発見された首飾りと灰
なま温かい空気が奥から流れてくる。
銀の羅針盤が反応し、洞窟の奥を指し示して針が揺れている。──かちかちかちっ、と小さな音を立て、暗闇の奥へ進めと羅針盤が訴えているようだ。
「いこう」
携帯灯を手にしたシグナークが前に立とうとすると、レスティアも負けじと前衛に名乗り出る。
「狭い洞窟での戦闘は、私みたいな体のほうが戦いやすいでしょう」
そんな風に言って剣を手に前へ進み出る。
洞窟の奥から流れてくる空気には、亜人種の住処から漂うような臭いがしない。ゴブリン特有の異臭や、腐敗した食べ残しの臭い。コボルドの放つ獣臭さといった臭いがまったくなかったのだ。
洞窟内は奇妙なほど乾き、籠もった空気が蓄積されているかのようである。入り口は開かれていたのに、空気が対流することはなかったのだろうか。
通路状に延びた道の先に、正面へとつづく道と、左右に分かれる道があり、右側をシグナークとレスティアが、左側をセーヴァとレイラが進む。
二つの通路の先にはたくさんの小部屋があり、そこには古びた壺や、木製の棚らしき物があったが、ぼろぼろに朽ち、崩れ落ちている。
「どうやらコボルドの巣穴のようだね」とセーヴァが説明した。
錆び付いた鶴嘴に、いくつかの鉄鉱石が放置されたままになっている。
十字路まで戻って来た四人は、互いの調べた部屋の状態を説明しあい、ここに棲みついていたコボルドたちは、なんらかの理由でここを放棄したのだと結論づけた。
「魔物に襲われたかな?」
「あの崖を上って? それはないでしょう」
そんな会話をしつつ、シグナークは羅針盤を手に、反応が洞窟の奥からしていると告げる。
四人は慎重に、通路のさらに奥へと向かって行く。
洞窟は人工的に作られ、土壁は削られていた。ところどころに金属の金具が壁に取り付けられており、それがコボルドの作りだす「精光結晶」を置く場所だと四人は理解していた。
コボルドたちがここで鉱石を掘り出していたのだろうと考えたが、通路の先には広い空間があるだけだった。
「なんだ、ここは……」
携帯灯で照らすと、部屋の中にはコボルドのものらしい、白骨化した死骸が数多く転がっている奇妙な場所。その部屋の奥に台座があり、その上になにか人型の像が置かれている。
それは片手を前に伸ばした姿で、右手に幅広の剣らしき物を地面に突き立てた格好で毅然と立ち、前方を睨むみたいに視線を向けていた。
「まさか……この像は──」
セーヴァが台座に近づく。
台座には古い文字が刻まれ、シグナークには読むことができなかった。
「どうやら魔女王ルディアステートの像らしいですね」
レイラが台座を覗き込みながら言う。
「なぜこのような場所に… セーヴァのつぶやく声があたりに響く。
シグナーク羅針盤を見ながら、奇妙な反応をする針の先を追いながら、地面を見つめて歩いている。
「ここにはなにもないようですが……」
レイラの言葉が空洞の中に響く。
シグナークは携帯灯で地面を照らしながら進み、台座から離れた場所にあった灰の塊を見つけだす。
「ここから反応がある」
「待って」
セーヴァがその灰の山を見て声をあげた。
彼は近くに落ちていたコボルドの物と思われる短剣の鞘をつかみ、灰の塊にそれを突っ込んだ。
「吸血鬼の灰みたいだが……」
彼はそう言いながら持っていた皮袋に灰を入れ、さらに灰の中を探る。
がちり、と固い物に当たった感覚。短剣を持ち上げてみると、その刃の先になにかが引っかかっていた。
「首飾りか──?」
携帯灯の明かりを受け、銀の鎖付けられた真紅に輝く宝石が、キラキラと光を反射する。
「その首飾り──いや、赤い宝石に反応しているようだ」
羅針盤の針がカタカタと小さく揺れて音を立てていた。
周囲の様子を見たが、台座のある部屋の奥へとつづく穴が空いていたが──それはどうやら、コボルドが鉱石の採掘をおこなうために掘った穴であるらしい。
念のためにと調べてみたが、どうやらそこは鉱山としてはいまいちだったようで、すぐに穴の先は行き止まりになっていたのである。
「さて、この首飾りをどうするか……」
洞窟から外に出たセーヴァは、シグナークと二人の剣の魔女に視線を送る。
「それは──魔女イズアルベラに持って行って調べてもらうのがいいでしょう」
シグナークの言葉に二人の魔女も頷く。
吸血鬼の物と思われる灰は、シグナークとセーヴァの双方が皮袋に入れた物を持ったが、首飾りはシグナークが魔女イズアルベラの元まで持って行くことになった。
レイラもレスティアも、その赤い宝石から禍々しい力を感じ、手にしたくないと言うのだ。
彼は仕方なしにそれを皮袋にしまい、荷袋に入れた。
「では下山しようか。──と、その前に昼食にして、休憩をとってから下に向かおう。焦らずゆっくりと、怪我のないように下山しなければ」
監査官はそう言うと、護衛と共に食事の用意をはじめる。食事と言っても、すでに用意されたパンや薫製肉にチーズと言った、あり合わせの食料と水分を補給するくらいだったが。
「二人はこの宝石からなにを感じるんだい?」
黙々と出された食事を食べ、水を飲んでからセーヴァは、二人の剣の魔女に尋ねた。監査官が首飾りに魔法を掛けて調査しようとしたが、魔力の痕跡すら感じ取れないほどだったのだ。
ところがこの二人は、この首飾りから放たれる、異質な力の痕跡を感じるとそろって口にした。
「それは──たぶん、魔神の力に関係するなにか。──つまり、魔女王の力だと……いえ、正確なことはわかりませんが」
「わたしも魔女王の物だと思う、なんとなくだけれど、ここに封じられていた力が解放されて、それがイズアルベラや、ギルドの千里眼? 能力者に感じ取られたんじゃないでしょうか」
姉の説明に肯定の意志を示すレスティア。
彼女たちの感覚からすると、この大きな赤い宝石からは、魔力以上のなにか、よからぬものを感じ取っているらしい。
それは彼女らの原点である、魔女王ルディアステートから与えられた「魔神の力を有した魔女」としての本質に関わる部分が、根源である魔女王の力にある種の畏怖を感じているようだった。
「私は残念ながらここまでしか今回の件には付き合えないが、戦士ギルドとしては魔女王ルディアステートの復活など、なにをおいても阻止したいと考える案件だからね。帝国のギルドにも今回のことは通達してあるし、君らも遠慮せずにギルドに報告してほしい」
監査官はそう言って立ち上がり、下山の準備をはじめる。
シグナークも魔女王のことは気になっていたが、いまは早く下山して麓にある小屋に泊まることを考えていた。
山の天気は変わりやすく、危険であることを理解していたからだ。切り立った崖の多い岩壁山脈での雨は、少々の雨でも行動不能になる可能性が強い。
彼らが下山していると、空模様は彼の予感どおりに──雲行きが怪しくなってきた。
「雨は困る」
セーヴァがつぶやく。
山道を下りながら森の近くまで来たとき、レスティアが急に武器を抜いて先行したかと思うと、岩陰から現れた剣歯虎に斬りかかった。
「無茶だっ!」
たった一人で猛獣を相手にするなんて、そういう意味の言葉だったろう。セーヴァとシグナークは荷物を置いて、少女の加勢に入ろうとする。
「大丈夫ですよ」
その二人を冷静に制止するレイラ。
少女は剣歯虎の前足の攻撃を躱すと同時に、猛獣の首を一撃で斬り上げて吹き飛ばす。
剣歯虎からすれば、自分が死んだことにすら気づかなかったのではないか。それほどに鋭く、すばやい攻撃で首を落とされた虎。
どさりと地面に這いつくばった胴体と違い、勢いよく前に転がっていった頭部は、ごろごろと斜面を転がり落ち、崖下にある森の中へ姿を消したのである。
「いやはや、さらに剣筋が速くなってないか」
監査官が呆れた感じで長剣を鞘に戻す。
「さあ、早く下に行きましょう」
「焦らず、慎重にな。急いでも危険だ」
シグナークも武器を収め、少女に声をかけた。
彼はレスティアに先陣を任せることにしたようだ、少女の荷物を代わりに持ち運ぶ。あの動きを見る限り、斜面での戦いにもまったく違和感なく行動できるのは明らかで、彼女に護衛を任せるほうが安心して下山できると判断したのだ。
彼らが山の麓にある森に入ったとき、雨が降りはじめた。
それほど勢いよく降ったわけではないが、木の葉を打つ雨音があたりに響きわたり、空に広がる灰色の雨雲によって、森の陰はすっかり暗がりに包まれてしまう。
護衛を引き連れた彼らは森の中を進み、小屋まで戻って来ると、結界が張られていることを確認し、ドアを開けて小屋の中へ入る。
「……ふぅ、早めに戻ってこれてよかった」
外は太陽が沈み、雨雲におおわれた空は月も見ることができない。
小屋で腰を落ち着けると、セーヴァやシグナークらはこれからのことについて話し合う。
「私はガレンツァールのギルド中枢に報告に行く。すでに各重要国には手紙を送り、魔女王とその配下アイラスに対する警戒を呼びかけているが、君らには帝国に報告に行き、洞穴で見つけた首飾りと、吸血鬼の灰らしい物の調査をお願いしたい」
彼は帝国に送り込まれた剣の魔女イズアルベラなら、魔女王の痕跡を突き止められるのではないかと考えているようだ。
異質な魔力を感知する羅針盤の性能からしても、彼女ならなんらかの発見をしてくれるだろうと、そう期待しているらしい。
「わかりました、明日からさっそく帝国へ戻るよう行動し、ことの報告をしたいと思います」
彼らは深刻な様子でそう話していたが、食事をとって、眠る支度を済ませたころに、屋根を打つ雨音は止んでいた。
一つの部屋しかない小屋の中で八人が眠ることになり、寝袋などを使って横になると、しんと静まり返った闇の中で体を休めるのであった。
あと1話か2話で、この章も終わりです。
精光結晶はコボルドが鉱石から作り出す結晶で、洞窟内を照らし出す明かりとして、冒険者たちにありがたがれている。「コボルドの明かり」みたいに言われることも。




