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剣の魔女と英雄志願  作者: 荒野ヒロ
第七章 過去から未来へ息づく邪悪

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魔女王について、イズアルベラの見解

 翌朝──エイデルニッツの上空は、やや曇り空。

 灰色の薄雲からたまに、日の光が街に降りそそがれる。

 朝食を食べながらレスティアは、じろじろとシグナークの様子をうかがっていた。

「なんだ?」

 仲間のなじるような視線を感じ、シグナークはレスティアに声をかける。

「いえ、なんでもありません」

 少女はそう言ったが、何やら浮かぬ表情で今度は姉に視線を送り出す。──レイラはその少女の視線を無視し、馬車の手配をしてきますと言って、早々に宿屋をあとにした。


 ゼシルレイラの用意した馬車はすぐに街を出るとのことで、身支度を済ませると急いで停留所へ向かった。

 馬車に乗るとそこには冒険者が彼らのほかに二人。残りの乗客は市民であるようだ。

 馬車が進みはじめると「帝国の道」を通って一気に南下し、ファーレオン帝国内に馬車を進めた。曇り気味だった空はだんだんと白い雲が浮かぶ、晴れ空の下を進むようになっていた。

 ルーンアベリス領での移動は快調で、オルンタスクの町を通過し、リシュバークの近くを通って進みつづけ。馬車は皇帝領にまで移動をつづけた。


 三人がベンデアキルスの街に着いたころに夕暮れが迫り、この街で一泊することになる。

 空の一部にかかる雲が朱色に染まる幻想的な色味を帯びて、夕日は遠くの空に沈んで行く。

 街の上には藍色あいいろの空に星が浮かびはじめ、道沿いにある店先に明かりがともされはじめた。


 戦士ギルドに行き名簿に記すと、三人は宿屋で体を休めるのだった。──もちろんシグナークは鍛練の時間を取り、暗い中で簡単な訓練をおこなっていたが。

 そうして宿屋に戻って二階の部屋に向かうと、階段のところでレスティアがしゃがみ込んでいた。


「どうした?」

「──ねこです」

 床にごろんと転がった宿屋の飼い猫。

 それはやたらと人なつっこく、レスティアがもしゃもしゃとおなかを撫でても嫌がらず、目を閉じてされるがままに撫でられ、ときたま尻尾の先を軽く動かしている。


「少し太りすぎじゃないか?」

 ふっくらとした猫を撫でながら「そうでしょうか」と少女は自分の二の腕の肉をつまむ。

「おまえさんのことじゃぁない」

 シグナークは少女のとぼけた言葉にわざと大仰な受け答えをしてみせ、部屋へと戻って行った。


 この宿には浴場があるので、彼は部屋から着替えなどを手にすると一階へと向かう。

 階段の手前にはまだレスティアの姿があり、猫は少々この少女の相手に疲れたらしく、シグナークが一階へと降りるのについて行ってしまう。

「おやすみなさい」

 少女はシグナークに言ったのか、猫に言ったのか。ともかく一階に向かって行く一人と一匹に声をかけた。

 夜になった猫は指定の場所へ向かい、そこで寝ずの番をするつもりらしい。裏口のほうへと歩き去ってしまった。


 * * * * *


 朝になって朝食を食べると、三人は急いで旅の支度をし、馬車の停留所に向かう。

 帝都グランダイアスまで三時間程度で着くはずだ。

 馬車に揺られブルナクーシアの街まで来ると客を降ろし、新たな客を乗せて帝都まで馬車は街道を走って行く。


「もうすぐですね」

「あと二時間くらいはかかるだろう」

「いままでに比べれば、確実に帝都に近づいているじゃないですか」

 そうだなと返事をしながら、シグナークはこの旅の結末について考えていた。──魔女イズアルベラに魔女王の首飾りを調べてもらい、敵に近づくためのなんらかの情報が手に入れられることを期待しているが、どうも不安がつのる。


 帝国に到達するまでの紆余曲折のことを思い出してみても、今回の魔女王ルディアステートと魔人アイラスの件は間違いなく、不可思議な力が妨害しているようにシグナークには思われた。

 それはレスティアやゼシルレイラも同じ印象を抱いている様子で、馬車に乗って帝国領内に入るまで、かなり神経質に周囲を警戒していた。

 首飾りを手に入れた直後に幻霊に襲われ、身体を乗っ取られた者がいるのだ。これが魔女の呪いや何かでなくていったいなんだというのだ。

 シグナークは数百年前に存在したという魔女王について想いをはせ──馬車の揺れを感じながら、ゆっくりと目を閉じた。




 遠くから誰かが呼ぶ声が聞こえる。シグナークはそう思っていたが、呆然と立ち尽くしていた。

 彼は自分が暗闇に取り囲まれ、数十センチ先も見わたせない状態に取り残されてしまっていた。彼は自分が闇の中に置き去りにされたのではないか、という不安に──もがくように手を伸ばしながら闇の中を歩く。




 そのとき、腹部に強い衝撃が走った。

「おぐっ」

 彼はうめき声を上げながら目覚めた。

 馬車は止まっており、彼はいま見たものが夢だったとはじめて気がつき、安堵あんどしながらも、あまりに現実的な感覚を残していた暗闇の記憶にぞっとしつつ──腹を撫でる。

「もう少し優しく起こしてくれないか」

 シグナークは不平を口にした。

「何度呼びかけても目を覚まさないからじゃないですか。それに声をかけたら何か苦しそうだったので、早く起こしたほうがいいんじゃないかと」

 レスティアがシグナークの腹を強めに叩き、彼を起こしたのだ。


 少女は荷物を手にしながら「早く降りてください」と文句を言う。

 彼は腹を押さえながら、よろよろとした足取りで馬車を降りた。

 馬車の外に出ると日差しがまぶしく、彼は目を細めて周囲を見回す。

 小さな停留所のあるその場所は、帝都グランダイアスの中だった。

「レイラはどうした」

「姉さんは戦士ギルドに記帳しに行っています」

 急ぎましょうと少女は言って城に向かって歩き出す。

 シグナークは眠気を感じながらも少女のあとをついて行く。

 街道沿いを歩いていると、道の先にある建物からレイラが出て来て、レスティアを見つけると小走りに近づいて来る。

「行きましょう」

 三人はこうして城にある宮廷魔導師エンデの研究施設に向かったのだった。


 城での手つづきはすぐに終わった。

 イズアルベラのことを説明すると、門番は簡単に三人を通してくれたのだ。

 門番にシグナークが来ることを告げていたのだろう。

 城の中に入ると三人は城とは別にある別館まで歩いて行き、建物に入ると二階へと上がって行った。


「ここまで来てなんですが」と、レスティアが階段を上がりながらしゃべりはじめる。

「イズアルベラと会うのはシグナークさんと姉さんだけでよくないですか? 私、あの女──苦手なんですよね」

「そんなことを言うな。魔法の師匠なんだろう」

 シグナークが静かに叱りつける。

「そうよ。あなた、どれだけ世話になったと思ってるの。──自重しなさい」

 ええ──、と嫌そうな顔をする少女を無視し、二人は二階へと上がった。

「それに一緒にイズアルベラの話を聞いたほうがいいだろ。あとで俺たちが説明するよりも手っ取り早い」

 少女はしぶしぶといった感じで二人に従った。




 一番奥にある灰色のドアの前に行くと、シグナークがドアを叩く。

「はぁ──い」と間延びした女の声。

 ドアを開けると、室内にはイズアルベラが待っていて、開いた窓枠には一羽の大きな猛禽類もうきんるいが目をつむって居座っている。

 その全身白い羽を持った鷹は、シグナークらをちらりと見ると羽繕はねづくろいをはじめた。


「あら~、遅かったわねぇ。心配したのよぉ」

 イズアルベラは三人に椅子に座るよう声をかける。

「久しぶりねぇ、ゼシルレイラ。──なんだかちょっとだけ大人びたみたいねぇ」

「あなたは──あまり変わりないようですね」

「ええ~?」

 レスティアはすたすたと歩いて一人用の椅子に腰かけ、窓枠にいる白鷹を見つめた。

「その鷹は──もしかすると、ヴェルカーリムの使い魔ですか?」

「ええ」


 シグナークとレイラが長椅子に着くと、窓枠にいた鷹が机の上に飛び移る。カリカリと机を引っかく音を立て、羽を広げてばさばさと羽ばたく。

「あなたたちが戻って来るというのでぇ、こっちに鷹をよこしたみたい。鷹はしゃべれないけれどぉ、ここで見聞きしたことはヴェルカーリムに伝わるわぁ」

 それでは報告を聞きましょう──と、イズアルベラが言った。




 三人は羅針盤を返し、それと同時に洞窟内で発見した魔女王の物と思われる首飾りと、吸血鬼の灰を差し出した。

「この首飾りに羅針盤が反応していました。たぶん間違いないでしょう。しかし──なぜ、首飾りから魔神の反応があり、これがその場に落ちていたかはわからない」

 シグナークはそう説明しながらイズアルベラになら、なぜ首飾りが落ちていたのかわかるかもしれないと聞いたことを話す。


「『残留思念解読』ですね。まあ、やってみましょうか」

 急にきりっとした感じになり、テーブルに置かれた灰と首飾りに手を当てるイズアルベラ。

「んんん……?」

 彼女は迷っているようだった。

 首飾りだけを試し。

 吸血鬼の灰だけを試す。

「なるほど────」

 ふぅ、とため息をつき、彼女は首飾りを指さした。


「この首飾りには、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()らしいですね。おそらく──この首飾りは、ルディアステートの魂の半分。力の半分が残されていたのねぇ」

 イズアルベラの言葉を聞いた三人は黙り込んでしまった。

「つまり……?」

「魔女王はこの首飾りから復活し、すでにどこかにひそんでいるということ」

魔人アイラスの仕業と思っていたが、魔女王は復活していた。

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