1 ミーシャ=バレットフォルン
それは私が日本と言う場所で生きていた30年の記憶。
思えば家は裕福でなく、家族も荒れており必死にもがき苦しみながら幼少期を過ごし高校生になる頃には私以外居なくなっていた。
預けられた親戚の家でも邪見に扱われたが学校ではそれを見せる事無く必死に迷惑かけまいと生きていた。
18になる頃には自立し、自身のバイト代で名門の大学に通いながら優しいお友達に囲まれ幸せも感じる事が出来る人生だった。
そんな人生の中で現実逃避で唯一夢に浸れる少女漫画や乙女ゲームの沼に浸かっていたのだ。
キラキラ・ドキドキ・それは私に勇気をくれた。
一番好きだった作品はーーーーー
その日バレットフォルン公爵家にミーシャと名付けられた男の子が生まれた。
産声は響く。
体に反して頭はとても冷静だった。
何?これは・・・?
「元気な男の子です」
そんな声が聞こえた気がした。
そのまま体は泣きつかれて眠りについてしまった。
それから3年が経った。
とても大きなお家の窓からは日差しが差し込む
重たい瞼を持ち上げれば隣には自分を宝物のように抱きしめるとても奇麗な顔立ちの男の子。
「にぃしゃま・・・あしゃでしゅっ」
金髪にターコイズの瞳を持つ男の子は舌足らずな声でつぶやいた。
そうするとまだ寝ていたいのか抱きしめていた腕に力がこもる
小さくため息をつくと私は天井を見上げた。
転生・・・
前世の記憶が有るなんて誰が信じる事だろう?
1歳になるまで自分は全てを理解し、受け入れてしまった。
それは前世の記憶、30年女性として生きていた記憶だ。
辛かった事、嬉しかった事、学んだ事、幸せだった事
すべてが生まれたての子供の器に押し込まれてしまった事。
その記憶の中で大好きだった作品がこの世界と一致している事。
自分が愛していた作品「恋するマリアージュ学園」
1作目、2作目、正規ルート・バッドルート・裏ルート
全て熟知している中で自分の名前が当てはまる場所。
自覚出来たのは自分が前世で生きていた中で持っていた暗記力のおかげとも言える。
伯爵家に生まれ甘やかされて傲慢に育ち王子に憧れ、貴族の学園に外部生としてやって来たヒロインに嫉妬し事件を巻き起こした末に断罪イベントですべてを明るみに晒され破滅するモブキャラの男の子・・・
そう・・それがミーシャ・バレットフォルンなのだ。
たまたま名前が被っているだけ・・・
だったら良かったのだが、何せ自身の兄サーシャ=バレットフォルンはその作品のヒロインの攻略対象の一人なのだ。
正直どのルートでもミーシャは問題を起こし最終的に物語の悪役として最後はろくでもない末路を迎える、それがサーシャのルートでもかわらない。
ミーシャは兄であるサーシャにずっと見て欲しかったらしく、それに邪魔だったヒロインに対してとても攻撃的で暗殺まで企てて最終的に兄に殺されてしまうのだ。
何それ怖い・・・
ただあのお話は私でもつらかった、最初はミーシャに対してなんだ!!こいつは!!ヒロインにこんなことして!!と思っていたが、ミーシャに剣で貫かれた時「やっと僕をみてくれた・・・」
そう口をこぼすのだ。
弟を殺した事、その言葉の意味に酷く傷つくサーシャをヒロインの子が愛情で徐々に傷を癒して行くのだ。
ただそのシーンでサシャミシャという男性同士の恋愛を好む女性達が歓喜の声をあげていたのを私は知っている。私だってそんな趣味はなかったが、そんなルートも合っても良かったんじゃないかと禁断の扉を開きかけたものだ。
おっと話がそれそうだ。
つまりこの物語の通りに進んでしまった場合自分は最終的にひどい死を迎える。
そんな事絶対に合ってはならないし、こうして兄は未来は変わってしまうかもしれないがミーシャを可愛がって愛情を向けていてくれ居る、それを守りたい。
私は僕としてこの世界で平和でまったり生きて行こうと決めた。
ただいつ危険な事になっても生き延びられるように準備も必要だ。
そのためには努力だって惜しまない!
30年分の記憶にこの世界の記憶が僕にはあるのだから!
目ははっきりさめてしまっているが自分を抱きしめて眠る兄は一向に起きそうも無い
大好きな兄に自分もすり寄って小さく声を漏らす
「おにいしゃま、だいしゅき・・・」
小さく兄の肩が震えた気がしたが気のせいだろうか?
まだ起きそうもない大好きな兄に体を預けながら兄が起こしてくれるのをこんどは弟として待つ事にした。
今は子供としての役割を果たしながら、この世界の事をもっと学ばなければならないと。