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剣の魔女と英雄志願  作者: 荒野ヒロ
第六章 魔女王の首飾り

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ブラスゴート国を縦断する「帝国の道」

 シグナークは朝目覚めると、早朝に起きたゴブリンやコボルドの襲撃を思い出していた。最後の一体……確かにしとめたはずだと、彼の手に残る手応えをまざまざと思い出すのである。

「あいつは、まさか……」

 不死の存在。しかも斬られても、その圧倒的な回復力で復活する吸血鬼ではなかったか。


 * * * * *


 剣に付着したあのゴブリンの血液を布で拭き取り、それを魔術師ギルドか戦士ギルドで確認してもらおうと考えた彼であったが、──なんとその血液は、金色の月が雲間から顔を出す淡い月の光を浴びて、その血液は霧散むさんしてしまったのである。

「なんだと──⁉」


 やはりあれは、あのゴブリンは、吸血鬼化した存在ではなかったか。

 レスティアとレイラにそう告げると、確かにゴブリンの中にはおかしな気配を放つ奴が()()いたように感じられたと、そう話したのであった。

「吸血鬼化していたゴブリンがいたとして、なぜすべてのゴブリンやコボルドがそうならなかったのか、そのあたりも気になりますね」

 レイラはまだ半信半疑はんしんはんぎといった様子だ。

 ゴブリンのような汚れた血の生き物からは吸血鬼は血を吸わないと知られている。それゆえに、ゴブリンなどの汚れた亜人種の吸血鬼は存在しないのだ。


厄介やっかいな……」

 己の剣の刃を見ながら彼は、確信に似た思いをさらに強くした。口には出さなかったが、月明かりを受けただけで霧散する血液を持つ吸血鬼──それもゴブリン──を()()()()など、伝説の魔女王ルディアステートにしかできないわざではないか。

 そんなふうに思ったのである。


 * * * * *


 宿屋の食堂で朝食を食べると、彼らは分かれて行動することになった。

 シグナークとレスティアは戦士ギルドに昨日のことを報告に、レイラは馬車の停留所に行って、北にある国ブラスゴートに向かう馬車を押さえておくことにしたのだ。


 戦士ギルドは早朝から混雑していた。

 昨日の戦いの分の報酬を得ようと、冒険者たちが集まっているのだ。中には戦いに参加していない者もいそうだが、ゴブリンの耳などを持っていない者にもいくらかの手当が出るようだ。


「あなた方も、昨日の報酬の受け取りですか?」

 順番が回って来た瞬間、受付嬢はそう言った。

森巨人トロルを倒した分もちゃんと出るんですか?」

 真紅の瞳でじっと見つめる少女の気配に気圧されながらも、受付嬢は「耳や爪などを持っていれば……」と答えた。


「どうぞ」

 彼女はそう言って、無造作に小さな皮袋を受付の台に放る。

 皮袋の中からは森巨人の爪と、ゴブリンやコボルドの耳や牙が出てきた。

 受付嬢はそれを後ろの作業台に置き、鑑定士に鑑定を頼む。


「それだけではない。今回の敵の中に──吸血鬼化したような変種のゴブリンがいたのだ」

 シグナーク訴えは──いまひとつ受付嬢に、真剣に伝わらなかったみたいだ。

「ゴブリンの吸血鬼……ですか? まさかそんな──」

 シグナークは肩をすくめるとこう言った。

「信じなくてもいい。ただいま言ったことをグランダイアスにいる、魔女イズアルベラのもとへ送ってほしい」

 紙はあるか? と彼が言うと、受付嬢は慌てて紙を用意する。


 彼が手紙を書いているときに、皮袋に入れられた報酬がレスティアの前に出された。すると少女はその中から銀貨を一枚取り出して受付台に置く。

「これは手紙代です。それと、いまこの人が言ったことを各地に向かう探索者などに伝えて、警戒するよう伝えてください」

 少女はやはり若干じゃっかん威圧的に話した。


 受付嬢は二人の真剣な様子に、これはどうやら本当のことだぞと考えはじめたようだ。シグナークは手紙を書き記し、書状の中にそれを入れると、ギルドの封蝋ふうろうすように言う。

 受付嬢は手紙にギルドの捺印なついんを捺すと──先ほどの件について、冒険者らに警戒するように訴えると約束した。

 彼らは黙ってうなずくと、戦士ギルドを出て馬車の停留所へ向かう。


「まあ、いままでゴブリンの吸血鬼なんて出ませんでしたから……ちゃんと危険が伝わっているといいんですが」

「そうだな……ああそれと、さっきの手紙代はちゃんと払うぞ」

 彼の言葉に少女は首を横に振る。

「いえ、構いませんよ。それにしても私もそのゴブリンを斬ってみたかったですね。体がちぎれても動きつづけるんでしょうか」

 少女は楽しそうに暴力的な発言をする。


 シグナークは仕方のないこととはいえ、彼女の情操教育についてやり直しを請求したい気持ちになった。

 見た目は深窓の令嬢言ってもいいような可憐な少女だが、中身は荒くれ者の冒険者か、野盗のようだ。


 彼が小さなため息を吐いたのを見ると、少女は快活に言った。

「大丈夫ですよ。いくら吸血鬼化したとしてもしょせんゴブリンです。あんな連中に負ける冒険者なんていませんよ」

 彼は「そうだな」とあきらめたみたいな声を出し、少女は首をかしげる。




 停留所までやって来ると、レイラが軽く手を上げて二人を呼ぶ。

「この馬車でブラスゴートの最北の町まで行き、そこからヴィンツァーバルドに向かう馬車に乗り換えましょう。何事もなければ明日にはヴィンツァーバルドまで入ることができると思います」

 彼女はそう説明し、四頭引きの馬車を手配したと説明する。

「少々値は張りますが早く北へ向かうならこの馬車で、北の町ラツィスカまで行ったほうがいいでしょう」

 三人は一人三百六十ガルドを支払って馬車に乗り込み、かなりの距離をこの馬車で移動することになったのだった。


 オルンタスクの町を出て馬車は北へと進みつづける。四頭の馬に引かれた馬車はかなりの速度で走り──晴れた空の下、街道を軽快に進んで行った。

 かなり進んだ先で、国境を守る関所を通るのだが──手つづきは簡潔で、時間はかからなかった。驚くほどすぐにとりでの横を通過して、門の先へとつづく道を通ることができたのである。


「ここから先の街道は『帝国の道』と呼ばれています。なにしろこの先の国ブラスゴートからヴィンツァーバルドまではかつて、帝国の領土でしたから。北にほぼ一直線を縦断する道は、かつて帝国が整備した道だということです」

 レイラはそう言って窓から覗く外の景色を眺めていた。


 帝国に支配されていた国が自治権を取り戻したあとも帝国に親しみを持っているのは、帝国が主導した学校教育の賜物たまものだという見方もあるが、それ以前に帝国はもともとの国にあった腐敗した王族の圧政を廃し、法と秩序と安定を、敗者となった国の民衆に約束したのだ。


 戦争時も帝国の軍隊はブラスゴートの民衆に対して、決して非道な真似まねをしなかったのも大きな理由だろう。

 彼ら帝国兵は戦士としての義務以外にも、教養を持った個人としての品性についても()()()()()()()()()()()のだ。

 もしその規範きはんを破れば、彼に帝国での居場所はない。

 それほどまでに帝国は自らの兵士のおこないを厳格化し、それを逸脱いつだつすることを決して許さなかった。

 なればこそ現在でも、帝国の市民からはもちろん他国からも、尊敬と畏怖いふをもって「帝国の勇士たち」と言われているのである。


 そのいしずえを築いた初代皇帝が、いまなお尊敬されているのは当然であろう。

 彼自身もまた戦士として強く、人としての優しさや気高さを持ち、敵国への民衆に対しても礼節をもって接したことで知られている。


「敵国の市民とはいえ、戦争が終われば──彼らはまた我らの隣人となるのだ。よって、礼儀を尽くすのは当然であろう」

 皇帝の残したというそうした言葉の数々が、現在までつづく帝国のあり方の基礎になっている。

 魔女王ルディアステートから国を取り戻した英雄としてだけでなく、彼はその後の生涯をもって帝国の進むべき道を示したのだ。


 この「帝国の道」はブラスゴートとヴィンツァーバルドをつなぐ道としての役割も果たし、帝国の属領国は互いに発展してきた歴史の積み重ねがある。




 ブラスゴート国の中央分に位置する大きな都市エイデルニッツに来たとき、御者はしばらくこの街に滞在すると告げる。

「昼食を取る時間としましょう。まもなく昼の鐘が鳴ります。次の鐘が一度だけ鳴るのは一時の合図です。それから十分以内に集まって下さい。さもないと馬車は出発してしまいますよ」

 御者はそんなふうに脅し、近くの見張り役に馬車を預ける。


 三人は多くの市民や冒険者の姿が見受けられる街の様子を見て、まずは戦士ギルドで何か情報は得られないかと考えた。人の数だけ情報の流れも多くなる、それを期待して受付の前に立ったシグナークだったが、肩透かしを喰らった。


「駄目だ、それといった情報は無いらしい。ゴブリンやコボルドが暴れ回ったという情報もこのあたりでは聞かないそうだ」 

 むしろ猛獣や魔獣が亜人種と交戦している場面を見た、という情報などがあったらしいと彼は二人の剣の魔女に伝える。

 そのときだった。


 待合室で待っていた彼女らから離れた場所にある受付で声が上がった。何事かと待合室にいた数名の冒険者たちがそちらを見ると、大きな黄色と白のまだら模様の毛をした剣歯虎サーベルタイガーが、二本足で立っている。

 いや──受付の前に立っている冒険者が、肩に剣歯虎を担いでいるのだ。


 受付と何事かを話し合って、その全身鎧を着た冒険者がギルドの奥にある部屋へ歩いて行く。

 ギシギシと床板をきしませながら歩くその姿は、大きな虎を抱えて歩く猛者もさそのものだ。


 その冒険者が奥の部屋に消えたあともギルド内ではざわざわと、その戦士の話題で話題で話し合っている──その声が、戦士ギルドを去ろうとしていた三人の耳にもはっきりと聞こえた。


「いまの全身鎧の男──まさか『鋼のギアベル』じゃないか⁉」

「嘘だろ⁉ ギアベルって、南側で活動しているはずじゃないのか⁉」

 そんな会話だった。


 レイラはその会話に出た男の名前を聞いたことがあった。そのどれもがうわさに尾ひれが付いた物だと思って聞いていたが……怪力であるのは正しかったようだ。彼女はそんなふうに考えながら、戦士ギルドをあとにした。

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