下山、これからの道行き
目的を果たしたと思ったら、なにやら不穏な影が……
レスティアの容赦のない仕打ちが彼女らしい(笑)
小屋の中は静かだった。誰かの寝息が聞こえるくらいで、いびきをかく者はいなかった。
暗い夜の闇の中、八名の男女は睡眠をとっていたが、そこに忍び寄る危険な影が迫っていたのだ。
小屋を囲む結界の周囲に二つの影。
黒い影の指先が結界に触れると、淡い光の膜がぴりぴりと裂けていき、結界はもろくも消失してしまったのである。
影は壁をすり抜け、小屋の中へと侵入した。
ずるずると二つの影が闇の中に広がり、すうっとその影が──ある人物の影に入り込む。
どくんと、奇妙な鼓動が部屋の中に響いた気がした。
その微妙な音なき音を耳にしたのは、二人の魔女だけだった。
二人の男が上半身を起こし、暗闇の中でそばにあった剣をつかむ。
ぱっと動いたのは二人の魔女、レスティアとレイラだ。
彼女たちは自分の剣をつかむと同時に呪文を唱え、立ち上がった二人の男に向かって灯明の魔法を撃ち出す。
「パシィッ」と小屋の中に音が響き、光があふれる。
「ウッ」
くぐもった声。
光の中でシグナークと護衛の男が、まぶしさに目元を手で押さえる。
その隙を狙って一気に近づく二人の魔女。
護衛の冒険者の腹部を剣の鞘で突くレイラ。
その一撃を受けた男の膝が崩れ落ちる。
どすんという音で、ほかの男たちも次々に目を覚ました。
セーヴァは目を覚ますと寝袋からすばやく起き上がり、明るくなった周囲を探り、手元の武器を手に取り身を守る。
レスティアはシグナークの手首を打った。彼の手にした武器を落とさせると、少女はなんと彼の鳩尾を鞘で突き、前のめりになったところへ飛びかかり、首筋を「えいやっ」とばかりに剣で打ちつけ、彼を床に激しく打ちすえたのである。
「ちょっ、ちょっと、手加減してあげなさい」
姉は妹のあんまりな仕打ちに苦言を呈する。
灯明の明かりが満ちる部屋の中で、倒れ込んだ護衛の男に手をかざし、呪縛から解放するレイラ。
「グゥウッ」
奇妙なうめき声がシグナークの口からもれた。
少女は彼の背中にまたがると剣を放り、両手を肩くらいの高さに上げて、呪文を唱えはじめた。
「数多の禍を拭い去る、慈悲深き女神の翼で、呪いを打ち消し、邪悪なる力より、解放し賜え『女神抱擁』」
手を振り下ろすと、彼の背中から全身に淡い光が流れ込む。
「ギュィイィィ──」
背中から一瞬、黒い影があふれ出し──蒸発するみたいに黒い瘴気が、不気味な悲鳴と共に消え去った。
少女は立ち上がり、よろよろと動き出したシグナークを見守る。
「大丈夫ですか?」
すると彼は腹部と首の後ろをさすりながら、「胸と首が痛い」とつぶやく。
もう一人の護衛も上半身を起こしながら、頭を横に振る。
「なにが起きた……?」
首をさすりながら、立っているレスティアに声をかけるシグナーク。
「あなたは幻霊に操られていたんですよ」
起きているときなら精神力で抵抗できる相手だが、無防備な状態の眠っているところを狙われ、簡単に操られてしまったのだ。
「体の痛みは」
「ぇえ──っと、それは……」
「なるほど、わかった。手間をかけさせたな」
彼はそう言いながら、ある場所に目を向けた。
「例の首飾りは無事か?」
少女ははっとして、荷袋を確認する。
「大丈夫、あります」
そこへセーヴァが近づいて来た。
「幻霊が結界を越えて入り込んできたのは、その首飾りのせいかもしれないね。私の技術でできるかどうかはわからないが……」
彼はそう言いながら、背嚢から取り出したらしい白い布に手をかざすと、呪文を唱えながら水を数滴たらす。
「エリゥシュ、アディルマ、円環する光、影を封じる定めの楔、最果ての言霊、刻めよ刻め、階の上から光を示し賜え『封呪法印』」
折りたたまれた布から手を離し、その布で首飾りを包むセーヴァ。
「これで幻霊を呼び込まなくなる──はずだ、うまくいけばだけどね」
そう言う彼を見て、レイラは懐から宝石の原石を取り出し、それを握りしめて、なにか魔法を宝石に封じたようだ。
「この石を部屋の四隅に置いておきましょう。この方が、普通の結界だけでいるよりは安全でしょう」
宝石を使った魔女の結界らしい。
レイラ四隅に宝石を置き終えると、寝袋に戻り、灯明の明かりを消し去る。
「おやすみなさい」
レスティアの声が聞こえた。
シグナークは痛む胸元に手を当てながら、そっと目を閉じた──
* * *
朝になると一斉に数人が目を覚ました。
ガリガリと木製のドアをひっかく、獣の爪の音が部屋中に響いたからである。
小屋の入り口ちかくで寝ていた護衛の一人が、武器を取って立ち上がるころには、シグナークとレイラも武器を手にして立ち上がっていた。
レスティアも姉と共にすばやく戸口に移動すると、外の様子をうかがいつつ、なにやら相談し合っている。
「あなたの力で追い払いなさい」
「二匹の野犬を相手にですか? 狼ならいざ知らず……」
いいから、とレイラが言うと、少女はやれやれといった感じで──腰に剣を差したまま、ドアを開けて外に出て行った。
低い、獰猛なうなり声が聞こえたが、少女が睨みを利かせると、しだいに野犬の威嚇がか細くなり、少女の「ガウゥッ!」という吠え声に怯えて、二匹の野犬は逃げ去ってしまう。
シグナークが魔女の姉に近づいて、大丈夫だったのかと尋ねる。
「ええ、あの子は魔力を操る力があると言ったでしょう。それを応用して、自分を相手にとって危険な存在だと、思わせることもできるのです」
動物などの知性の低い相手に限りますが、と言っているところへ、当の本人が帰ってきた。
「まったく……面倒なことはすぐに私に押しつけるんですから」
そう文句を言いながら、少女は建物の周囲を指し示す。
「誰ですか? きのう建物のまわりに結界を張った人は、もう結界が解けているじゃないですか」
えぇっ、そんな……とギルド職員の一人が声を出す。
「待ちなさい、たぶんそれはあの首飾りのせいよ。あの首飾りの力は、悪霊をおびき寄せるだけではないでしょう。おそらく周囲に張られた結界を無力化する力も有していたはずです」
「なるほど、それで奴らが簡単に小屋の中に入り込めたというわけだな」
そんな話をしたあと全員で、食事と出立の準備をはじめる。
朝食は軽い物を口にし、すぐに移動できるように体調を整えた。
ギルド職員の一人は、三光神教会の神官だったらしい、日の光を浴びて祈りを捧げている。
「さて、森の外まで行こうか、まだ馬車は来ないだろうが、早めに森を出て待っていたほうがいいだろう」
セーヴァの指示に従い、みんなが荷物を持って小屋を出て、彼らは森の中にある道を歩きはじめた。
朝日が森を照らすまで高くは昇っていないため、森の木陰に入ると相当に涼しかった。岩壁山脈を越えて日が差すには、まだ時間がかかるだろう。
森の中は小鳥や小動物の鳴き声に包まれ、騒々しいくらいだった。昨日やっとの思いで切り開いた道の先に、白い蛇が横切って行った。
「あら、これは吉兆ですね」
先頭を歩いていたレイラが、となりを歩くシグナークに言う。
「荒れ地の魔女の占いか?」
「まあそんなところです」
彼女の言によると、白蛇の通過は先行きに明るい光が射していることと同義だという。
「そうだといいのだが」
森を抜けた彼らは、道の先で馬車が来るのを待つ。
そのあいだもこれからのことや、謎の首飾りについて、洞穴に落ちていた灰の塊など──それぞれの物について、思いつく限りのことを話し合ったのだった。
それらは推測だったが、羅針盤が反応し、剣の魔女が「魔女王の物ではないか」と推測したのだ。首飾りには彼女らに縁深い、魔神に関わる力が秘められていたのは間違いなさそうだ。
馬車がやって来たあともシグナークとセーヴァは、帝国での活動や、魔人アイラスの探索などについて具体的な方策を練っていたが、剣の魔女の長に協力を依頼するといった手段しか得られなさそうである。
「残念ながら私が直接、協力できるのはここまでだ」
ネスクの町に戻って来た彼らは、ここで互いの進むべき道に向かうために別れることになる。
「ここから馬車を使って帝国に戻るにしても、金も時間もかかるだろう」
監査官はそう言うと、馬車の座席に隠された隠し金庫の鍵を開け、彼らにそのうちの一つの皮袋を差し出した。
「これを使って旅をつづけるといい。──なに、ギルドの金だ、気にしないでいい。帝国の中枢にいるという剣の魔女に、今回の魔女王復活の危機に、戦士ギルドも全面的に協力すると伝えてほしい」
彼は真剣な表情で言うと、「気をつけて」という言葉を残して去って行く。
「さて──目的の情報は手に入れました、帝都グランダイアスに戻りましょう。あの根暗な魔女に、この首飾りの正体がなんなのか、看破できるとは思えませんが」
悪態をつく妹の頭を軽く小突くと、姉のゼシルレイラは言う。
「彼女なら首飾りに残されたかすかな力も──それどころか、灰などに残された思念の残滓を読みとって、これらの正体を見通すに決まっています。彼女の『残留思念解読』の技術は、長のヴェルカーリムも一目置いているほどです」
「ならば俺たちは、いち早く帝都に戻り、入手した手がかりをイズアルベラに託すだけだ」
シグナークはレスティアとレイラにそう呼びかけると、さっそく荷車や馬車を探すよう行動に移るのだった。
ー 第六章「魔女王の首飾り」 完 ー
今回でこの章は終了です。
そろそろこの物語の核心に迫ってきました。
じっくりと次の展開を考えたいので、時間をください。
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