レイラの疑問と岩壁山脈への登山
しばらくするとセーヴァは、明日は早めに山へ向かうので今日はゆっくり休むようにと声をかけ、明日の準備をすると言って立ち上がり、ギルドの職員がいるテーブル席へ向かう。
残されたシグナークたちは明日の冒険について三人で話していたが、すぐにレスティアが舟を漕ぎはじめた。
「長旅で疲れたんですかね」
テーブルに顔を埋めるように眠りにつくレスティア。
レイラは少女の髪を整えてやっている。
「一つ、うかがっても?」
彼女は言いながら真紅の瞳でシグナークを見る。彼は頷きながら水を飲んだ。
「どうしてあなたはレスティアと共に行動を? はじめは魔獣狩りをするために組んだという話ですが、そのあと妹について行ってモルガ=ディナまで来るなんて、そこまで共に行動する理由はなんですか?」
少女の姉であるレイラの言葉を受け、シグナークは考え込んだ。思えば思えばレスティアと行動するようになってずいぶん経った、そんな風に回想しつつ──彼の中には不思議と、少女と共に行動する動機と呼べるものがないことに気づいた。
「……いや、理由はないな」
姉は眉をひそめたが、シグナークは彼女の表情を見ていなかった。
「だが、一つ言えることがある。それは俺にとってレスティアやレイラのような、特殊な事情を抱えるものであろうとなかろうと、優れた技術を持つ戦士からその技術を学びたいのだ。あるいは共に戦うことで、自らに力を求める気持ちをつねに持ちつづけさせたい、そんなふうに考えている」
要するに彼は、自らを奮い立たせる刺激が欲しかったようだ。自分よりも強い者がいるという刺激を身近に感じ、より自分を追い込んで戦士として強くなろうと欲しているわけだ。
「なるほど。──うちの妹に勝るとも劣らない、戦闘狂じみた人ですね」
「そうかもしれないな」
そう言うと彼はレイラがゴブリンを相手に使って見せた「連迅斬」の連撃を褒めた。
「あれほどの凄まじい連続攻撃ははじめて見た」
そう褒められた剣の魔女はまんざらでもない様子だ。
「そうですか? まあ私は一撃の威力よりも正確な攻撃や、速度と手数の多さが武器の戦士ですから」
彼女は頬を指でかきながら、なにかを思い出したらしい。顎に手を当てて真剣な表情をする。
「あなたの戦い方は一撃で致命傷を与えることを念頭に、単独で戦っていく定型みたいですね。私の見立てでは──多くの剣士や戦士の型を取り入れた、多彩な戦闘定型を組み入れたもののようです」
レイラは数々の冒険者と組んだ経験からそう推測した。戦士ギルドは場所にもよるが、そこに根差した武術の流儀みたいなものがあったりもする。
多くの冒険者のあいだで磨かれた戦闘技術は、戦士ギルドの教官らのあいだで広まると、その教えを受けた冒険者を通じてほかの地域に広まっていくのが通例だ。
そうした技術の中には独特な動きや足運びをするものがあり、回避を主軸にしたもの、連続攻撃を主軸にしたもの、一撃の威力に重きを置いたものなど、いくつかの流儀にまとめられているのである。
「うん、レイラの見立てどおり俺は、さまざまな武器や戦技を使えるよう訓練してきた。一つの武器や流儀にとらわれず、あらゆる技術を吸収するつもりで」
「足運びや体移動なども、かなり細かく選択して使用しているように見受けられましたが、……なんというか、大技を打つ構えを取りながら、足運びは流れるような回避をおこなったり、既存の流儀を組み合わせて、新たな戦い方を模索しているみたいですね」
彼女の言葉にシグナークは満足げに頷く。
「そう──こだわりなく、あらゆる状況に対応できるような戦い方を求めているんだ。回避や防御については、なかなか思うようにはいってないけれど。だが攻撃面は……かなりいい仕上がりになってきたと自負している」
「私たち剣の魔女も、剣での戦い方はかなり洗練されてきた方だと思いますが、レスティアからなにか得るものがあると期待するのは間違いでしょうね。あの子の戦い方は──洗練とはほど遠く、荒々しい戦闘狂みたいな暴れっぷりですから」
姉の言葉は手厳しい。
しかしレスティアの荒々しさは、彼女が戦い、生き抜いてきた魔女の荒野での、厳しい実戦経験の賜物だろう。
並の魔物など比較にならないくらいに手強い化け物を相手にしてきた彼女にとって、荒々しいくらいの戦闘定型でないと生き残れなかったのだ。
「それでは、私たちも休みましょうか」
姉は妹の肩を揺すって起こすと料理屋を出て、宿屋へと戻って行く。
暗い夜の町中は静かであった。二軒ほどある酒場からもれ聞こえていた陽気な声も、いまはほとんど聞こえない。
三人は宿屋へ戻ると明日への支度をし、眠って英気を養うのであった。
*****
翌朝は宿屋の食堂で朝食を取り、セーヴァらと示し合わせると、登山用の衣服や靴に着替え、宿屋の外で待っていた馬車と荷車に乗り込む。
「この馬車で山の麓にある小屋まで行き、そこを一つの拠点として、目的の場所を探索する。──そういえば、なにか魔人アイラスの痕跡を探り当てる術があるみたいなことを言っていたけれど……」
そうした物を持っているのかい? と言ってきたセーヴァ。シグナークは銀の羅針盤を取り出して見せる。
「これは剣の魔女イズアルベラから預かった物です。魔人アイラスなどの力に反応すると言われましたが……」
痕跡を探り出せるかどうかはまだわからない。彼ははっきりとそう説明し、それを懐にしまう。
「いや、それはありがたい。だいたいの地点しかわからないので、やみくもに山中を探し回る予定だったから」
多くの物資を乗せた荷車が、彼らを乗せた馬車の後ろをついて来ている。
がらがらごろごろと音を立て、土のむき出した路面を車輪が進んでいたが、やがて道は途切れ、草道の上を進んで行く。
そうした山の麓にある森の近くまでやって来た。
森の中を突っ切る切り開かれた場所はあるが、そこは長らく使われていなかったのだろう──草が生え、木陰に覆われた古い道は、木の枝が伸びており、それらを切り落としながら進むしかなかったのである。
予想より時間はかかったが、無事に小屋まで辿り着いた。
小屋は石造りの壁に、しっかりとした木製の屋根がついていて、古くて汚れてもいたが、まだまだ使えそうな小屋だった。
戦士ギルドの職員は二名が小屋に残り、荷物番をするらしい。
小屋の中に荷物を運び入れると、馬車と荷車はネスクの町に帰って行く。
翌日、迎えに来る予定だ。
「さて、なるべくなら今日中に山に登り、魔力の反応が出たと思われる地点を探したいと思う」
セーヴァは数名の護衛に荷物を持たせ、山に向かって歩き出す。山登りに慣れている者はいなかったが、無駄に体力を消耗するような歩き方をする者もいなかった。彼らは冒険者として鍛えられているので、足運びは一定で、どんどん斜面にある木々のあいだや岩のあいだを抜けて行き、切り立った崖の前までやって来た。
「むっ……!」
シグナークがいち早く武器を構える。崖の手前は木々がなく広くなっていたが、そこに森側から七体のコボルドが現れたのだ。
その群れは武装しており、鉄の剣や革鎧などを身に着け、彼らに襲いかかってきたのである。
森側から突撃してくる群れは、二方向から挟み込む形で襲ってきたが、シグナークやレスティアたちは次々に敵を打ち倒し、レイラセーヴァ、戦士ギルドから派遣された護衛二名は、ろくに活躍する機会もなく、決着がついてしまった。
「先へ進みましょう」
レスティアは剣に付いた血を払い落とし、地図を見ながら進むべき方向を示したセーヴァの指示に従って、東へと歩きはじめる。
崖になっていた場所を横切ると斜面が現れ、まばらに生えた樹木や岩が転がる斜面を登ることになった。
岩ばかりの地面は乾き、急斜面と緩やかな傾斜のある場所が交互につづき、やがて崖の上へ向かう道のようなものが現れた。それは踏み固められたみたいに、しっかりとした斜面が上に延びている。
「コボルドたちの住処へつづく道でしょう」
レイラが後方から告げた。
シグナークが羅針盤を手にすると、低い声でこう口にしたのである。
「羅針盤に反応が出た、おそらくこの上のほうだろう」
それを聞いた面々に緊張が走る。
危険な存在が待ち構えているかもしれないのだ。
岩の足場や固い地面を歩いて上に向かう崖を上る。かなり急斜面が険しい場所がつづく地形、足を踏みはずせば崖下に落下し、命を落としかねない。
危険な場所を進みながら、シグナークはレスティアに手を貸して、段差のある岩場を越えて行く。
かなり時間をかけて訪れた先に、崖に開いた洞窟の入り口があった。穴の開いた崖の前は少し広くなった足場があり、そこに魔物除けの結界を張ると、護衛たちに入り口を守らせることにした。
「洞窟の中は私たちだけで行こう」
セーヴァの言葉に従い、三人は武器を構えて洞窟の中に入って行く。
シグナークがレスティアと旅をしている理由──というか、彼の心情が語られる話。
そして旅の目的である異質な魔力の反応を追ってやって来た洞窟。その先にはなにがあるのか──




