一品目:チョコレートパフェ
桜が咲いている。大輪の八重咲きのそれは、一般的な桜とはまったく違うものだった。一見してわかるその違い。
房のようにも見えるその花弁の色は、黄金にも近い黄色だった。
その樹から5メートルもいかない場所に、その店は建っていた。あるものは「あれは店じゃない」、またあるものは「店に近いなにか」と評した。
外見は古民家にも似た和風建築で、奥を覗けば広めの縁側やきれいに整えられた庭が目に入るだろう。
看板や、暖簾すらもない。磨り硝子の引き戸があるだけの入り口は一般的な家庭のそれよりも二回りほど大きい。からからと軽い音を立ててその入り口を開くと、飴色に磨き抜かれたカウンターが右手に見える。
カウンターに並べられた椅子は同じ素材なのか、脚がやや太くて丸みを帯びている。
その椅子にゆったりと腰を下ろし、カウンターに両肘をついている人物がいた。
「そういえば冥王様、本日はどういったご用件で?」
カウンターの裏でグラスを磨いていた店主が声をかける。短く切りそろえられた髪、薄い唇は微笑の形をとっており、細められた両眼も確かに微笑をかたどっていた。
満足したのかきゅ、と音を立てて最後の一拭きをし、背後の棚にグラスを並べる。身動きにあわせて店主が纏っていた着流しの裾がふわりと揺れる。
黒地に桜の染め抜きをされたそれは、見るものが見れば絶賛するであろう仕立ての良さだったが、無造作に前掛けをかけているあたり、店主にとってはそれほど大した問題ではないのだろう。
「……実はな、黄桜よ」
冥王様、と呼ばれた客はたっぷりの間の後に声を発した。
店主たる黄桜が『冥王様』と呼んだのは誇張でもなんでもない、まさしく冥府の王たる冥王、そのひとだった。
その冥王が珍しくこの店を訪れ、初めて口を開いた。
「……先日、人界へ視察へ出かけたのだ。なんとなくな」
「なんとなくですか、それはさぞご側近が苦労なされたことでしょう」
「人間が増えたのは仕方ないことだが、私はあることに気付いてしまったのだ……!」
「左様でございますか」
噛み合っているのかいないのかよくわからない会話は続く。
黄桜はこれまで表情を変えていない。流石というべきだろうか。
「ちょこれいとぱふぇなるものを知っているか、黄桜よ!
残念ながらタナトスに捕まってしまってな、どのようなものであるか見ることは叶わなかったのだ。
しかし響きから察するに新しい兵器ではないかと思うのだ!
べりぃやまんごうなどという新型もあるようだぞ!」
「……………………」
目をキラキラさせて語る彼を、一体だれが魂の裁判官である冥王だと思うだろうか。
「……僭越ながら冥王様、チョコレートパフェというものは兵器ではございません」
「なんと!」
「フランス語のパルフェが語源であり、完全なデザート、という意味がございます。残念ながら材料がないためパルフェはできませんが……和風にアレンジした現物がこちらになります」
黄桜が差し出したのはガラス製の椀にシロップが満たされており、薄いピンクや緑に着色された寒天が浮かんでいる。粒あんはやや多めに添えられていてバニラアイスと黒蜜がかかっており、それはまごうことなき《あんみつ》だった。
冥王は恐る恐る匙で掬い、口に運んで一言。
「……美味い!」
「そうですか、お口に合ってなによりです」