牛頭人(ミノタウロス)との戦い
彼らはなんとか強敵を打ち破ったが、これからは魔人の尖兵を親指と人差し指の二本を立てた形で合図しようと決め、とりあえず勝利をよろこび合った。
今回はレスティアのおかげでクィントゥスの首がつながったなとシグナークが言うと、彼女は感激して少女に抱き着こうとするが、彼女はしれっとそれを避け、戦利品の武器や鎧を調べはじめる。
エレミュスも少女の横に並んでしゃがみ込むと、鎧や兜の中を覗き込んで言う。
「灰がなくなっていますね。話には聞いていましたが、ここまで綺麗になくなるものなんですか?」
「いや、灰が残ることもある。理屈はわからないが、結晶が残ることもあると聞いた」シグナークは彼女の言葉を受けながらそう話し、具足をひっくり返したりしながら、この魔人の尖兵からは、持っていた武具以外は手に入らなかったと示す。
貴重な魔法のかかった装備である可能性もあるので、それらを荷袋に入れ持って帰ることにする。クィントゥスは鈍色に光る籠手と脛当てを荷袋にしまって、先へ進むことにした。
この遺跡にはゴブリンの群れも生息していた。ゴブリンの戦士階級である暗色肌と呼ばれる強靭な身体を持つ者もいて、本来なら多少の苦戦をしいられてもおかしくはなかったが、レスティアとクィントゥスの連携がうまく機能しはじめると、次々に敵を打ち倒していく。
以前から何度かクィントゥスとレスティアは、パーティを組んで戦ったことがあったが、そのときは互いの距離を意識して戦うことがなかったのだ。というかレスティアは、そこまで相手の動きを見てはいなかったのだろう。
今回はシグナークからの忠告もあり、それ以前の自分の戦い方や、パーティ戦との違いに意識を向けることで、いままで以上に視野が広くなって戦えている感触が、彼女にも感じられているらしい。
昨日までの、前方と敵ばかり意識して戦っていた単調な動きから──今日は、周囲をうかがう余裕すら感じられる動きに変わっていた。レスティアにとっても、今回のパーティでの経験は、いままでとはずっと違うものに感じられたはずだ。
遺跡内の部屋の中を調べたりして、ゴブリンの持っていた宝箱や遺跡内に置いてある箱を、シグナークが罠をはずしながら開放する。中にある物はそれほど大した物ではなかったが、それなりの戦利品を手に入れることもできた。
「しかしこちら側には牛頭人が見当たらないな」
前方を行く二人を追いながら、エレミュスと小声で話していると、クィントゥスが手信号を使って──というか顔全体で「モォ〜〜」と鳴く真似をしている。
二人が前衛に追いつくと、崩れた壁の先にいる鉄の胸当てなどを装備した牛頭人が、のっしのっしと歩いて地響きを立てているのが感じられた。その足元には一匹の鱗大蜥蜴の死体が転がっている。牛頭人が手にしている大きな鉄塊の如き大剣で、首を落とされたらしい。
あの剣では盾で受けるのも危険だとクィントゥスは訴える。すると前へ出ようとするレスティアを抑えて、エレミュスが不意打ちをおこなうことを提案した。
彼女の提案に乗ると彼女は呪文を詠唱し、魔法の矢を複数放って大剣を持っている腕に攻撃を集中させ、得物を持つ腕を破壊する。
「グガァァアアァッ」と牛頭人の口から悲鳴が上がり、ドスドスと蹄の音を響かせ、後ろに下がって膝を突く。大きな鉄の塊が手から落ち、石床の上にガランと重い音を立てて落下した。
次の瞬間、壁のかげから飛び出したレスティアが高速で牛頭人に迫り、仲間が追いついて来る前に、三発もの攻撃を繰り出して牛頭人の脇腹や、のどを切り裂いて打ち倒してしまった。奇襲とはいえ、正確な攻撃が鎧や骨などの固い部分を避けて斬りつけ、急所を狙われた牛頭人はなす術もなく前のめりに崩れ落ちて動かなくなったのだ。
「おみごと」シグナークが簡単な賞賛をのべ、まずは角だけでも回収しておこうとしたとき、後方からドスドスと音を立てて、大きな何かが迫って来るのを四人が悟って臨戦態勢に入る。
陣形を整えると、壁の向こうから赤黒い毛におおわれた牛頭人が現れ、人間を見るとうなり声を上げて襲いかかってきた。
そいつは鉄の鎧に鉄の兜をかぶり、腕と足までもが鉄製の防具でおおわれていた。肩口や肘の辺りから赤黒い毛がはみ出ているが、一番毛が見えている場所は、なんと言っても背中だろう。鎧をまったく身に着けていない部分が背中にあるのだ。
「グルるギュゴゴぉォッ」
奇怪なうなり声を発して、手にした斧槍を振り回して襲いかかってきた。各自は散らばって、牛頭人を囲む形で武器を構える。後方に退いたエレミュスは、すぐに防御魔法を全員にかけ、この危険な猛牛の持つ得物から仲間を守ろうとする。
一撃目が振り下ろされシグナークはそれをギリギリで躱しながら、反撃の糸口を見つけようとしたが、鎧などの防具に阻まれて剣の切っ先が弾かれてしまう。
隙を見てレスティアが攻撃に移ったが、彼女の攻撃も籠手に阻まれてしまった。少女が魔法を使うか悩みはじめると、背後に回り込もうとしていたクィントゥスに牛頭人が向きなおって、いきなり頭から突進し、角を振り上げて盾ごと彼女の腕を貫き、後方へ吹き飛ばしてしまう。
盾を大きく貫通することはなかったが、激しい一撃を受けたクィントゥスは膝を突いて動けなくなり、駆け寄ってきたエレミュスに回復魔法をかけてもらって、なんとか立ち上がった。
見かけ以上に機敏な動きを見せる相手に、レスティアが大きく展開する動きを見せて、牛頭人の目を引いた。ぐるりと少女を追いかけるのとは反対に動くシグナークが、牛頭人の背後を取ると、剣をくるりと回転させて持ち方を変え、音を殺して数歩近づくと──背中に向かって飛びかかり、高い位置にある首筋を狙って剣を振り下ろした。
ぐさりと突き刺さった剣がかなり深くまで入ったが、苦痛の咆哮を上げながら肘打ちでシグナークを弾き飛ばすと、首筋に剣を突き立てたまま、手にした斧槍を振り回して暴れ回る。
シグナークは弾き飛ばされた先で、石の壁にしたたかに身体を打ちつけたが──自力で立ち上がり、腰の背中に収まっている短剣を抜き放って身構える。
レスティアは冷静に、相手の振り回す武器から遠ざかったかと思うと、一気に踏み込んで長柄の武器の懐に入り、籠手の内側を狙って斬りつけ、つづいて膝の裏を狙って剣を薙ぎ払い、渾身の力で牛頭人の足を骨まで砕いて転倒させる。
「ギュォおオオぉオぉ」
悲鳴を上げて腰から倒れ込んだ相手に近づきながら、シグナークは手にしていた短剣を放り出し、牛頭人の首筋に突き刺さったままの剣に手をかけると、それを一気に押し込んで横へ引き、強引にのど元を斬り裂いて──剣を回収する。
牛頭人の喉からうめき声が漏れ出たと思ったときには、ブクブクと血の泡を吹いて後方へ倒れ込み、大きな身体を横倒しにして絶命した。赤黒い毛をした牛頭人の口から、ごぼごぼと大量の血があふれ出てきた。