レスティアの生家と母エシュクリア
レスティアのあとをついて行き、先ほど通った建物まで戻って来た。少女が暮らしていた家の前に来るとレスティアは──なぜか、入るのを躊躇う。
少女の後ろに立っていた三人が互いの顔を見合っていると、レスティアは振り返り「少し待っていてください」と一言残し、扉を開けて中へ入って行く。
少女に言われたとおりに家の前で待っていると、乳白色の壁の中から声が聞こえてきたが、何を話しているかは聞き取れない。
しばらくしてからレスティアが戻って来て、扉を開けて三人を家の中へ招いた。
「ようこそ、こんな場所まで来るような外の人は久しぶりですわ」
そう言ったのは若く、美しい魔女であった。彼女は極端に肌を露出させた──法服のような物を身に着け、太股を大胆に見せる切り込みの入ったゆるやかなスカートをはいている。
濃い紫色の長い髪はところどころが黒に近い色になり、部屋の中にある角灯の光を受けて、奇妙な揺らめきを見せていた。
赤い瞳と白い肌。顔立ちはとても美しいが、眠たげな目とにこやかな笑みを浮かべる口元が、どこか虚ろで──無気味さも醸し出している。
「嬉しいわぁ、娘のお友だちが来てくれるなんて、はじめての事じゃないかしら」
三人はぎょっとした。この若い女が母親なのかという表情で、レスティアの横に立つ女を見る。──確かに、顔立ちや髪の色は少女に似ていなくもない。
「この娘の母のエシュクリアと言います」と妖艶に笑う母。
魔女が若さを保ったままときをすごしていると聞いていたとはいえ、仲間の母親は姉と言われれば納得するような外見であったのだ。
「行きましょう」
とレスティアは言い、三人を家の中へ招き入れる。お辞儀しながら三人は、うら若き母親の横を通り過ぎる。シグナークをじっと見る女の様子にただならぬ物を感じた彼は、足早にレスティアのあとを追う。
少女の母親の目からは明らかな秋波が送られていたのだ。彼は少女が実家に戻るのを敬遠していた理由がなんとなくわかり、魔女の誘惑なる危険なものに対して極力、目を合わさないようにしようと決めたのであった。
レスティアの部屋は小さな物だった。四人が入ると小さな椅子に腰かけた四人のあいだに、小さなテーブルを置くのがやっとの状態になる。
もともと魔女たちの家は一軒一軒が小さな物が多かった。部屋割りがどのような内容になっているかわからないが、この部屋は魔女たちにとっては普通の部屋なのではないだろうか。
しばらくすると木製のドアが控えめに叩かれてレスティアが顔を出すと、エシュクリアがお茶と蜜菓子を手に現れたようだ。少女は母を素っ気なく追い返してお茶と菓子を受け取り、テーブルの上に置いた。
「荒れ地では幸いというか蜜蟻というのがいまして。それから作った甘い蜜が採れるので、お菓子や料理に使われることが多いです」
少女の言葉に耳を傾ける三人。ここに来るまで草木や花などはほとんど見かけなかったが、そのような生き物もいるのかと感心する。
ここ半世紀のあいだに魔女の長ヴェルカーリムは、荒野の中に苔や草木を植えるなどして、なんとか生命を育ませようと努力しつづけているが──なかなか、思うようにはいかないらしい。しかし荒れ地の一部には苔や草が生えており、それがなぜなのかを魔女たちは最近になってこう考えるようになった──
「地中を流れる気脈が壊れたことで、荒れ地には草木が生えづらい環境になっているのではと言われています。これは簡単になおすことができないので、私たちの力だけでは難しいでしょうね」
魔法都市レミールの研究者たちが荒れ地の魔女と、その土地についても調査しているので、いずれは荒れ地ではなくなる日が来るのかもしれない。
そんな難しい話はさておきレスティアちゃんの幼少期についての話を聞きたい、と言い出したクィントゥスに冷たい視線を向けると、少女はこう言い放つ。
「私の過去など聞いても何も面白いことはありませんよ。母親、姉、近所の人たち。魔物や魔獣。そんなことだけですね」
「姉? お姉さんがいるの?」
「ここにはいませんよ。私より先に荒れ地の外へ出て行きましたから。姉も冒険者として活動していますので、どこかで迷宮探索とかしているんじゃないですかね」
と、他人事のように言うレスティア。その後も少女のことや荒れ地について話を聞いたが──少女の、少女らしからぬ話題が次々に語られ出して、エレミュスらはレスティアの心配しかしていない状態になる。
○才の時に○○を倒した。○才の時に○○○を倒した。こんな話ばかりなのだ。いかに荒れ地での生活が困難なものかは充分に理解できるというものだ。
夕食はレスティアも手伝い、荒れ地の魔女特有の料理が出された(四人は魔女たちに分ける分の、荒れ地外の食材もいくつか持って来ており、それを少女の母親にも渡した)。プーガ・フー(首と脚が長い大きな鳥)の煮込み料理や、その卵を使った甘い味付けの卵焼きなどが出され、彼らはそれを美味しく食べた。
野菜は少なかったが、何種類かの豆と小さな葉を混ぜたサラダや、小さな金柑を蜜漬けにした物なども出され、彼らは満足してその日は疲れを癒す香草を浮かべた水を使って汗を流すと、それぞれの部屋で横になることになった。
レスティアの部屋にクィントゥスとエレミュスが寝ることになり、シグナークは箪笥や棚が置かれた部屋に布団を敷いて眠る事になった。
「これを壁にかけて鈴が鳴るようにしておいてください」とレスティアは、長い紐と小さな鈴を手渡してきた。しかも外から結界を張るので手洗いは先に済ませるようにと言うのだ。
「ずいぶん警戒しているんだな」
彼は少女が何を警戒しているかは察しがついていたので、何も言わずに壁に付けられた鉤とドアノブのあいだに紐を使って、鈴をぶら下げたのである。
シグナークが眠りにいてどれくらい経ったころだろうか。部屋のドアが開いたかすかな音で彼は目覚めた。鈴の音は鳴らず、ドアはそっと閉じられたようだ。
上半身を起こそうとすると、誰かが彼の上におおいかぶさってきて、彼の胸に手を当てると優しく横になるよう押し倒す。──暗がりに目が慣れると、それはレスティアの母──エシュクリアであるのがわかった。
彼女は白い薄布をまとっただけで下着も着けておらず、ほとんど裸の格好で彼に馬乗りになると、淫らな腰の動きで男の股間に尻を乗せる。
「……ぁあ、久し振りの男なんだもの。我慢できないわぁ──ね、いいでしょう? 犬に噛まれたと思って、一回。一回だけでいいからぁ……」
シグナークは抵抗しようと体を撫で回してくる女の手首をつかんだ。母親は男に手首をつかまれたというだけで──身を震わせて喜んでいる。
「はあぁ……、この手が私の○○○をこねくり回すのねぇ──ぁあっ、すごくいいわぁ……!」
彼女が男の上で喘いでいるときに──部屋のドアが静かに開いていった。
母親はぎくりとしてゆっくりと後ろを振り向くと──そこには、見るからに激怒した娘の姿があったのだ。
「そ、そんな……結界は解除したし、鈴だって──」
「あいにくですね。部屋に人が侵入したときに反応する、干渉探知を仕掛けておいたので──エシュクリア。あなたという人は……!」
闇の中で少女の赤い瞳が危険な光を放つ。母親はシグナークの上から離れると、まるで飼い主に怯える子犬のように壁際に逃げて行く。
「まっ、待って、レスティア。これは──仕方ないのよ、あなたも大人になれば分かるわ──」
その言葉は少女が一番聞きたくない言葉だったようだ。右手に薄紫色の光を宿すと、その手で母親の額をむんずと鷲づかみにする。
「お邪魔しました……」
そう言って母親を引きずって行くレスティア。引きずられていくエシュクリアが悩ましげに、あるいは恨めしげに言うのが、閉じたドアの向こうから聞こえた。
「ぉねがいよぉ……ひにんする、避妊するからぁぁ……」
去って行く少女の「うるさいですよ」の声が、冷たく夜闇の中に響いた……
レスティアの手が薄紫色に光ったのは「対象の生命力を奪う闇属性魔法」(エナジードレインの様な物)を使ったからですね。その後母親は娘に強制的に魔法で眠らされる羽目になったとか、たぶんその時のレスティアはまったく笑ってない目で「また昔の様に隣で寝ましょうか、おかあさん」とか言いながら魔法を使ったんでしょうね。




