魔女の集落「荒廃の澱み」へ
突然現れた大きな剣を持つ女は荒れ地の魔女の一人で、名前をイブニスノアと名乗った。彼女は軽々と大剣を背負い、レスティアの戦い振りを誉め、三人の仲間のことを尋ねる。
「この方たちは私の──仲間です。シグナークさん、エレミュスさん、クィントゥスです」
なぜか一人だけ呼び捨てにされたが、本人もイブニスノアも気にしなかったらしい。
「こちらの大女は、本人が言ったようにイブニスノア。もちろん荒れ地の魔女です」
彼女はこうやって荒野の中を警戒しつつ、魔物や魔獣を倒している魔女の一人ですと紹介する。
大女と紹介されたイブニスノアは「かっはっは」と笑い、レスティアはあんまり背が伸びていないな、と言って少女の怒りを買う。
「ま、それはいい。外部の人間を連れて来るなんて初めてじゃないか、まさかその男とち……」
「違います」
イブニスノアの言葉を即否定して、煩いの七塚を通って荒廃の澱みへ向かっているところだと説明すると、彼女もついて来ると申し出た。
「あんたらだけじゃ不安だな。この辺あたりが危険なのは知っているだろうが、多頭大蛇や魔獣ウォルバスといった──危険な連中がうようよしているぞ」と脅す。
「ウォルバスなら荒れ地の外で戦いましたよ。なぜ荒れ地の外へ逃がしたんですか?」
少女の言葉に、大柄な剣の魔女は驚いた様子だ。
「なんだって⁉ 倒した? そうか、それは良かった。なるべくなら周囲の国には迷惑かけたくないからな……あぁ、ザルカスは別だ」
あんな連中はウォルバスの胃袋に入っちまえばいい、と呪詛に似た言葉を口にするイブニスノア。どうやら全方位から嫌われている国家らしい。
大剣を背負い、小麦色の獣の毛じみたぼさぼさの髪をした彼女は、日に焼けた薄茶色の肌を晒した格好をし、その目は少女と同じ赤い瞳を持っていた。
体つきは戦士の肉体であり、シグナークと同じくらいの身長と腕の太さをしている。後ろ姿は男だか女だかわからないたくましさだ。
クィントゥスは少女が将来、このような大女になる姿を想像して──身を震わせた。
煩いの七塚にはすぐに辿り着いた。大きな先の尖った岩が乱立したあいだに、その集落は隠れるようにして存在している。集落のまわりは石の壁が所々に設置されているが、すべてが壁でふさがれているわけではなかった。
石の壁には強力な結界が張られており、魔物などは容易に近づけないようになっているのだとイブニスノアは説明する。
「ところで、ぁ──シグナーク、だったか? ここいらの女もそうだが、荒廃の澱みにいる女たちには気をつけろよ? 油断してると食われちまうぞ」
彼女はそう言って豪快に笑う。何を隠そうレスティアの……と、こそこそと小声で話そうとするイブニスノアにレスティアが、身体を回転させた豪快な回し蹴りを尻にみまって黙らせる。
「お前! しばらく見ないうちに狂暴になったんじゃぁないか⁉」
「ええ、おかげさまで」
少女は尻を両手で押さえている大女に物騒な笑みを向ける。
「わ、わかった、わかったから……」
まったく、母親の火遊びくらいで何をそんな──などと、ぶつくさ言っている彼女の尻に、二発目の鋭い回し蹴りが炸裂した。
集落には当然だが魔女しかいなかった。集落の中だというのに、誰もが背中に大きな剣を背負っている。ここにいる数名の魔女は皆若く、二十代から三十代に見える。
土と石で建てられた原始的な小さな建物の多くは住居であるが、中には倉庫の役割をしている建物もあるらしい。
荒れ地の魔女たちは突然の訪問者らを遠巻きに見て、ひそひそと話し合ったり、じっと見ているが──レスティアが睨みを利かせているためか、誰一人として彼女らに近づいて来る者はいなかった。
「一応、ここが私の家だ。寄ってくか」
イブニスノアが指した建物は、やはりほかの建物と同じ乳白色の塗料が塗られた土の壁と、石組みで造られていた。窓もあるが木製の戸で閉じられており、玄関の扉も木製のがっしりとした物で、金属板が打ち付けられていて、そこには謎の紋章が彫られている。
「魔除けの札みたいなみたいなもんさ。私たち荒れ地の魔女に古くから伝わる風習ってやつね」
休んでいくかどうかを四人は互いの顔を見て判断を下す。──誰一人としてここでゆっくりとする気はないようだ。このまま一気に荒廃の澱みへ向かうことに決め、小さな集落をあとにする。
「なぜあなたも来るんですか」
レスティアはイブニスノアをじろりと睨む。
「おいおい、連れないねぇ。せっかく用心棒を買って出ようって言うんだ。ここはすなおに任されときな」
「そうだな、俺も賛成だ。この危険な土地で生きてきた、彼女の力を借りるべきだろう」
シグナークがこう言うと、ほかの二人のことも考えて、少女はしぶしぶと同行を許した。この大女が余計なことを言いそうになったら、また尻を思い切り蹴り上げてやる。──そんな気配を察してイブニスノアは殿を引き受けると、エレミュスの後ろをついて行く形を取る。
道案内をしているのはレスティアだ。しかしこの広大で、どこまでも同じような景色がつづく荒野で何を目印にしているのか。荒れ地の魔女ではない三人には、まったくわからない。
「私たちが何を目印にしているか? ああ、それは魔力の道を辿っているのさ。結界が荒れ地を包んでいるのは聞いただろうが、それは結界の中にも何重にも重なった結界の効力が刻み付けられていて、その中の比較的魔物や何やらが入って来れない道に沿って移動しているわけ。だから多少は遠回りにはなるね」
エレミュスに聞かれたイブニスノアはそう説明して、不意に背中の剣をつかんで戦闘体勢に入る。前にいる三人も手に武器を持ち、前方からやって来たものと睨み合う。
灰色と青色を混ぜた気味の悪い色をした大きな生き物が、岩のあいだをずるずるとした動きで近づいて来る。長い身体を起き上がらせると、数メートルの高さにまで首を伸ばし、四本の頭を持った多頭大蛇がしゅるしゅると音を立てながら、長い舌を口から出して五人を威嚇する。
いきなり二つの頭が口を開けて毒液を吐きかけてきて、それが開戦の合図となった。
あらかじめ四人は、各魔物と戦闘になったときの行動や作戦を決めていた。二手にわかれたレスティアとシグナークに気を取られているうちに、エレミュスが冷気の魔法を使って攻撃し、嫌がった相手を数の力で首を落とす、というものだ。
実際、エレミュスの放った凍気を放つ魔法を受けると、多頭大蛇は嫌がり、後方へずりずりと引き下がりながら神官に向かって「シャァァァッ──」と威嚇して怒りをあらわにする。
それでも苦戦するでしょうとレスティアから言われていたが、今回の戦闘にはもう一人居るのだ。
レスティアとシグナークが一本ずつ首を引き裂いたが、クィントゥスは攻撃しようと駆け寄ったところを、一本の頭部にすばやい頭突きを食らって吹き飛ばされた。しかし彼女の穴を埋めるべく飛び出したイブニスノアの振るった大剣が、横に大きく薙ぎ払われると──かろうじてつながっていたレスティアらの攻撃した首もろとも、三本を一撃でぶった斬ってしまうのであった。
多頭大蛇の懐深くにもぐり込む動きの速さも驚異的だったが、剣の魔女の力。その剛力はすさまじいものがあった。──彼女は首を落とされた胴体をも真っ二つにして、完全にとどめを刺す。
「こいつを荒廃の澱みへ土産に持って行こう。呪術の触媒としては優秀なんだ、こいつは」
吹き飛ばされたクィントゥスに大丈夫か? と声をかけながらイブニスノアは、四つの大蛇の頭を縄で縛ってまとめると、それを肩に担ぐ。
まるで何事もなかったかのような、余裕のある自然な彼女の行動に感心を通り越して呆れてしまう三人。しかしこの危険な地で生き抜いてきたということは、そういうことなのだ。「常識的」などというものは、ここではなんの価値もないのに均しいのである。
その後は、魔人狼と猟犬が現れて戦闘になったが、これも苦戦はしなかった。シグナークが魔人狼の攻撃を受けてかすり傷を負っただけだ。
彼女らはそうやって歩きつづけて、やっと「荒廃の澱み」の集落へ辿り着いた。そこは「煩いの七塚」よりも規模が大きく、建物自体も大きな物が多かった。集落の中央には大きな柱が立っており、結界を張った物の一つであることは間違いない。
集落を歩く魔女たちもやはり若い女しか見当たらない。クィントゥスがエレミュスに声をかけて疑問を口にした。
「魔女の集落って言うから、お婆ちゃんみたいな魔女ばかりかと思って来たのに、なんか若い人ばかりだね」
二人の会話を聞いていたイブニスノアが、後ろから声をかけた。
「なんだぃ知らないのか。私たち荒れ地の魔女は、ある一定の年齢になると急激に老化が遅くなる体質なのさ。ここの長だってもう百は越えてるけど、見た目は私とそんなに変わらないよ」
「ま、マジですか」
「マジ? なんかよくわからない言葉だねぇ、え? 本当かって? 本当だよ。まじまじ」
イブニスノアは面白がってそう言うと、クィントゥスは祝福されたような気持ちに満たされた。
ああ、それならレスティアちゃんも今のまま──可愛いレスティアちゃんのままなんだね……そんなふうに考えて、一人でにやにやと笑みを浮かべるクィントゥス。
「いや、レスティアも成長するでしょ。変な考えは捨てなさい」
と彼女の思考を読み取ったかのようにエレミュスは言い、──クィントゥスの儚い夢を打ち砕くのだった。
「ここが私の暮らしていた家です」
レスティアはそう言うが、まったく立ち止まろうともせず──比較的大きな家の前を素通りする。
「あれ? 寄って行かないの? 家族に挨拶くらいしていったほうが……」
クィントゥスの言葉に少女は「あとにしましょう」と口にして、集落の中央にある柱の下に建つ建物に向かう。その建物は大きな建物であり、柱の周囲には小さな倉庫らしき建物も建っている。
ほかの物と同じく乳白色の壁色をした建物であるが、入り口の周囲が赤と青に縁取られ、この建物だけが両開きの扉になっている。──レスティアはその扉の前に立つと金属製の丸い取っ手で、扉を二度叩く。
「入りなさい」
扉の向こう側から声が聞こえた。若い女の声だがどことなく重厚で、言葉に力がある印象を受けた三人であった。
イブニスノアは大蛇の頭を置いて来ると言って去って行く。
建物の中に入ると、お香らしき香りが漂ってきた。甘い香りの中に──わずかだが薬のような匂いも混じっている。玄関から奥に行くと壁があり、その手前に大きな赤い革張りの長椅子が置かれ、そこに女が横たわっている。
「お帰りレスティア。久しいねぇ、どうやらお仲間にも恵まれて──もしや、『幻獣の試練』を受ける気になったのかい?」
「はい、ヴェルカーリム。明日、試練を受けようと思って参りました」
「そうか、そうか。なら注意しな。封印境を守る守護獣は、我ら魔女の力をよく知っているからね。倒すには覚悟と、己の弱さに打ち勝つ心が必要なのだ」
ヴェルカーリムと呼ばれた魔女は横になったまま、少女の後ろに控えた三人を深紅の瞳で見て頷く。
「こんな格好で失礼するよ。百年以上も生きていると、動くのが億劫でかなわん。あなた方はレスティアの家にでも泊めてもらって明日、もう一度ここに来なさい。少し私たちや、帝国や、このあたりの歴史について知ってもらおうかね。そうしたほうが、レスティアのことも良く知れるだろうから」
魔女の長はそう言って四人を下げさせる。外へ出るとイブニスノアが戻って来て「早かったね」と一言いって、明日はレスティアを封印境まで送って行くよ、とだけ言って去ってしまった。




