魔女王ルディアステートとアイラス
どうやら彼女は試練を越えたと判断されたようだ。その様子を岩山の上から見ていたイブニスノアはレスティアの元へ駆け寄って来た。
少女は腕や肩に小さな切り傷を作っていたが、大したことはなさそうだ。イブニスノアは少女に声をかけると祠の中を見て来いと告げる。
「わかっています」
少女は剣を鞘に納めると洞穴へ向かって歩き出す。
気を充填させての瞬発力の増加に、加速魔法を使っての連撃を放ったというのに、あの合成獣はまだ余力を残しているようだった。
これが試験でなければ──倒されていたのは自分だったかもしれない。そう考えるとレスティアは不愉快な気持ちになる。
もっと力をつけなければ……! 筋力、技、魔力──それらを高める術が欲しい。少女は今回の試練を乗り越えて、さらに強く、そのことを望みはじめた。
暗い洞穴の奥がぼんやりと光っている。
青白く、湖面に映った光が洞穴の壁に反射するみたいに、壁や天井が青や緑色に揺らいでいる。
通路の先には広くなった部屋のような場所が一つだけあり、四つある祭壇状の石柱が立つその中心に大きな水晶の塊が置かれていた。
水晶は青白い光を放っており、周囲をぼんやりと照らしているのだ。
祭壇のあいだを通って水晶に近づくと、結界を通過して水晶の魔力が急に強く感じられた。祭壇は水晶の魔力を隠すのと同時に、その魔力を利用して異界の門を封印する役割を担っているのだろうと少女は推測した。
光を放つ大きな水晶の塊は少女よりも頭二つ分ほど高い。下のほうが太く上部に行くほど細くなる水晶の中に──何かが浮かび上がる。
それを確認しようと彼女は近づいて──そっと手を伸ばす。
『試練を乗り越えし者よ……』
突然頭の中に声が響いて思わず身構えるレスティア。それは抑揚のない女性の声で、頭の中に反響して聞こえるが、どこか遠くから聞こえるみたいに部分部分が聞き取りづらい声だった。
『ガルド・モールナの末裔にこの声を残す。──私はセルラーシェス。お前たちの祖先に魔神の力を制御し、短命になることを防ぐ術を教えた者である』
光の魔女セルラーシェス……! なぜその声がこの荒れ地の中心──異界との接点を封じる根幹の水晶から聞こえてくるのだろう。レスティアは不思議に思ったが、いまはこの水晶から聞こえているらしい言葉を聞き逃さないよう集中することにした。
『──恐るべき魔女ルディアステートの配下。魔神の力をもっとも多く手に入れたガルド・モールナであるアイラスが、私たちの手を逃れたのは偶然ではない。ルディアステートが自らの敗北を「先見の魔眼」で予見したためであろう。──つまりルディアステートは、いずれ復活を遂げるためにアイラスを自らのそばに置かず隠したのだ』
いきなり核心について話したのはセルラーシェスの焦りを暗示しているようだと少女には思われた。魔女王ルディアステートを倒したはずの彼女が、すでにルディアステートの復活を危惧しているのには理由がありそうだ。
『だが私は、ルディアステートの力の大部分を封印することに成功した。仮にアイラスがルディアステートを復活させたとしても、必ずや皇帝印を持つ者によってアイラスは倒されるであろう』
* * * * *
「セルラーシェスの言葉でそんなことが……? それでは光の魔女は、魔女王ルディアステートを封印したわけですよね? アイラスが復活させても魔女王は本来の力を発揮できないのではありませんか?」
魔女の長ヴェルカーリムが「幻獣の試練」を乗り越えたあとに聞く、水晶に残された光の魔女の言葉をシグナークらに伝えると、エレミュスは魔女の長に迫るみたいに尋ねる。
「そうかもしれん。しかし魔女王がどのような封印をされたのか我々も知らないのだ。そのことを知っているのは封印を施したセルラーシェスのみであろう。その彼女の言葉によれば『皇帝印を持つ者』つまり皇帝の血族が、アイラスを倒せると考えているようだ」
シグナークは魔女の長の言葉を聞き、沈思したまま黙り込んだ。彼の頭の中で皇帝印や光の魔女など、皇帝に関係する事柄と魔女王のことを結び付けて考えていると──ふと、初代皇帝の逸話にある、二振りの魔剣についての記述を読んだことを思い出した。
「皇帝の魔剣──それは皇帝の血族しか扱えない物だと聞きましたが、それが本当なら、その魔剣でアイラスを倒せるという意味では?」
「ほう、そのことに気づいたか。私もその可能性を考えていたが……」
二人の会話にエレミュスが割って入る。
「しかし皇帝の魔剣は初代皇帝が、その強大な力を後代に残す危険を考えて、その所在を隠匿して封印したと言われ……あっ!」
「そう──魔剣を封印したのもセルラーシェスだと考えられる。──だがやはり、わからんことばかりだ……」
「光の魔女は水晶に残した言葉を信じ、魔剣のありかを探せ、ということを訴えているのでしょうか」
エレミュスの言葉に首を横に振るシグナーク。
「それでは魔剣を封印した意味がわからない。しかし──」
「うむ、それに魔剣の発見は難しいだろうな。実際に現皇帝だけでなく、それ以前の皇帝たちも二振りの魔剣を探しているが、いまだに発見されていないのだから」
* * * * *
暗い洞穴の中の玄室を思わせる空間の中心で、青白い光を放つ水晶は奇妙な揺らめきを発し、その色を青紫色に変質させた。
『さて、私の用意した試練を乗り越えた者に褒美を与えなければなるまい。……この水晶に手を当て、自らの魔力を水晶にそそぎ入れよ。その魔力を媒介し新たな魔法を授けよう──どのような魔法を獲得するかは、おまえしだいだが』
レスティアはいよいよかという思いで両手を水晶に当てた。彼女は躊躇うことなく魔力を水晶に集中させると、水晶の中にはさまざまな色の光が揺らめき、あふれ出ては消えて行った。
どれくらいそうしていたかは彼女にもわからなかったが、数十秒のことだろう──彼女の中に新たな魔法と呪文が構築されていくのを感じると、水晶からそっと手を離した。
『その力を皇帝のために使ってくれとは言わない。どうか戦えぬ者たちのために、その力を使ってほしい。魔神の脅威から、ルディアステートやアイラスの脅威から人々を守り抜いてほしい……』
水晶から放たれていた光が消え、洞穴の入り口から差し込む光が地面がむき出しの通路を照らし出す。
「まったく、勝手なことを言いますね。自分たちが討ちもらした敵を討て、だなんて──六百年も前の相手が生きているなんて言うだけで、はた迷惑な話です」
レスティアはそう言いながら水晶に背を向ける。
「けれど、おもしろそうですね」
不敵に言い放つと、少女は出口へ向けて歩き出す。手に入れた新たな力を使って戦う心象を頭の中で思い描きながら。
ルディアステートとその意志に従う者は自分たちの敵だという思いが、ガルド・モールナの中にはつねにあるのだ。彼女らの生まれがほかのあらゆる人々と異なるのは、ルディアステートが原因なのだから当然とも言えるだろう。
少女の中にひそむ好戦的な部分が首をもたげるのを感じ、洞穴を出ると彼女はそこで一度立ち止まる。
荒れ地の乾いた空気を吸い込むと少女は気持ちを落ち着かせるため、共に冒険をしている仲間たちの顔を思い浮かべることにした。
この危険な土地にもついて来てくれた仲間のためにも、危険な敵を排除できるような剣士になりたい。少女はあらためてその目標を意識すると、仲間たちの元へ帰ることにした……