ゴブリンの夜襲
馬車がオルンタスクの町に着いたときには、空はすっかり暗くなっていた。
雲の隙間から星空がぼんやりと見え、月の光は薄くかかった雲にさえぎられる感じで、弱々しい光で町をぼうっと照らしている。
この町に来る前に帝国の兵士たちが控えている砦があり、そこに少し立ち寄って、御者は避難民が出た村のことを説明したのだった。
兵士は情報提供に礼を言ってさっそく調査をかねた亜人種討伐の一部隊を村に送ると言うと、慌ただしく準備をはじめたのである。
帝国兵の市民を助けるという士気は高く、そんな兵士たちを帝国市民も誇りと感じている様子だった。
三人は同じ宿に泊まることにし、姉妹は同じ部屋に、シグナークはもちろん一人で部屋に泊まることになり、夕食を食べ、水浴びなどをして身支度をすると──その日は早めに就寝することになった。
そんな中レスティアは馬車の中で眠ってしまったせいか、なかなか寝つけず夜遅くに起きてしまい、少年から購入した宝石の原石に、魔法を封入する作業をおこなっていた。
そうした作業をしていると、少女は町の一角が騒がしいことに気づいた。窓を開けると離れた場所──町の周囲を囲む囲壁のあたりで、何やら騒ぎが起きているみたいだった。
「姉さん、起きてください。何か……様子がおかしいです」
レスティアは寝台で寝ている姉の体を揺すって起こすと、窓の外を見るように促す。
「なに……外? ──囲壁の門の辺りかしら?」
レイラは起き上がると窓から身を乗り出し、遠くの様子に耳と目をこらす。
「レスティア、シグナークさんを起こしてきなさい。これは──町が夜襲を受けているみたいよ」
彼女はそう言いながら背嚢から籠手や胸当てなどを取り出して、戦う準備をはじめる。
レスティアは頷くと、すぐに部屋を出てシグナークの居る部屋のドアを叩いた。
すると彼はすぐにドアを開けて少女の前に姿を現した。どうやらすでに起き出していたらしい。町のすみっこで起きた異変に気づいて、黒い革鎧と合金製の籠手を身に着けているところだった。
「夜襲とはな。まさかゴブリン共がこんな町まで襲って来るとは──レスティアも戦うか?」
シグナークの言葉に少女は口元を歪めながら頷くと──すばやく部屋に戻り、防具と武器を身に着けて廊下に姉と共に出て来る。
シグナークも剣を腰に下げ、二人に頷いて見せると、足音を立てずに廊下を歩いて一階へ向かう。
宿屋を出ると、町の一角で始まった戦いの音が先ほどよりも大きな物となり、そしてついには緊急事態を告げる鐘の音がけたたましく打ち鳴らされたのである。
三人は駆け足で戦いの場へ駆けつけると、薄暗い町の通りを照らす松明や、あらかじめ用意されていた篝火に火が放り込まれ、町を襲撃した者たちと、町を守る兵士たちの姿を照らし出すのを見た。
敵は予想どおりゴブリンやコボルドのようであった。すると町の門が少し開かれて、外からさらに多くのゴブリンが侵入し、森巨人が町の門を開けようとしているのが通りの先に見えた。
町の門を閉じる左右の塔に敵が入り込み、門を開けさせたのだ。
「奴らにいらん知恵を与えた奴がいるらしい」
シグナークの言葉には強い殺意が込められていた。腰の剣を抜き放つと、近くの兵士と戦っている三体のゴブリンに斬りかかり、すさまじい一振りでその小さな体を真っ二つに斬り裂いてしまう。
「ふんっ!」
つづけてもう一体の脳天を叩き割る一撃。
流れるような動きであっと言う間に二匹のゴブリンが地面に打ち倒されると、兵士が残りの一体を剣で突き殺し、彼に礼を言う。
「仲間と共闘し奴らをこれ以上町の中へ行かせるな!」
彼はそう言うと、二人の女戦士を率いて次の群れに攻撃を仕掛けた。
レスティアとレイラの二人が左右に分かれて、兵士らが押し止めているコボルドやゴブリンに襲いかかる。
レイラが細身の長剣を振るうと、音もなく鋭い刃が一閃し、その一撃でコボルドの首が打ち落とされる。──いや、それだけではなかった。
彼女は身をひるがえすと瞬く間に二体、三体とゴブリンとコボルドの群れを打ち倒して行く。
レスティアは大剣を薙ぎ払い、二体のゴブリンを引き裂いて打ち倒し、周囲の様子をうかがいながら次の敵の下へすばやく駆け寄ると、再び一撃で敵を打ち倒す。
町を守る兵士たちは突然現れた強力な援軍に歓声を上げて応える。
彼ら三人のほかにも、次々に起き出して来た戦士ギルドの冒険者たちが加わって、町の中はすさまじい戦いの音と怒号に包まれた。
「まずいな、森巨人が侵入したぞ」
大きな手で門をこじ開け、森巨人が姿を現す。
しかもその足下からわらわらと、ゴブリンたちの群れも入り込んで来たのである。
門からつづく通りで、先に入り込んでいたゴブリンとコボルドを倒し尽くすと、兵士たちは新たに町に侵入して来たゴブリンや森巨人に狙いを定める。
森巨人は素手だった。
しかし、その三メートルを超える巨体の足下には、金属製の鎧や籠手を身に着けたゴブリンの集団がいた。
奴らは手にした剣や槍を突き上げて、奇怪な叫びを上げながら兵士たちの戦列に襲いかかる。
「私たちも応援に駆けつけましょう!」
レイラは真紅の瞳を爛々と輝かせ、シグナークに呼びかける。
彼女もさすがにレスティアの姉だなと、おかしな感心をしながら「おう!」と応じ、剣を手に最前線へと駆け出した。
レスティアも二人に負けじと、近くにいたコボルドをしとめると、すばやい動きで彼らのあとを追い駆ける。
森巨人の薙ぎ払った腕に弾き飛ばされる兵士。戦闘慣れしたゴブリンたちの手勢にも苦戦し、なかなか敵の侵攻を止められないでいると、かがんでいた兵士の背中を踏み台にして、小柄な少女が前線へと飛び込んだ。──レスティアだ。
彼女は飛び込んだ勢いを利用して、着地地点にいた兜をかぶったゴブリンの頭を大剣で叩き割り、つづけざまに大剣を横薙ぎにし、一体のゴブリンを引き裂きながら大量の血をまき散らし、敵の群れにゴブリンの血を浴びせかける。
怒りの声を上げようとしたゴブリンと森巨人のあいだで爆発が起こった。
乾いた音が鳴り響き、衝撃で数体の鎧を着たゴブリンが前のめりに兵士たちの前に倒れ込み、兵士は手にした武器でそいつらの背中や頭を突き刺して殺す。
爆発はレイラの投げた宝石(印石)だった。
爆発を受けた森巨人はよろけ、直撃を受けたゴブリンは腕を吹き飛ばされて絶命したようだ。
つづけて兵士のあいだを駆け抜けたシグナークが敵の戦列に襲いかかる。
薙ぎ払う一撃で鉄の鎧を引き裂き、一匹のゴブリンを吹き飛ばして殺すと、二匹目を狙って一歩大きく踏み込みながら剣を振り下ろす。
──しかしその攻撃は盾で受け流され、彼は体勢を崩してしまう。
「ギギャァッ!」
暗い赤色の肌の武装したゴブリンが反撃をする。
手にした鋼の長剣がシグナークの首筋を狙って、正確に薙ぎ払われる。
彼はぐっと足先に力を入れて難しい体勢から体を起こしつつ、その刃を剣で受け流した。
「ギッ、ギッ⁉」
剣を上空へ受け流されたゴブリンの体は反転し、ぐるっと一回転して体勢を立てなおそうとしたが、その隙をシグナークは逃さない。
すばやく膝立ちになると、鋭い突きを背中に叩き込んだのだ。
並の突きではない。
低い姿勢から前に踏み出しつつ、体重の乗った重い一撃だった。
刃は骨のあいだを抜けて心臓をとらえ、深々と突き刺さった刃が貫通し、胸当てを突き破ってとどめを刺す。
森巨人の攻撃で兵士たちが倒され浮き足立っている状態だったが、レイラが魔法の矢を数発撃ち出して攻撃すると、思い出したかのように──兵士の中からも、彼女につづいて攻撃魔法を撃って応戦する者が出た。
魔法の矢を喰らった森巨人が怯み、ゴブリンは腹部を激しく撃たれると、後方へ吹き飛んで後ろで弓矢を構えていた仲間の上に倒れ込む。
兵士たちの放った魔法は小さな火球が宙を飛び、弧を描いて森巨人の頭や胴体にぶつかって爆発した。
周辺に火をまき散らして燃え上がると、兵士や冒険者たちが前に出て、敵の一団と激しい剣戟を交える。
レイラとレスティアの二人も、武装した暗色肌のゴブリンと戦い、数体を相手に立ち回りを演じている。
「むっ」
飛んできた短刀を剣で叩き落としながら、シグナークは不穏な気配を感じて身構え、手斧を手に襲いかかってきたゴブリンを蹴り上げて、倒れたところに剣を振り下ろす。
短刀を投げた相手が倒れたゴブリンの背後にいた赤黒いゴブリンのあいだから現れる。
赤紫色の肌をした──鋼鉄製の鎧や兜を身に着けた、不気味な雰囲気を持つゴブリンだ。
そいつは鋼の剣を手にゆっくりと前に進み出てシグナークを見すえると、剣で彼に斬りかかる。
左右にいた赤黒いゴブリンも手にした剣や槍で襲いかかってくるが、彼はその攻撃のすべてを見切って躱し、反撃する。
突かれた槍をつかんで片手で引き、体勢を崩した相手の首元に剣を突き立てて倒すと、手にした槍を奪い、二匹の攻撃を躱しながら鉄の槍を投げつけて、赤黒いゴブリンをその投擲でしとめた。
彼の背後ではレスティアとレイラが同時に攻撃を仕掛け、森巨人の腕と首を斬り裂いて倒すことに成功した。
大きな音を立てて通りの真ん中に倒れ込む森巨人。
勢いを取り戻した兵士や冒険者が、残ったゴブリンやコボルドに一斉に襲いかかる。
激昂した赤紫色のゴブリンの鋭い攻撃がシグナークに向けて放たれたが、その攻撃は彼がいくどとなくゴブリンを相手に積み重ねてきた、単純な攻撃の一つにすぎない。
攻撃してきた剣先を体のひねり一つで躱すシグナーク。その流れのまま体を反転させつつ大きく踏み込み、相手のがら空きの腹部を薙ぎ払う一撃をゴブリンに叩きつける。
魔法によって強化された剣の刃が鋼鉄製の鎧をも食い破り、ゴブリンは腹を引き裂かれながら後方に大きく弾き飛ばされて、戦々恐々としているゴブリンたちのあいだに倒れ込んだ。
「ギギギャァァッ!」
首領格のゴブリンだったのだろう。多くのゴブリンが撤退を開始する。
剣に付いた血を振り下ろして落としていると、赤紫色のゴブリンがよろよろと立ち上がった。
「まさか……殺したはずだ」
それは彼の何十、あるいは百を超えるゴブリンとの戦歴から得られた、確かな手応えによる結論だった。
「生きているはずがない」
赤紫色の皮膚をしたゴブリンは、充血した黄色く光る眼球でシグナークを睨みつけると、くるりと背を向け、驚くほどの速さで彼の前から逃亡した。
腹部を引き裂かれ、背骨をも断ち斬るほどの威力で吹き飛ばされたゴブリンは、あっと言う間に町の入り口まで走って行き。数十体の生き残ったゴブリンやコボルドと共に、オルンタスクの町から逃げ去ったのである。
ー 第五章「古き血の怨霊」 完 ー




