激闘、逃走、不運
戦闘はイブブーガの突進で始まった。
イブブーガの猛進は強烈にして強力。大木をへし折り、岩すら砕きながら直線に進む。その巨体を止めることはかなわない。
森の暴れ者とはよく言ったものだ。
酔った母さんにもよく言われた。
「良いか!クレイ!!森でイブブーガに会っても前には決して立つんじゃないぞ。鋼鉄みてぇな牙には決して近付くな。ありゃぁスゲェ面度くせぇ。奴を叩くにはーー」
回り込んで土手っ腹を思いっきり叩け!
わかってるよ母さん。今逃げたら拳骨もんだ。
勇気を振り絞れクレイ。
いつもよりゆっくり見える世界に死の重圧の壁の突進が迫る。
死の恐怖を振り払い、一歩を全力で踏み出す。
「うわっ。ぐっ」
イブブーガの突進は避けることに成功したが予想外に飛び過ぎてしまい木に衝突してしまう。
さほど痛みは感じなかったが木に衝突した衝撃で頭がクラクラする。
「イタタタってもう来てる!!」
イブブーガに視線を向けるとすでにこちらに向きを変えて再度突進を開始している。
イブブーガは突進力もさることながら、一番の厄介な所はその機動性だ。標的にぶつかるまでは突進を続けるそのど根性は見習いたいとも思うけど今は諦めてほしい。
「今度こそ」
全力跳びからステップに切り替えてイブブーガの突進を躱し、サイドステップでイブブーガに並走する。
「母さん直伝の拳をくらえ!!」
身を包む濃密な液体の様なものを腕に少し移動させ、イブブーガの土手っ腹を殴り付ける。
「ギュギャー!!」
見事イブブーガを横倒しにすることに成功するが、5歳児の体で接近し過ぎたためイブブーガとは反対に吹き飛ぶ。
「クッソ~せっかく上手くいったのに!」
僕は急いで立ち上がり、イブブーガに止めを刺すために急いで近づく。
「グルァ!!」
イブブーガが頭を振り回し、牙が周りを傷つける。
僕は急ブレーキをかけて寸での所で牙を躱すことに成功する。
ふぅー危ない危ない。
イブブーガはダメージが大きいのか立ち上がろうとせずに体を暴れさせて近づけないようにしている。
こうなったら逃走あるのみ。
逃げるが勝ちだ。
全力ダッシュ。
イブブーガに背を向けて逃走を開始するや否やイブブーガが直ぐに起き上がり猛進開始。
「また追いかけてきた!」
森の間を器用に抜け、岩は飛び越え、イブブーガから逃げる。後ろからは色んな物を薙ぎ倒しながら追いかけてくる音が聞こえる。
「諦めてくれー!!」
叫びながら逃走継続。こりゃ逃げるしかない。チャンスは今しかない。
何故かわからないけど体に力がみなぎっているお陰でまだまだ走れそうだし普段の数倍の早さを維持出来てる。
実際イブブーガよりも早い。
早いが直進で来てるイブブーガは何故かスピードが落ちない。
卑怯だ。アイツは卑怯もんだ。
「くそったれー」
後ろを振り向くと奴が、イブブーガが直ぐそこまで迫っている。
イブブーガの牙には風が的割りつき、まるで風のランスと化している。それに体全体も薄い風に覆われている。
あの牙には触れちゃいけない。そう本能が訴えてくる。
6分程走った所でいつの間にか崖の縁に追い詰められてしまった。
小鹿にやった誘導の仕方と同じやり方でイブブーガに誘導されてしまった。
何せアイツは首を振りながら器用に大岩や大木を投げてくるのだ。避けないわけにはいけない。
そんで逃げてるうちに追い詰められた。
こうなったらまた殺り合うしかない。今度はどちらかが倒れるまでだ。
「行く、ぞ、お、おい、嘘だ、ろ」
急に力が抜け、体を覆っていた液体の感覚も消える。
脱力感が全身を襲い、立っていることも出来ずに膝をつく。
イブブーガがこちらを見ている。
その目には勝利が浮かび、口が緩んでいるようにすら見える。実際には変わらないように見えるけど、そう思うとあの猪野郎が憎たらしく見える。いや、かなり憎たらしく見える。
こんな奴に負けて、人としての歳を終えるのか。
まだ5年しか生きてない。正確には5年と11ヶ月。来月は誕生日だった。
母さんの作る男飯また食べたかった。父さんの作るケーキはとても繊細で美味しかったのに食べれないのは非常に残念だ。
一歩一歩と近づいて来るイブブーガ。勝者の特権とでも言わん限りにゆっくりと歩いてくる。
どうせ食べられるならもっと格好いい奴に食べられたかったな。そんな戯れ言を考えているとまた予期せぬ事が起こった。
「トゥルァァァァァ!」
甲高い声と共に暴風がやって来た。
「あ」
「ギャァァァァァ」
巨大な怪鳥がイブブーガを鷲掴みにすると空へと飛び上がる。
「ざまぁみろ」
へへへ。情けねぇ。上には上がいる。
暴風を受けながら情けない声を上げながら捕まえられたイブブーガを見送る。
「えっ」
情けない声を上げて連れ去られたイブブーガを見送った直後、再び強烈な暴風が吹き、イブブーガが折った大木がこっちに飛んで来る。
「ぐぁっ」
崖縁に座っていた僕に見事命中。僕は崖の下へと落ちる。
「ギャギャギャ」
イブブーガの笑った様な鳴き声が聞こえる。最後まで憎たらしい奴だ。