冒険者パーティの救援と危険な敵
シグナークは魔獣の牙や角を回収しながらレスティアに、なぜあんな無茶な行動を取ったのかと問う。
「なぜ? 逃げ道をふさいだ魔獣は離れた場所にいました。近くに現れた敵を早めに倒したほうが、手っ取り早いでしょう。──多少危険な動きだったのは認めます」
「まあ確かに、早めに近くの敵を片づけるのも有効だと言える。しかし危険な状況を極力作らず、逃げ道を確保しておくことも必要な判断だと思うが」
彼の言葉に少女はがっかりしたように肩をすくめ、それは一般的で模範的な冒険者はそうでしょうねと冷たく言い放つ。
シグナークは受付嬢の反応や、少女について語っていた言葉を思い出しながら、どうやら厄介な少女と行動を共にしているらしいぞと思いはじめた。
冒険者の多くは危険を回避してなるたけ安全策を講じ、無理なようなら撤退する選択も頭に入れておくものだが。──この少女はそうではなく、危険を受け入れた上で、それを乗り越えることを目指している。あるいは楽しんでいる節がある。
「危険だな」と彼はつぶやいたが、それ以上のことを少女に説くことは控えておいた。自分も似たようなものであると自覚しているからだろう。
それはともかく、これで二つの目標を達成したわけだ。彼は遺跡の探索をつづけるか街まで戻るか少女に尋ねると、「もう少し探索しませんか」という予想どおりの答えだったので、彼に異論はなく──遺跡を回ることになったのである。
遠くで聞こえていた戦闘音も聞こえなくなっていた。何と戦っていたのかはわからなかったが、魔獣ギュネルかコボルドだろうと高をくくっていると、遺跡の奥から大きな咆哮が響いてきた。
先を進む少女はくるりとシグナークを振り返って「行きましょう!」と訴えてきた。彼は小さく頷くと「あまり先行しすぎないようにな」とだけ言って、駆け出したレスティアのあとを追う。
シグナークは先ほどの咆哮に聞き覚えがあった──人喰鬼であろう。咆哮からするとかなりの巨体を持つ個体だと思われた。そしてその予想は的中していたのだ。
遺跡の先へ向かう少女の横を、戦意を失った灰色狼が三頭ほど駆け抜けて逃げ去って行く。かなり大型の、好戦的なはずの灰色狼が人間を無視して逃げて行くのは、彼も少女も初めて見る光景だった。
「わくわくしますね」と、少女は誰にともなくつぶやきながら、崩れた壁を飛び越えて疾走する。
途中で倒されたコボルドの死体や魔獣ギュネルの死体を見つけたが、それらは先行していた冒険者らが倒したものだろう。
シグナークもレスティアのあとを全力で追いかけているが、彼女との差は縮まるどころかどんどん離れていってしまう。加速した少女の進む先から再び咆哮と、それに混じって冒険者の女らしき悲鳴が聞こえてきた。
レスティアが低い壁を飛び越えて広場らしき場所に出ると、周囲は三名の冒険者が倒れ、一人の女冒険者が三メートル近い大きな人喰鬼に捕まって、食われかけているところだった。
悲鳴を上げながら身体を狂ったように振って、なんとか身体をつかんでいる手から逃れようとしているが──どうにもならない。あんぐりと開いた口の中に、ギザギザに尖った鮫の歯を思わせる危険な牙が並んでいる。
捕まっていた女はそれを見て、気を失ってしまったようだ。
女の頭部が食われる瞬間、人喰鬼が悲鳴を上げてつかんでいた女を放し、どすどすと重い音を立てて後退した。突然の苦痛をもたらした相手を睨みつけながら、怒りの咆哮を発する。
レスティアは気を失った女の襟首をつかむと、壁際に転がっている男の冒険者の元に引きずって行く。
人喰鬼の手首はかなり深い傷を負って血が流れ出しているが、ぐっと手首を握り締めて止血すると流血は収まった。人喰鬼は治癒力がかなり高い上に皮膚も硬く、刃がとおりづらい危険な相手である。
「次は私が相手よ」
少女はそう宣言して、両手で剣の柄を握りしめる。彼女の赤い瞳が爛々と輝き、戦いへの衝動を殺気へと変えて、少女は巨躯の鬼に向き合った。
シグナークは「ふうっ」と呼吸を整えると少女に加勢し、一気に人喰鬼をしとめにかかった。
人喰鬼は汚れた茶色い拳で少女を殴りつけると、彼女は腕の斜め下を高速で突進しながら、伸びてきた腕の柔らかい内側の部分を剣の切っ先で深々と切り裂く。殴りつけた勢いを利用して切り裂いた攻撃は、腕の腱を断ち切る深い傷を負わせ、人喰鬼は怒りをあらわにしてうなり声を上げる。
少女を目で追っている相手の視覚外から接近すると、シグナークは大きく踏み込み、強烈な縦斬りを人喰鬼の背中側から脇腹に向かって振り下ろし、巨体が前のめりに吹き飛ぶほどの痛烈な、重い一撃を浴びせかけた。
「グォオオオオォオォッ!」
肋骨を数本砕かれた人喰鬼が絶叫しながら前のめりに倒れ込み、なんとか片手一本で顔面から倒れ込むのを防いだが、地面に膝を突き──完全に無防備な格好をさらす。
少女はその隙を逃さずに、人喰鬼の身体の内側を低い姿勢で駆け抜けると、その勢いのまま背中に回した剣を両手で振り上げ、体ごと回転させて振り抜いた刃が空中に弧を描くと、首を落とされた巨体から血が勢いよく噴き出して、遺跡の石床を赤黒い血で染め上げた。
「ずしんっ」と音を立てて倒れ込んだ人喰鬼。
そのそばに立つシグナークは、少女の使った技が並外れた身体能力を持った者でないと使えない技だと考え、彼女の戦士としての能力は認めなければならないと考えるのだった。




