グラナシャウド大迷宮
答えを保留にしたのは、運ばれて来た料理たちであった。レスティアは料理よりも、シグナークの戦士としての本質的な強さに関わる問題についての答えを聞きたいと思っている様子だったが、彼がいま一つ話すのを躊躇っている気配を察すると、大人しく引き下がった。
食事は美味しかったが、三人の女性陣は考え込んでいる様子になった。シグナークの単独での戦いにこだわる姿勢を知って、自分たちが冒険の中で目標にしている事柄が、お金を稼ぐことや、戦士ギルドでの階級を上げるといった、表面的なことだけを求めていたのではないかと考えてしまったのだ。
場の空気を変えたのはシグナークであった。彼は食事を終えると給仕に皿を下げさせて、一杯だけ赤葡萄酒を注文したのだ。
「おまえたちもどうだ? レスティアは……葡萄水だな」
そう言われた少女は、反抗することなく葡萄水を注文し、クィントゥスは赤葡萄酒を、エレミュスは紅茶を注文する。
シグナークは飲み物代を払うと、この街の葡萄酒は味が良いと評判なのを聞いたことがあったのだと話しはじめ、クィントゥスは白葡萄酒なら甘い物が多いから、成人したら一緒に白葡萄酒を飲みに行こうと、レスティアを誘ったが。
「そのころにはあなたとパーティを組んではいないでしょう」とあっけなくふられ、あまりの手痛い言葉にクィントゥスはがっくりと、テーブルに突っぷしてしまったのである……
宿屋に戻った四人は各部屋に戻って、明日の冒険への準備をすることになった。すでに彼らは、ここフィグニアでおこなう冒険を、ウジャスにいたころから決めていたのだ。
それは「グラナシャウド大迷宮」の探索だ。
この迷宮は周辺ギルドでもっとも警戒されている冒険者の探索場所である。
それには理由がある。この迷宮が生み出されたことに起因があるのだ。
この迷宮がある場所はかつて、森や山に囲まれた広い草原があったのだが。いまでは石の壁で造られた迷宮が、ある物を取り囲む形で形成されている。
「ある物」とは異界への門だ。ただし開きっぱなしになっているわけではない。異界の門を封じるための迷宮なのだ。
大昔に開かれた異界への入口「魔境門」は、異形の扉の形を取って現れたのだと言われている。
不気味砦から姿を現したのは多くの魔物や悪魔、中には竜の姿もあったとされている。何しろ二百年以上前の話だ、戦士ギルドも設置されていない時代のことである。正確な記録が残っているはずもない。
国が保管している歴史に関する古文書には載っているらしいが、非公開になっているのだ。
ともかく当時の国の軍隊が、この異界化を食い止めるために魔法使いや魔術師の力を頼り、なんとか魔境門の封印に成功したのだ。実際どれほどの犠牲が払われたかは──誰にもわからない。
しかし封印された門は消滅したわけではないのだ。それは異形の扉が消え去ってもなお、不可視の入口を発生していたために、当時の魔法使いたちが──この異世界への門の周辺に、魔物たちにのみ効果のある「迷宮結界」を張り、外へ出られないようにしたのである。
迷宮結界の効果を引き上げるために国は、資材を投じて石の壁で実際に迷宮を造り上げ、迷宮自体も結界で封印し、魔物が出られない状況を作り出したのだ。
* * * * *
翌日四人は、道具や装備の準備を整えるとギルドに向かい、グラナシャウド大迷宮の探索で受けられる依頼を探して受けることにした。
例によってクィントゥスをリーダーにし、彼らは大迷宮の探索へと向かったのである。
「ギルドの話じゃ、中級悪魔の中でも弱い部類に入るデウバイド。イヴーニデス。そんなのが中心らしいね。これなら私も倒したことがあるし、なんとかなるよね?」
《剣魔》ヴォアルススはめったに出現しないと受付に言われ、肩を落としたシグナーク。それにほっとしたのはエレミュスである。レスティアだけでなく、シグナークにまで勝手に突っ走られたら、彼女とクィントゥスの手には負えなくなると考えているのだろう。
危険な迷宮なのだから用心して行きましょうね、と声を発した彼女に「そうだな」と応えたシグナークは腰に長剣を、手には斧槍を握って、ぴりぴりとした──いつもとは違った気迫を身にまとっている。
中級悪魔や魔物が多く出る迷宮へ乗り込むのだ、気合いが入っているのだろう。それはほかの三名も同じことだった……と思ったが──レスティアは違った。まるで遠足に向かうかのような軽い足取りで、迷宮へ向かって歩きはじめたのである……
迷宮内では四人の活躍より、ある人物との邂逅が……おっと、それは先の話かも。