ミメト遺跡前での相談
メメント遺跡を「ミメト遺跡」に変更しました。
街を出る前に簡単に準備し、シグナークは回復薬以外にも、錬金術によって錬成された道具を、ベルトに付けてある小物入れの鞄に忍ばせた。
彼は牛頭人とは何度も戦ったことがあり、たった一人で二頭を同時に相手をして勝利してもいる。──ただ、ミメト遺跡に現れる牛頭人は武装しており、かつて戦った牛頭人と同じにはできないと彼は考えていた。
この用心深さも彼の強みであり、彼がたった一人で戦いつづけることで得た「慎重さ」は、情報を得て──それをさらに分析していくことで、より正確な勝利への道筋を彼にもたらすのである。
ウジャスの街を出ると、踏み固められた道なりに進み、草木の生い茂る場所や、乾いた黄土色の地面がむき出しになった場所の近くを通りながら、ゆるやかな坂道を上がったり、下ったりして──半時ほどすぎた。
レスティアとクィントゥスが前方を歩いているのに対し、シグナークとエレミュスは後方から、彼女らのあとを追う形になっている。
シグナークはそれとなくエレミュスに、レスティアの戦士ギルドでの評判について尋ねると、だいたい予想どおりの話が聞けた。
つまり少女はウジャスの街に来て二ヶ月ほどで──多くのパーティから、「この娘とは組みたくない」との評価を受けてしまったというのである。
「偵察や索敵ではない先行。独断的戦闘開始。行動予測の取りづらい動き、深追い──などなどの問題行動で、煙たがられているみたいです。すごく強いのはわかりますが、長くパーティを組んで行動したいとは思われないでしょう」
エレミュスの個人的な意見も加味しての評価であろう。命を預け合う冒険者にとっては、互いの得手を活かした行動や、危険と感じたら一度退くといった決断も重要になる。誰しも得意とすることや、苦手とするものを持っているがゆえに、パーティでの決まりごとなどがあり、それを守ることが仲間との連携を取る重要な要素にもなる。
レスティアの、敵を前に身体を左右に振っての機敏な動きは、敵に動きを読まれにくい反面、仲間にとっても動きがわからず。攻めるにも守るにも、彼女の行動が邪魔になりかねないのだ。
シグナークも一人で戦闘をこなすことが多いが、仲間と行動を共にする場合は、それなりに周囲の仲間への配慮を忘れずに行動することができるほうだ。
例えば、弓を持つ仲間に背を向けることはせず、敵の横へ回り込んで、矢の援護を期待することも必要になると知っていた。仲間の力を活かすことも、パーティで行動するときの重要な役割なのである。
少女にもそれができれば、かなり優れた戦士になるだろう。彼女の持つ技量と魔法は、あの若さからは考えられないほど卓越したものがあると彼は感じていた。それだけに惜しいとも思うのである。
しばらくすると森や岩山から離れた場所に、石造りの建物が見えてきた。それは荷車などによって踏み固められた道からはずれた先にある、砦に似た建物であった。
「あそこは遺跡への中継地点となる拠点です。戦士ギルドや、この領地の領主などからもお金や資材を募って、建てられた物だそうですよ」
エレミュスの説明を受けると前を行く二人が、拠点の方を指差して寄って行くかと尋ねている。後方の二人は帰りが遅くなってしまったときに寄ればいいと言って、いまはミメト遺跡へ向かうことを優先した。
中継地点を通りすぎて進みつづけていると、二手に分かれる道のあいだに木の看板が立てられて、一方に向かう道を「レルハンドラ行き」と書かれた看板が指し示し。もう一方を差す看板に「ミメト遺跡」と書き込まれていた。もちろん四人は遺跡へ向かう道を選んで進み、ゆるやかな傾斜のつづく道を進んで、二つの隆起した丘のあいだを通って遺跡へ向かって行く。
小さな林や丘の多い地形は、まるで波打つ大地の中を歩いているかのようだ。低くなった場所には決まって池や湿地が存在し、周辺に棲む鹿や鳥たちが水を飲みに行く姿が見られる。
分かれ道から数十分くらい歩いて斜面を登った先に、遺跡が見えてきた。石造りの廃墟は数百年のときを刻んで、ところどころ朽ち果ててはいたが──建物の壁や住居の跡は、それなりに残されている。
遠くから見た限り、かなりの面積を持った古代都市の遺跡で、恐ろしいことにその廃墟の中には、牛頭人の姿がいくつか確認できたのである。遺跡の中を彷徨く茶色い影は、三体ほど確認でき──それらは、それぞれ離れた場所を徘徊している様子が見て取れた。
四人は岩陰に隠れて相談をし、前衛にクィントゥスとレスティアが、後衛の守りをシグナークがおこない、エレミュスは後方から支援をする形を基本陣形とすることにした。先へ進もうとする前衛に待ったをかけ、シグナークはレスティアに声をかける。
「敵に見つからないように進んで、敵を発見したら仲間に合図を送るように。先行しすぎたり、勝手に戦闘をはじめるのは無しだ。仲間の準備が整ったらレスティアが先陣を切ってもいい。ただし、仲間の位置はつねに確認すること。今回は弓矢を使う仲間はいないが、魔法の援護が期待できる。そういう仲間の援護に頼ることも重要だ。それができなければ、君は鋼階級でいつまでも足踏みすることになるだろう」
シグナークは痛烈に言って、一呼吸間を置いた。
「レスティアが強いことはわかる。しかしパーティにおいては仲間にも強くなる機会を与えなければならない。仲間にも活躍してもらうことが、自分の危険を少なくすることであると同時に、仲間の危険を少なくすることにもなる。互いの攻撃や援護が重ならないよう気をつけながら戦うことを覚えないと、君は孤立したまま仲間を持てなくなるぞ」
彼はそう言いながらほかの三人の様子をうかがう。レスティアは考えているふうだったが、ほかの二人は「この少女にそれを言っても聞き入れないだろう」というような表情をしていた。
「一人で戦うのは禁止だ。パーティを組んでいるときは、仲間の存在を意識しながら戦え、パーティは個人の力の寄せ集めではない。仲間と連携を組んで、組織的に敵を上回るための集団なんだ。仲間との連携をおこなえるようになりさえすれば、君はすぐに銀階級にだってなれるはずだ」
彼の言葉に少女は納得するところがあったようだ。真剣に頷きながらも笑顔を見せ「自分だって鋼じゃないですか」と、可愛らしい悪態を吐く。
シグナークはにやりと笑って「確かに」と、クィントゥスに視線を送る。彼女が今回のパーティのリーダーなのだ。
「よぉっし、それでは行きますか。誰も怪我をしないよう気をつけながら、牛頭人三体を討伐しよう!」
クィントゥスが立ち上がりながら言うと、シグナークは小声でつっこんだ。
「大声を出して敵に見つかるなよ……」