ウジャスの街での邂逅
第一章を推敲しました。
戦士組合の待合室は狭く、二つの丸いテーブル席を冒険者の一団が占領し、なにやら仕事のことで言い争いをしていた。
「黒蜥蜴の素材集めよりもバスディアン迷宮に向かうべきだ! あそこなら低級悪魔を狩って、ギルド評価を得られやすい!」
「迷宮まで丸一日かかるんだぞ⁉ その時間が無駄だと言っている!」
などとギルド中に響きわたるような大声を上げている。
大きな仕事を受けて評価得点を得ようと集まった、急ごしらえの集団のようだ。
彼らの話し合いは物別れに終わり、悪態をつきながらそれぞれがギルドを出て行ってしまった。
戦士ギルドの中は閑散としており、二人の若い冒険者が受付の前に立っているくらいだ。
春も終わりを告げる生あたたかい風が吹く朝方の空気が、開放された入り口から受付に向かって流れ込んできた。
受付の前に立っていた若い冒険者たちは望みの依頼を受けると、腰に帯びた剣の柄を握りしめ、緊張した様子で表へと出て行く。
そうした人影の奥にある待合室に、特に人目を引く小柄な少女の後ろ姿があった。少女は部屋の奥にあるテーブル席に、二人の女冒険者と向かい合う格好で椅子に腰かけていた。
少女は薄紫色の長い髪を背中まで伸ばし、白と黒を基調とした衣服を身に着けていた。冒険者にしては洗練されたその私服姿には、少女の強いこだわりが感じられる。
少女は色白の肌を露出させたひだ付きの白いスカートに、膝下まである黒い皮の長靴を履いていた。
見た目にも繊細さと優美さを持つ美少女であったが、特徴的な真紅の瞳は気だるげに、前の席に座る二人を無視して、どこか遠くを見つめている様子だ。
少女の背には彼女の背格好にはそぐわない武器──幅広で厚みのある無骨な鋼鉄製の剣──が背負われていた。
多くの男が少女の華奢な腕で、その剣が振れるとは思わないだろう。
同席していた女性冒険者の二人がたまに少女に声をかけるが、少女は「う~ん」とか、「そうねぇ」とか、気のない返事をするばかりで、あまり興味なさそうにしており、しばらくすると二人組の女性冒険者たちは立ち上がり、ギルドの外へ出て行ってしまった。
一人残された少女に声をかける者は誰もおらず、少女は一人残された。
彼女は別に気にした様子もなく、テーブルの上に置かれた陶器の器に入った甘いミルクティーを飲みながら、物思いに耽る様子で待合室の天井を見上げる。
人気の少なくなったギルドの受付に人がやって来た。その男は腰に長剣と短剣を下げ、腕と足にはそれぞれ黒っぽく光る合金製の籠手と脛当てを身に着け、胴体には黒革の薄い革鎧をまとった格好をしていた。
赤茶けた色の髪が日に焼けた顔の上に乗り、荒れ地に生える野草のように見えた。
いかにも各地を歩き回る冒険者らしく、防具の下に着た衣服も丈夫そうな生地を使った、飾り気のない旅用の身なりだ。──ウジャスの街に辿り着いたばかりの冒険者だろう。背中に旅鞄を背負い、足下には彼の荷物らしい荷袋が置かれていた。
待合室からぼんやりとした様子でその男を見ていた少女だったが、男と話していた受付がいつもと違った対応をして見せたので、その男に興味を抱いたらしい。
少しぬるくなっていた紅茶を飲み干すと、少女は立ち上がった。
そのまま気配を消して男に近づこうとすると、男は受付の前で係りの女性と話しながら、頭だけぐるりと少女のほうを向いて警戒の視線を送り、少女の真紅の瞳をまっすぐに見ると、何も言わず受付嬢のほうへ向きなおった。
少女は二十代半ばのその男の技量を鋼階級相当と予想した。気配を消して近づいたのを感づかれたのには驚いたが、身に着けている武器と防具を見る限り、それほど高い階級の剣士──または冒険者ではないはずだ。
男のほうはというと、受付から目的の物を受け取るまでカウンターの前で佇んでいたが、少し離れた場所から自分を見つめる視線にどう対処すべきか悩んでいるそぶりを見せる。
受付嬢が男の求めている物を持って来たときに、男は受付嬢に少女のことをそれとなく尋ねた。
「ああ、彼女は冒険者ですよ。若いのに大きな剣と、複数の魔法を使いこなす優秀な冒険者ですが──まぁ、なんというか。少し性格に問題があるというか、行動方針に問題があるというか」
受付嬢はそこで言葉を切ると、そそくさと奥に逃げるように行ってしまった。残された男は受付に渡された手紙の封を切って、中身を確認する。
そこにはこう書かれていた。
{剣を一本、失ったと聞いた。前にも話したと思うが、剣に硬化魔法の掛かった物が理想だ。実はある場所の探索でそれなりに強力な剣を発見した。それをギルドに預けてある。
このギルドで鋼階級の仕事を三つこなせ、それができれば剣をやろう。そのための手続きはすでにギルド側に指示してある。この封筒の中にある紙に仕事を完遂した証明印を三つ押してもらえ、それと引き替えに剣を受け取れる手はずだ。
仕事は仲間と共にこなしていい──健闘を祈る。 ツァーク}
そう書かれているとおり、手紙の下に厚手の紙片が一枚入っていた。厚紙にはウジャス戦士ギルドの捺印が捺してある。
男は少し考えると受付嬢に声をかけた……




