあろうかという巨体を持つ蟻の脚すべてを切断して、道に転がしたのだ。
堅い甲殻に包まれた甲殻蟻をいともたやすく解体した手腕は、手練れと言って良い正確さで関節を切断し、胴体だけになった二体の蟻がギィギィと不快な音を立てて鳴きつづけているのを、少女は横から蹴り飛ばして──崖の下へ突き落としたのだ。
斜面を転がって行ったあとに断崖を落下した大きな蟻は地面に叩きつけられて、周囲の断崖に鈍い音を響かせた。崖の下は雨が降れば川になる裂け目がつづいているが、ここ最近は晴れつづきだったので、むき出しの地面があるだけだった。
弱り切った三人の冒険者にとっても普段なら、二体の甲殻蟻を恐れはしなかっただろうが、いまは仲間の死体を運ぶのに精一杯で、崖に突き落とされた蟻のように、死体となったかつての仲間を置き去りにしたいという気持ちと戦いつづけている。彼らの足元には切断された蟻の大きな脚が散らばっていた。街への道はまだ長くつづいているのだ。