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剣の魔女と英雄志願  作者: 荒野ヒロ
第七章 過去から未来へ息づく邪悪

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帝都へ戻る三人。それぞれの想い

更新再開。待っていてくれた読者様に感謝!

第七章「過去から未来へ息づく邪悪」開幕です。

この章でこの物語の決着がつきますが、エピローグ的な第八章も投稿する予定。

お楽しみに~

 三人は帝国へと戻る旅をつづけていた。

 彼らはガレンツァールからヴィンツァーバルドを抜け、ブラスゴート国に入るだけで──かなりの時間を費やすことになった。

 八月も終わりが近づき、太陽の暑い日差しを浴びながら、森の中にある細い道を通ったり。途中に寄った村でゴブリンどもの襲撃を受け、それを排除したりしながら──彼らは南に向かって進む。

 本来なら一週間もかからずに帝国領内に戻っているはずだったが、十日以上かかっても彼らはまだ帝国に入れてすらいない。


「……まったく、どれだけ時間がかかるんですか」

 ブラスゴート国の北側に位置するラツィスカに辿り着いたのは、九月に入ったころだった。

 その日は山脈から吹き下ろす風が涼しく、日陰で馬車を待ちながらレスティアとゼシルレイラの姉妹に挟まれていたシグナーク。

「まだ馬車は来ませんか」と不満を口にするレスティアに対し、姉は黙ったままでいる。

 二人の美少女に挟まれたまま男は何やら考えごとをしているようで、真剣な表情のまま身動きしない。


 道の向こうからほろをかぶせた馬車がやって来た。

 三人は停留所から馬車に乗り、帝国へ向けて南下を再開する。

 馬車に乗り込むと三人は、ほか数名の乗客と共に席に座った。木製の──固い座席。

 ブラスゴートの中心都市エイデルニッツまで向かう馬車。ガラゴロガラゴロと車輪が音を立てて進む。

「背中もお尻も痛くなりそうですね」

 レスティアがげんなりと口にした。

「そうだな」

 シグナークは上の空という感じで少女にこたえる。


 彼の様子がおかしいことには二人も気がついていた。

 それとなく、思い悩んでいることがあるのなら話してほしいと訴えたが、彼がはっきりとした答えを口のすることはなかった。


 シグナークは焦っていたのかもしれない。

 いまさらながら、魔女王ルディアステートの力の強大さに思い至ったのだ。

 考えてみれば──ここにいる二人。彼女らの祖先を作り出したのが、その魔女王なのである。

 強大な力を有する「剣の魔女」である二人。それは魔神の力をそそぎ込まれた魔女。

 強大な魔力だけでなく、その力も技量も並はずれた二人。それと同じか、それ以上の存在である魔人アイラスという魔女王の腹心。

 それと戦うことになるかもしれないのだ。

 彼の心は闘争心と恐怖が沸き起こり、嵐を呼ぶ雲のように渦巻いていた。


 馬車に揺られながら三人はエイデルニッツまでやって来た。

 夕方をすぎたころにやっと、都市の停留所に馬車は辿り着いたのである。

「今日はここで休みましょうか」

「えぇ? 早くここを出て、少しでも早く帝国領に向かうほうがよくないですか?」

 姉の言葉に反対するレスティア。

 レイラは妹の言葉よりも、シグナークの意見を聞くことにしたようだ。

「ん……そうだな。今日はこの街の宿屋に泊まって……」

 ふと、そこで考えごとをするシグナーク。


「──そうだ、二人にお願いがあるんだが」

 なんでしょう? 姉妹はそろって口にする。

「俺と闘ってほしい」




 三人は宿屋に部屋を借りると、戦士ギルドの訓練場に向かった。

 夜になる前に手合わせをしようということになったのだった。

「そういえば、シグナークさんと闘ったことはなかったですね」

 ギルドに置かれた刃引きの剣を手にしたレスティアが、ひゅんっと音を立て剣を振る。

「姉さん。防御魔法を」

 シグナークとレスティアが訓練場で向かい合う。二人のあいだに流れる気配──それは闘いの前兆を秘めた見えない火花。

 レイラは言われたとおりに防御魔法をかけて、二人から離れた。


 シグナークはゆっくりと横に回り込みながら、少女の動きを観察している。

(速さではレスティアに太刀打ちできない。ならば……)

 彼がぐっと前に出した足に体重を乗せると、それを感じた少女が鋭い動きで間合いに入り込んでくる。

「ギィイィインッ!」

 だがそれはシグナークの予想どおりの動き。レスティアの攻撃を剣で受け流すと、剣の根本で少女を斬りつけた。


 くるりと後転しながら剣をかわすレスティア。

 その体勢から相手の手にした剣の柄頭つかがしらを狙って足を蹴り上げ、剣を弾き飛ばそうとしたが、彼はそれを察知して少女の足を横に避ける。

 体勢を立てなおそうとしたところに向けて、シグナークは間合いを詰めて速い一撃を薙ぎ払ったが、少女はその攻撃を見切り、わずかな体移動だけで完璧に躱す。




 シグナークは善戦したと言っていい。何しろ彼が得意とする戦技を使わずに闘っていたのだから。

 数分間の闘いを制したのはレスティアだった。

 少女の連続攻撃は速く──重い。

 小さな身体から振るわれる攻撃には、彼女の体重とはおよそ比べものにならない重さが伝わってきて、シグナークが猛攻にたじろいだほどだ。

 技術においてはレスティアとシグナークは、決定的な差があるわけではない。しかし、少女の攻撃の速さと力強さ、そして予測しづらい連続攻撃や反撃がある。


 少女のすばやい動きに惑わされ、防御か攻撃かの判断を間違えると、シグナークは手痛い反撃を受けて膝を折った。

「くっ、…………もう一度だ」

 シグナークは脇腹を押さえながら立ち上がる。

 負けて意地になっているのではない。この闘いで得られるものを吸収し、魔人アイラスとの戦いにのぞもうと必死なのだ。




 手強いレスティアとゼシルレイラとの訓練を何度かこなし、三人は遅い夕食を食べながら薄暗い食堂で、しばらく剣の魔女の戦い方について話し合っていた。

 魔物が数多く出現する過酷な土地で生き抜いてきた彼女らの強さ。それを自身の身体で体験したシグナーク。

 その中で剣の魔女の強さの片鱗を見た。

 ──それは戦いの中で見せる、一瞬の判断の速さだ。

 防御から反撃、回避から反撃。二人の魔女はそのどちらも一瞬の判断でおこなってくる。シグナークの攻撃の瞬間には回避するか、剣で受け流すかを即座に判断し、それを正確におこなう度胸と動きが彼女らにはある。

 レイラの回避力の高さは尋常ではなく、シグナークの攻撃は彼女に一度として、かすりさえしなかったのである。


「お菓子が食べたい……」

 レスティアはまるでシグナークとの訓練は闘いのうちに入らない、とでも言うように──夕食後の口なおしを要求する。……だがこの宿屋は、菓子は扱っていないのだ。

「あなたはいろいろと自重じちょうしなさい」

 姉が注意したが、少女にはなんのことかわからなかったらしい。シグナークはというと、二人の剣の魔女にかなわなかったことよりも、基本的な戦闘の能力差がここまであるのかという思いを抱いて、より一層の稽古をすべきだと考えている様子だ。


 彼の強さに対する執着心は貪欲であり、無鉄砲でもあった。

 まるで「命を落とさなければ負けじゃない」とでも言うみたいに、彼はあらゆる敵にも立ち向かえる──無謀とも言える気性を持ち、その命を戦いの中になげうつ覚悟を持っていた。


「それよりも、ここからはなるべく早く帝都に向かいましょう。まったく、なんの因果かここに到着するまでに、あんなに遠回りしてしまったのですから」

 レイラはそう言って水を飲むと立ち上がった。

「お先に水浴びをさせていただきますね」

 そう言いながらレスティアの腕をつかみ、一緒に部屋へと戻って行く。

 残されたシグナークは先ほどの訓練を思い出し、席を立つと──剣を手にして表に出た。水浴びをする前に、二人の動きを真似するみたいに、新たな回避動作を染み込ませるつもりで、たった一人。夜の闇の中で訓練に取り組むのだった。




「レスティア」

 レイラは妹の背中を流しながら呼びかけた。

「なに?」

 二人のしなやかな裸体を照らす月の光。

 薄雲のかかる空からはらはらと青白い光を落とす月。

 壁にかけられた角灯ランタンの明かりと、弱々しい月明かりが照らす闇夜の中でも、二人の白い肌は──暗がりに浮かび上がる印象的な絵画のように、なんともなまめかしい美しさをさらしていた。


「あなたはシグナークさんのことが好きなの?」

「────はっ? なんですか? 急に……」

 少女は背中越しに姉をにらむみたいに視線を送る。

「別に……なんとなくよ。誰かの剣の訓練に積極的に付き合うなんて、あなたには珍しい行動よね」

「そうでしょうか? 姉さんの魔物狩りに何度も付き合ったじゃないですか」

「それはあんたが魔物を狩り出すのが趣味なだけでしょ。人の訓練に付き合ったことがあったか、と聞いたのよ」

 その言葉に少女は考え込んだが、いつも一人で行動していた記憶のほうが多く、姉の言葉に納得しかけてしまう。

「いやいや、だからって、シグナークさんを好きかと言われると……それは少し違うんじゃないかと」

 そうは言うけどね──と、レイラは少女の背中を強めに絹布けんぷでこすった。

「いた、痛いです」

 レスティアは不平を口にし、姉の手から白い布を奪う。


 二人は交代し、今度は妹が姉の背中を流す番だった。

「姉さんこそどうなんですか? わざわざ私たちの旅について来るなんて……」

「妹の心配くらいします」

「半分ですけどね」

「たとえ半分でもよ」

 血のつながりのことについては、彼女らはあまり話し合うことはなかった。母親があんな感じなので、二人に新たな妹がいつできるかという想いもあるし、いまさら父親が違うことについて、不平や不満を口にしてもしょうがないと悟っている二人だ。


「まあ──悪くないわよ」

「なにがですか?」

「シグナークさん」

「……そうですか」

「けれどもう少し、顔つきから険が抜ければな──とは思うけど」

 姉はやけに現実的な不満をもらす。


「姉さん……、母のような行動はつつしんでくださいね」

 妹はそう警告しながら、その白い背中を力を込めてゴシゴシとこする。

「いたい、いたい」

 姉の静かな悲鳴が夜の闇に溶けて消えた。

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